35. バサルク王国編(15) 秘密
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
使用人たちはペルラをピレイのもとへ連れて行ったが、ペルラはかなり混乱していた。
――ペルラ様はオーニチェ様の方が話しやすいかもしれない。
そう思ったピレイは、そのまま王太子執務室へペルラを連れて行った。
「ペルラ?」
ペルラの姿を見るなり、オーニチェの表情が変わった。
「どうした。何があった?」
「オーニチェ様……」
ペルラの目から、涙がこぼれた。
ピレイが言った。
「ペルラ様はこの姿で裏の通路にいました。そして、厨房の下働きの服を見て『同じだ』と言っていたそうです」
オーニチェはペルラを近くの椅子へ座らせ、自分も隣に腰を下ろした。
「ペルラ。どうした?」
「言ったらダメなんです……」
オーニチェは優しく微笑んだ。
「口止めされているのか。わかった。言うなと言われたことは、無理に言わなくてもよい。大丈夫だ」
その途端、ペルラは何かを思い出したように顔を上げた。
「ミリス様! ミリス様が危ないんです!」
「ミリスが?」
「私が見た物のことを言ったら、ミリス様に飲ませるって……。ミリス様に知らせないと!」
立ち上がりかけたペルラを、オーニチェが止めた。
「待ちなさい。ミリスには私から知らせておく」
「でも……」
「必ず知らせる。安心しなさい」
「……はい」
ペルラはもう一度椅子に座った。
オーニチェは穏やかな表情のまま考えた。
――少なくとも、ミリスは犯人ではないわけだ。
「その人物をどこで見た?」
「使節団の荷物部屋です」
「そこで厨房の下働きの服を着ていたのか?」
ペルラがびくりとした。
「……言っちゃダメなんです」
「そうか」
オーニチェは頷いた。
――着ていたんだな。
ペルラは涙を拭いながら続けた。
「服、お似合いですねって言ったら、嬉しくなさそうだったので、その時、変だなとは思ったんです」
「そうだったのか」
バサルクの人間が、バサルクの下働きの服を着ているだけなら、ペルラはわざわざそんなことを言わないだろう。
普段はその服を着ない人間だ。
「それから、その人を追いかけたのか?」
「はい……」
オーニチェは少し顔をしかめた。
「ペルラ。今度からは怪しい人間を追うな。すぐに私か守備兵に教えてくれ。わかったか?」
「はい、すみません……。私、信じられなくて、あまり深く考えずに……」
ペルラは視線を床に落とし、手で顔を覆った。
「そうだったのだな」
――信じられなかった。
つまり、ペルラの知っている人間だ。
「ペルラを責めているわけではない。ただ心配なだけだ」
「はい……」
ペルラはオーニチェを見て、頷いた。
「さっき、ミリスに何かを飲ませると言われたのだな。何を?」
ペルラはまたうつむいた。
「……それは言えないんです」
「そうか。では、どうやって飲ませるのだ?」
「分かりませんけど……飲み物に溶かすのかもしれません。水に溶けます」
「ペルラは水に溶かしたことがあるのか?」
「はい、時々。でも、飲みませんし、飲ませません」
ペルラはきっぱり言った。
「……そうか。では、何に使っているのだ?」
「草や花にかけています。あれは虫にも病気にもよく効きます」
オーニチェは一瞬黙った。
――農薬か。
それなら、ペルラが見ただけで危険な物だと分かったことにも納得がいく。
花が好きなペルラなら、農薬を知っていても不思議ではない。
ペルラは何かを考えるように黙り込んだ。
厨房の下働きの服。
水に溶ける農薬。
誰かに飲ませるという言葉。
そして、あの狭い通路を歩いていた、盆や水差しを運ぶ使用人たち。
「あ……」
ペルラの顔色が変わった。
「もしかして……厨房から配膳する時に、食事に入れようとしてる?」
「そうだろうな」
オーニチェは穏やかに答えた。
ペルラはオーニチェの腕をつかんだ。
「オーニチェ様! 何も食べちゃダメ、飲んじゃダメ!」
「わかった」
「絶対ダメです!」
「ああ、約束しよう。
これで安心してくれるか?」
オーニチェは腕をつかまれたまま、ペルラの目を見て微笑んだ。
「はい……」
ペルラはオーニチェの胸の中に崩れると、また激しく泣き出した。
「あの……私が言ったって言わないでください」
「もちろん。私とペルラの秘密にしよう」
オーニチェはペルラを抱きしめて、目を閉じた。
「ミリス様が飲まされたら、私、私……」
「大丈夫だ。そんなことにはならない。ミリスにはすぐに知らせる。手を打とう。私を信じて」
オーニチェは優しく言うと、ペルラの背に腕を回したまま、冷たい瞳で前を見た。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
オーニチェはペルラの手を取った。
「手が傷だらけではないか……」
ペルラはオーニチェから体を離すと、自分の手を見た。
確かに擦りむけて、所々血がうっすら滲んでいた。
「もう泣くな」
オーニチェはハンカチを取り出すと、そっとペルラの涙を拭いた。
「ペルラ、よく教えてくれた。ありがとう。あとは私に任せて。心配はいらない」
ペルラは濡れた目でオーニチェを見上げた。
「この王宮にいる間は、すべての棘から、私があなたを守ろう」
オーニチェはペルラの目を見て微笑んだ。
「オーニチェ様……」
ペルラは一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔に変わった。
オーニチェは少しの間ペルラを見ていたが、やがて侍女を呼んだ。
「ペルラの傷の手当てを。あと、きれいな服に着替えさせてやってくれ」
「かしこまりました」
その時、ピレイが口を開いた。
「ペルラ様は……この後、部屋にお戻りいただきますか?」
オーニチェはピレイを見た。
「確かに。ダメだな……」
ペルラが訊いた。
「ダメですか?」
「ペルラ。しばらくは警備が厳しい部屋にいてくれないか? 私が心配だ」
「わかりました。ありがとうございます」
ピレイは頷いた。
「では……特別客室にしましょう」
「そうしてくれ」
侍女に連れられ、ペルラが部屋を出ていった。
扉が閉まる。
オーニチェの顔から、笑みが消えた。




