37. バサルク王国編(17) 裏通路
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
フェンネルは使用人用の裏通路を足早に進んでいた。
ペルラの姿は、もう見えない。
――撒けたか。
思わぬところで見つかってしまった。
本当なら、もう少し遅い時間まで荷物部屋にいるつもりだった。
厨房では昼食の支度が進んでいた。
大きな鍋がいくつも火にかけられ、料理人たちが忙しく動き回っている。
だが、まだ早い。
王太子オーニチェへ運ばれる料理も、水差しも、個別の支度は始まっていなかった。
フェンネルは厨房を通り過ぎた。
――少し待つか。
バサルク王宮では、巨大な木々の幹に沿って部屋や回廊が造られている。
枝や蔓、木材を組み合わせた回廊や吊り橋が幾重にも渡されている。
人目につかないように筒のように編み込まれた使用人用の裏通路も、回廊や吊り橋を避けて曲がりくねって走っていた。
フェンネルは裏通路の外側へ回り、蔓を足場にして身を潜めた。
このくらいなら、しばらく待てる。
上にも下にも、何層にも重なった王宮が広がっていた。
熱帯雨林の巨木に遮られ、昼間でも王宮の下層は薄暗い。
そのさらに下にはほとんど日が届かない。
ところどころに灯された明かりだけが、暗がりの中に浮かんでいた。
その時だった。
ガン、ガン、ガン――!
鐘が打ち鳴らされた。
フェンネルは顔を上げた。
――何だ?
少し離れた場所から、さらに同じ音が上がる。
また別の場所からも。
王宮のあちこちで、一斉に激しい金属音が響いた。
――火事か?
各所で、守備兵たちが慌ただしく走り始めた。
やがて、頭上で蔓の軋む音がした。
ミシ、ミシミシ――。
フェンネルが見上げる。
上層に渡されていた吊り橋の片側が、ゆっくりと沈んだ。
次の瞬間、一気に傾く。
長い吊り橋が、残された片側を支点にして大きく振り下ろされた。
「うわっ」
フェンネルの目の前を、橋が勢いよく落ちていった。
木漏れ日の中に、埃や細かな木屑が舞い上がる。
橋に敷かれていた布が宙にふわりと浮き、光の中をひらひらと落ちていった。
火の消えた灯火台も一つ、橋から外れて暗がりへ消えていく。
吊り橋は垂れ下がり、しばらく大きく揺れていた。
続いて、もう一本。
頭上で蔓が軋んだ。
回廊の片側が外され、木材と蔓で組まれた長い構造物が大きく傾く。
それもフェンネルの前を横切り、下へ振り落とされた。
さらにもう一本。
薄暗い王宮の中を、木材や蔓、布が次々と落ちていく。
フェンネルは目を細めた。
――あれは……。
どれも、使節団の居住区へ続く道だった。
次々と通路が使えなくなり、最後に大回廊だけが残された。
――使節団の区画を封鎖している?
フェンネルは眉をひそめた。
――だが、なぜだ?
その時、背中側から振動が伝わってきた。
フェンネルが張りついている裏通路の中を、何人かが駆け抜けていく。
蔓を編んだ壁の隙間から、内部の灯火が細く漏れていた。
その光が、奥から一つずつ消えていく。
フェンネルは振り返った。
――灯りを消してる?
遠くから声が飛んだ。
「厨房側もいいぞー!」
フェンネルが声の方を見た、その瞬間。
グラリ。
足元が、大きく傾いた。
「うわっ!」
頭上の木漏れ日と、上層の明かりが、一気に遠ざかる。
裏通路ごと、体が落ちていく。
下には、ほとんど光の届かない暗がりが広がっていた。




