23. バサルク王国編③ 出港
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
第三港湾。
船に荷物はすべて積み終え、ペルラも乗船して自室で過ごしていた。
アルマ宮からはるばる来た総司令官副官のアニス・アデュラリアが、船に乗り込んできた。
ミリス、リナール、フェンネル、それに軍政部から派遣された会計官と農務技官は、船内の一室に集められた。
バサルク王国へ向かう特別使節団の出航は、あと二時間に迫っていた。
だが、駐留軍総司令官府から正式に任務の説明を受けるのは、これが初めてだった。
「ずいぶんギリギリっすね」
リナールがこっそりミリスに耳打ちした。
「あえてかもしれないな」
ミリスは囁いた。
アニスは部屋を見回した。
「今回の任務について説明する。
任務には救荒種が関係している」
アニスが長い銀髪を肩の後ろへ払い、机の上に数枚の書類を置いた。
「まず、救荒種とは何か」
アニスは、一昨年の大飢饉と救荒種について説明した。
救荒種は、旧アルマンディン王国が飢饉に備えて開発した非常用の穀物品種だった。
通常の穀物よりはるかに早く育ち、収穫量も多い。悪条件にも強い。
その一方で、大量の水分や養分を吸い上げ、周囲の植物の発芽や成長まで妨げる性質がある。次世代の種として安定して使い続けることにも向いていない。
飢饉のときには人を救うが、平時に使えば周囲の畑を壊しかねない種だった。
一昨年、アルマンディンで大飢饉が起きた際、「旧王国時代には飢饉のための特別な種があった」という話が持ち上がった。
ムーンストーン側でも調査したが、当時はアルマンディン国内で発見できなかった。
しかし、最近の調べで、旧アルマンディン大陸王国が滅びた時に救荒種の相当量が国外に持ち出されたことがわかった。
「行き先はバサルク王国だ」
ミリスは顔を上げた。
――それで使節団を送ることになったのか。
「ムーンストーン王国は先日、バサルク王国に対し、保有する救荒種をすべて提出するよう求めた。が、明確な回答は得られていない」
アニスは別の書類を示した。
「さらに、プリズマから送られてくる交易記録の写しを改めて調査したところ、別の問題も見つかった」
紙の上には、いくつもの金額と取引の記録が並んでいた。
「救荒種に関する権利料、あるいは貸出料と思われる金の流れが確認されている。ただし、誰がどのような権利を持ち、誰から誰へ金が支払われているのか、記録だけでは判然としない」
ミリスは書類に目を落とした。
――救荒種から利益を得ている者がいる。
アニスは皆を見回した。
「今回の使節団には、バサルク側が保有する救荒種の確認と提出を求めてもらう。あわせて、救荒種の権利関係と資金の流れについても、直接説明を受けてほしい」
「はっ」
全員が敬礼した。
アニスは会計官と農務技官を見た。
「会計記録と資金関係は会計官が確認する。救荒種については、農務技官が現物と関連記録を確認してくれ」
二人が敬礼した。
「何か質問は?」
リナールが手を挙げた。
「救荒種は、ただの救いの種じゃない。危険な種でもある。だから回収する。それから、救荒種をめぐって大きな金が動いてるから調べる――そういうことですか?」
「その通りだ」
アニスは頷いた。
◇
一通り説明を終えると、アニスはミリスを呼んだ。
「急に団長に指名して、すまない。ペルラ嬢にも迷惑をかける。だが、他に適任者がいなくてな」
「いえ。精一杯努めます」
「バサルクへ使節として行くのは二度目だったな」
「はい。一応……」
ペルラを迎えに行った時を数えるなら、二度目だった。
「今回の使節団には、国外任務が初めての者もいる。動きやすいように目を配ってやってくれ」
「はい」
そう言われても、会計や農務についてはかなり専門的な仕事になりそうだ。
自分にどこまで手伝えるのだろう。
「ミリス。君の手腕に期待している」
ミリスは顔を上げた。
「ありがとうございます……」
表情が固いミリスを見て、アニスは少し笑った。
「まあ、考え過ぎなくていい」
アニスはそう言って、船を下りていった。
◇
やがて船は第三港湾を離れた。
しばらくして、ペルラも交えて船内でお茶を飲むことになった。
「俺、外国初めてっす!」
リナールが楽しそうに言った。
「僕もです」
フェンネルも頷いた。
「ペルラ様は?」
リナールが訊いた。
「私はプリズマとバサルクに行ったことがあります」
「さすがです! バサルクといえば、オーニチェ様ってどんな人なんすか? 怖いんすか?」
「とっても優しい方ですよ」
ペルラはにこやかに答えた。
フェンネルがテーブルの上のコップに手を伸ばした。
「あ、それ俺のっすよ」
リナールが言った。
フェンネルの手が止まった。
「……あ。すみません」
リナールは正しいコップをフェンネルの前に置いてやった。




