31. バサルク王国編⑪ 樹冠庭園
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
夕方、ペルラはひとりで樹冠庭園を歩いていた。
涼しい風を感じていると、向こうから歩いてくる人影に気づいた。
「オーニチェ様! こんばんは」
「ペルラ、ここに来ていたのか」
オーニチェだった。
「はい。お邪魔しています」
「どうぞ、ごゆっくり」
オーニチェは芝居がかった動作で跪くと、ペルラの手を取って額につけた。
オーニチェはペルラを見上げた。
二人は見つめ合って笑うと、そのまま並んで歩き始めた。
眼下には、夕日に照らされた熱帯雨林が広がっている。
「第三港湾の暮らしはどうだ?」
「平和ですよ。海もきれいですし、皆さん親切です」
「それはよかった」
オーニチェは少し安心したようにうなずいた。
「アルマンディンの食事は口に合うのか?」
「はい。第三港湾はムーンストーン人が多いので、王都とだいぶ似ています」
「そうか」
少し間が空いた。
「ミリスは優しいか?」
「はい。とても優しいですよ」
ペルラは微笑んだ。
「そうか」
オーニチェは穏やかに言った。
「ここで何か困っていることはないか?」
「ありません。よくしていただいています。どうもありがとうございます」
「もし気になることがあれば、遠慮せず何でも言いなさい」
「はい」
オーニチェは立ち止まった。
ペルラも立ち止まった。
オーニチェはペルラの目をまっすぐ見た。
「ペルラ。私はもうあなたの婚約者ではない。それでも、ひとりの人間として、あなたの望みなら何度でも叶えたいと思っている」
ペルラもこちらを見ていた。
「オーニチェ様……私も、オーニチェ様のことは大切な存在です」
急速に夜の帳が下りてきていた。
――何度も見てきた。
ペルラの微笑みも、いたずらっぽい笑顔も、真剣な表情も、驚く顔も、不意を突かれて固まった表情も、困った顔も、泣きそうな顔も、寝顔も。
この王宮で何度も見てきた。
「私は、ミリス様と結婚します。ミリス様のことが好きです」
――私はペルラに何を言わせたいのか?
「でも、オーニチェ様の幸せも、いつも願っています。それは本当です」
「……ありがとう」
お礼の言葉が思ったよりも早く自分の口から出てきて、オーニチェは内心驚いた。
目を閉じると、ゆっくり息を吐いた。
「ペルラの気持ちは、わかっているつもりだ。そして、ミリスの気持ちもな」
オーニチェは残照を少し睨んだ。
ペルラは黙って、オーニチェの横顔を見上げていた。
オーニチェはペルラを見ると、穏やかに微笑んだ。
「さあ、もう日も落ちた。体が冷えるといけないから、部屋に戻ろう」
「はい」
二人は樹冠庭園を後にした。
空には、一番星が輝いていた。
◇
庭園を出て、回廊を歩いていると、向こうからフェンネルがやってきた。
二人の姿を見つけたフェンネルは、歩くのを緩めた。
オーニチェもフェンネルに気づいた。
――使節団の人間が、どうしてこの辺りを歩いているのだろう。
この先には樹冠庭園しかないし、樹冠庭園に入れるのは王族である自分と、許可したペルラだけだ。
フェンネルは頭を下げた。
「こんばんは、オーニチェ様、ペルラ様。
ペルラ様、ミリス様が探していましたよ」
「あら。どうしたのかしら?
呼びに来てくれたの? ありがとう」
ペルラはオーニチェへ向き直った。
「オーニチェ様、では失礼いたします」
「ああ」
オーニチェはしばらく、二人の後ろ姿を見ていた。
◇
ペルラはミリスの部屋をノックした。
「ミリス様。お呼びですか?」
「ん?」
ミリスは不思議そうな顔をした。
「呼んでないよ」
「あら?」
ペルラが首を傾げる。
ミリスは笑った。
「呼んでないけど、ペルラならいつでも歓迎だよ」
ミリスはペルラを抱きしめた。
「ミリス様ったら」
ペルラも笑った。




