28. バサルク王国編⑧ 飢饉
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
その日の調査を終えたあと、ミリスはフェンネルとリナールとお茶を飲んでいた。
救荒種は、今日も見つからなかった。
ミリスは、初日のオーニチェとの会話をふと思い出した。
「そういえば、一昨年の中西部の大飢饉の時、どうして駐留軍は備蓄穀物をもっと放出しなかったんだ?」
リナールが答えた。
「なかったからっす」
ミリスは顔を上げた。
「なかった?」
フェンネルが説明した。
「西部の備蓄穀物が横流しされてたんです。倉庫を開けた時には、半分も残ってなかったそうです」
「半分も……?」
「もちろん、残っていた分は放出しました。でも、放出した分も関係者が先に確保したり、統治が弱い地域には配ること自体が難しかったりして」
ミリスは少し黙った。
「オーニチェ様は、このことを……」
「だいぶご存知なんじゃないですか? 北部統監のカウプテ様と親しいですから」
フェンネルが言った。
「では、ご存知で私に質問されたということか……」
ミリスはため息をついた。
「ミリス様はこないだ来たばっかりだから、知らなくて当然ですよ。気にすることないっす」
リナールはお茶を飲んだ。
「でも、こっちでは有名な話なんすよ」
窓の外で木の葉が風でこすれる音がした。
ミリスは窓の外を見た。
熱帯雨林の森は深く、木々が延々続いていた。
「王都では全然聞かなかったな……」
「アルマンディンは遠いですからねえ」
そう言うと、フェンネルはゆっくりお茶を飲んだ。
「そういえば、去年は、ソルト卿を王都でよく見かけたような気がする」
ミリスは記憶をたどった。
フェンネルが言った。
「大飢饉の後処理で、本国と調整してたんですかねえ。ソルト様は東部の備蓄穀物を中西部に送ってましたよ」
「東部から?」
「はい。北部と南部は結局出さなかったんです。自分たちのところでも飢饉が起きないとは言えませんでしたからね」
ミリスは頷いた。
「それは……責められないな」
自分たちの備蓄をよその地域へ送り、そのあと自分たちまで飢えれば意味がない。
東部の判断にも、北部と南部の判断にも、それぞれ理由があったのだろう。
だが、そこで疑問が浮かんだ。
「待ってくれ」
ミリスは顔を上げた。
「中西部の飢饉で、西部の備蓄穀物が横流しされていたのに、どうして東部統監のソルト卿が王都で対応していたんだ? 西部統監は何をしていたんだ?」
リナールが答えた。
「西部統監は殺されたんす」
部屋の灯火がわずかに揺れた。
「……殺された?」
「そう、腹を空かせた人たちに殺されたんす」
リナールは淡々と言った。
外で、鳥たちの鳴く声が響いていた。
西部統監の死も、王都の社交界で聞いたことがなかった。
もともと治安の悪いアルマンディンでひとり亡くなったところで、中央貴族たちは驚かなかったのだろう。
「西部統監は横流しに関わっていたのか?」
リナールは首を振った。
「詳しい顛末は俺もよく知らないっす。でも、統監本人がやってたって話は聞いたことないです」
「そうか……」
ミリスはしばらく黙っていた。
やがて、言葉を絞り出した。
「それなら……アルマンディンの人たちは、駐留軍の備蓄を信用していないんじゃないか?」
「まあ、そうだとしてもおかしくないですよ……」
リナールは座り直すと、足を投げ出した。
「そうなるよな?」
「はい。だって、必要な時になかったんですから」
ミリスは額に手を当てた。
「もし、今も救荒種を持っているアルマンディン貴族がいたとして……駐留軍から、危険だからすべて提出しろと言われても、出したくないと思う者はいるだろうな」
フェンネルが頷いた。
「向こうからすれば、最後の備えを全部預けろって言われてるようなものですからね」
ミリスは腕を組んだ。
救荒種には危険がある。
平時に無計画に使えば、周囲の農地を傷める可能性もある。
だから、ムーンストーンは全量提出を求める。
だが、提出したあとに大飢饉が起きたら。
誰が助けてくれるのか。
アルマンディン駐留軍か。
遠いムーンストーン本国か。
それとも、また自分たちだけで生き延びなければならないのか。
――渡したくない、いや、渡せないのだろう。
ミリスは、バサルク王家の種子庫を思い出した。
バサルクは穀物庫や倉庫を見せ、帳簿も出した。
それでも、救荒種だけが見つからない。
バサルクも、アルマンディンの貴族たちと同じことを考えているのだろうか。
ミリスは、まとまらない頭で、茶碗に描かれたバサルク王家の紋章をぼんやり見つめた。




