24. バサルク王国編④ 執務室
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
アルマンディンから北に進路を取った先、赤道付近にあるバサルク王国。
王宮の王太子執務室では、オーニチェと補佐官ピレイが打ち合わせをしていた。
窓の外には、薄曇りの空の下、深い緑の熱帯雨林がどこまでも広がっていた。
数日後、ムーンストーン王国アルマンディン領から、特別使節団なるものが到着することになっていた。
「農業資源調査使節団? ムーンストーンも長ったらしい名前をつけて……要は、救荒種を出せと言いに来るのだろう」
オーニチェは顔をしかめた。
「種だけではなさそうですよ」
ピレイは複数の書類をつき合わせて言った。
「他に我々に何の用があるのか?」
「詳しい目的はわかりませんが、軍政部の会計官が使節団にいます」
「救荒種の権利料を調べるつもりか」
「そうなんでしょう。何かを掴んだんでしょうねえ」
「でも、我々バサルクはだいぶ少額ではないか? そもそも、頼んでもないのにアルマンディンの王族が亡命する時に置いていった種だからな。アルマンディンの貴族たちはもっと金を払っているだろう」
「うーん……もう払っていないとか、払っていても中間に多くの残党がいるとか、もう使っちゃって種がないとか……色々考えられますよね」
「カウプテ様はどうしていたんだ? パセリ家も救荒種を少し持っているだろう」
「今回カウプテ様にこっそり聞いたんですが、もう払っていないそうですよ」
「……そうだったのか。知らなかったなあ」
オーニチェは頭を抱えた。
「まあ、カウプテ様はいいですよね。いざとなれば、駐留軍も私兵団も動かせますからね。そりゃ、我々とは違いますよ」
カウプテ・パセリはアルマンディン駐留軍北部方面司令官であり、名門パセリ家の私兵団も動かせる。
対して小国バサルクの軍勢は、国家の軍隊とはいえ、パセリ家の私兵団と同程度の規模か、それ以下かもしれなかった。
「我々がまじめに払い続けたから、ムーンストーンに見つかったと?」
「そうかもしれません。それほど大金ではないので漫然と毎年プリズマに送金してしまいました。うっかりしていました」
「とは言え、払わなければ、アルマンディンの残党がバサルクでさらに何かやらかしていたかもしれない」
オーニチェは腕を組んだ。
「そうなんですよねえ」
ピレイはため息をついた。
「そういえば、オーニチェ様。使節団の人員を見ましたか?」
オーニチェは紙をめくった。
「団長ミリス・ヘーゼル……? あまり見たくない名前だな」
もともと、ムーンストーン王家が提案してきた婚約相手がペルラだった。オーニチェもペルラを気に入ったが、ペルラが体調を大きく崩し、やむを得ず婚約解消となった。その後、ムーンストーン王はミリスを新しい婚約者と定め、バサルクに派遣してきた。ミリスはペルラをそのまま赴任先のアルマンディンに連れて行った。
オーニチェにとってはかなり複雑な相手である。
「あっ、それもですが、一番下です」
「……随行協力者ペルラ・ベトーラ?」
オーニチェはピレイを見た。
「ムーンストーンは何を考えているんだ?」
「さあ? あらゆることを考えた結果なのか、それとも何も考えていないのか……」
オーニチェは額を押さえた。
「ムーンストーン本国じゃなくて、アルマンディン駐留軍が編成したみたいだからなあ。なんかあいつら雑なんだよなあ」
「オーニチェ様の元婚約者であるペルラ様がいたら、我々が丁重に扱うと思っているのでしょうか?」
オーニチェは笑ったが、目は笑っていなかった。
「お望み通り丁重に扱ってやろう……ペルラだけな」
「丁重とは? どの程度?」
「前にこの王宮で体調を崩したからなあ。
また連れてくるなんて、本当にミリスとムーンストーンは何を考えているんだ?
ペルラの部屋は風通しのいい場所にして、香煙もなしで、食事の香辛料も減らして。
あと、何かあるか?」
「前は樹冠庭園でよく休まれてましたよね」
樹冠庭園は、バサルク王宮最上部にある王族専用の庭園である。
「あそこは空気がいいからな。ペルラだけ樹冠庭園の使用を許可しよう」
ピレイはオーニチェの指示を書き留めた。
「侍女も一人くらいつけたい」
「そうしたら、格を考えると使節団の団長であるミリスにも最低一人、世話係をつけることになります」
「え?」
オーニチェは嫌そうな顔をした。
「ペルラは元婚約者だから……ではダメか?」
「元ですからねえ」
ピレイは澄ました顔で答えた。
「ディアバスが世話になってるベトーラ家の人間だから……?」
ディアバスは、バサルク第二王子であり、オーニチェの弟である。
「うーん」
「まあ、別にディアバスをムーンストーンで預かってくれとは一回も頼んでないけどな」
オーニチェは頬杖をついた。
「そこなんですよね。人質に取られているディアバス殿下が滞在してる家の方を厚遇するというのはどうなのか」
人質に積極的に賛成しているポーズになってはまずい。
「でも、ディアバスにとって妹同然の人間なら、私にとっても妹みたいなものだろう」
ディアバスは三歳で人質としてムーンストーンに連れて行かれてから、ベトーラ伯爵家で育てられており、伯爵の実子ペルラと十数年一緒に暮らしていた。
「そうなりますかねえ……?」
ピレイは、少し首を傾げた。
――人質が長過ぎたようだ。それでも、ムーンストーンの滞在先で、ディアバス様が家族のように大切に扱われていたのは不幸中の幸いだった。
オーニチェは再び書類に目を落とした。
「前に王宮に滞在していた時に、アルマンディンの残党どもの襲撃を受けたこともあったからな」
「ペルラ様はだいぶショックを受けられてましたよね」
「ミリスには言えないけどな」
オーニチェは目を閉じた。
「言えないですね」
ピレイは頷いた。
「だから、やっぱり侍女くらいつけたいよな。婚約者ではないから、近衛はもうつけられないが、よく巡視させるとして」
「そうですねえ」
オーニチェは首と肩を動かして、体をほぐした。
「じゃあ、あれだ。また体調崩さないか心配だから」
「それが一番穏当ですかねえ?」
ピレイは天井に目を巡らせた。
「はあ……面倒事ばかり増えるな」
オーニチェは冷めたお茶を一口飲んだ。
「まあ、ペルラ様に久しぶりに会えますよ」
ピレイがオーニチェに微笑んだ。
オーニチェは椅子に深くもたれた。
「……会いたいが、この王宮で会いたくないんだ」
オーニチェは窓際に飾られた花を見た。




