33. バサルク王国編(13) 荷物部屋
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
午後、ペルラは部屋で探し物をしていた。
侍女にも手伝ってもらっていたが、探していた物は結局、自分の部屋で見つかった。
「荷物部屋も見てまいります」と言っていた侍女に知らせようと、ペルラは使節団の荷物部屋へ向かった。
扉を開ける。
「あら? いないのかしら」
中は暗い。
荷物部屋には窓がなかった。
ペルラの背後から、回廊の灯火が薄く部屋に差し込んでいた。
いくつもの木箱や鞄の輪郭が、暗闇にぼんやり浮かんでいる。
その奥で、人影が動いた。
ペルラは目を凝らした。
「フェンネル様?」
フェンネルが振り返った。
「暗いでしょう? これをお使いください」
ペルラは回廊の灯火を引き寄せた。
フェンネルは少し驚いた顔をすると、無言で近づいてきた。
「フェンネル様?」
フェンネルは横を通り過ぎると、ペルラの背後で扉を閉めた。
フェンネルは、扉を背にして立ち、ペルラに微笑んだ。
「ペルラ様、こんにちは。
どうされたんですか?」
「侍女を探しに来たんです」
「そうでしたか」
フェンネルはいつもの駐留軍の軍服ではなく、バサルクの服を着ていた。
「バサルクの服もお似合いですね」
ペルラも微笑んだ。
「……ありがとうございます」
――フェンネル様、褒められても嬉しくなさそう。
理由はよくわからないけれど、何かが気に入らないのかもしれない。
灯火では近いところしか見えない。
暗い荷物部屋で、ペルラは灯火を持って棚に沿って歩き始めた。
――侍女はどこかしら?
その時、足元に小さな袋が置かれていることに気づいた。
口が少し開いていて、中から鮮やかな色がのぞいている。
「あら? この虹色の粉……」
ペルラは床にしゃがむと、顔を輝かせた。
「コンミフォラの農薬ですよね!」
イグニスが第三港湾の家にお土産で持ってきてくれたのと一緒だ。
「これ、とってもよく効くんですよね。虫にも病気にも使える高級品で――」
ペルラはフェンネルを見上げた。
「でも、どうしてこれがここに……?」
その瞬間、フェンネルが突然剣を抜いて、蝋燭を切り落とした。
灯火が消えた。
ペルラは息を呑んだ。
真っ暗になり、何も見えなかった。
フェンネルの足音がした。
「ペルラ様」
ペルラは返事をしたかったが、言葉がうまく出てこなかった。
何かがおかしい。
それだけはペルラにも分かった。
そばでフェンネルがしゃがんだ気配がした。
ペルラの耳元で声がした。
「今見たことは、誰にも話さないでください」
ペルラは声のする方を見たが、何も見えなかった。
「この服のことも、この袋のこともです」
――なぜなの?
頭の中を疑問が駆け巡り、涙が頬を伝った。
「お約束いただけませんか?」
また近くで声がした。
「困りましたねえ」
フェンネルが立ち上がる衣擦れの音がした。
「もし誰かに話したら、ペルラ様に飲んでいただくか……」
フェンネルは一瞬考えた後、ゆっくり言った。
「それよりも、ミリス様に飲んでいただきましょうか?」
――それだけはダメ。
ペルラは涙を手で拭った。
この虹色の粉は農薬だ。
そこらへんのインチキな薬ではない。
コンミフォラ家製の特級の農薬で、効果は絶大だ。
人が飲んだら無事では済まない。
フェンネルがため息をついた。
「ペルラ様は喋れないようですね」
フェンネルはもう一度しゃがむと、ペルラの首にそっと手を当てた。
「僕との約束、ちゃんと守ってくださいね」
ペルラは必死に頷いた。
フェンネルは立ち上がると、歩いて行って、扉を開けた。
回廊の光が部屋に差し込んだ。
虹色の粉の袋は消えていた。
床に、上下二つに分かれた蝋燭が転がっていた。
ペルラは足に力が入らず、這って扉の所へ行った。
扉の外に頭を出す。
回廊の遠くの方に、フェンネルの後ろ姿が見えた。




