19. 祝賀会編④ 知り合い
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
「ミリスはジュニパー様と知り合いなのか?」
声をかけられ、ミリスは姿勢を正した。
北部方面司令官および北部統監のカウプテ・パセリだった。
ミリスにとっては、かなり上位の上官である。
「知り合いと言いますか……何と言いますか……」
こちらは当然知っているが、ジュニパー様が自分のことをどう認識しているか、ミリスは自信がなかった。
「ミリスはムーンストーンの中央貴族なんです」
グレンが説明した。
「ヘーゼル侯爵家の息子さんです」
「なるほど……」
カウプテは頷いた。
そして、何かに気づいたようにミリスを見た。
「ということは、もしかして、あのミリス?」
ミリスの背筋に嫌な予感が走った。
「あれだよね? ペルラ様の新しい婚約者?」
「新しい……?」
リナールが聞き返した。
「ああ、失礼」
カウプテは悪びれた様子もなく続けた。
「私の甥が、ペルラ様と以前婚約していたもので」
「甥御さんというと……バサルク王国の王太子のオーニチェ様ですか?」
グレンが訊いた。
「そうだ」
グレンとリナールは同時にミリスを見た。
「世界は狭いっすね!」
リナールがニヤリと笑った。
「……そうだな」
ミリスは力なく言った。
――できれば、もう少し広くあってほしかった。
◇
「ミリス様も大変ですね」
リナールは顎に手を当てて頷いた。
「ペルラ様の元婚約者は王太子で、ジュニパー様もあんな感じで」
「……」
ミリスは微笑を浮かべた。
今日は頬が引き攣りそうだ。
「侯爵家の跡継ぎでも、思い通りにならないことがあるんすね」
「僕の実家を何だと思ってるんだ……?」
「よ〜し! かわいそうなミリス様には、俺が椅子を持ってきてあげます!」
リナールが宣言した。
「リナール……」
今夜は色々あり過ぎて、もう立っているのもやっとだ。
リナールの優しさが身に沁みた。
少しして、リナールは戻ってきた。
「……あ、空いてる椅子なかったっす」
「そうか」
残念だが、人が多いので仕方ない。
リナールの気持ちだけでもありがたい。
「椅子がない時は……」
リナールは人差し指を立てて、歌うように言った。
「ない時は?」
ミリスが訊くと、リナールは満面の笑みで答えた。
「空気椅子!」
ミリスは黙った。
何だかめまいがした。
グレンがにこやかにリナールに言った。
「リナール君。そろそろデザートのテーブルでも見てきたらどうかな?」
◇
しばらくして、カウプテが再びやってきた。
「ミリス・ヘーゼル、いるか?」
「あ、ミリス様ならここにいまーす」
リナールが元気に大きく手を振った。
「新しい総司令官閣下から早速命令だぞ。明日の朝までアルマ宮に留まれ、と」
「はい、承知しました……」
ミリスは弱々しく敬礼した。
「さっき言ってた話じゃないですか? もう正式な命令になってるし!」
リナールが驚いた。
「何があったんだ?」
カウプテがミリスに尋ねた。
「ペルラが疲れているから、今夜はアルマ宮で休ませるそうです。それで僕も隣の部屋にいるように言われました」
「そういうことか」
カウプテは頷いた。
「アルマ宮にお泊まりか……」
グレンが言った。
予定では、第三港湾の一行はテントに泊まることにしていた。
「さすが中央貴族は違うっす」
リナールが言った。
「……皆さん、色々申し訳ありません……」
ミリスは頭を下げた。
「気にしないでください!」
リナールは明るく言った。
「テントの準備とか片付けとか、料理の当番とか立哨の割り当てとか、馬の世話とか、馬車の整備とか、全然気にしなくて大丈夫ですから!」
「すまない……」
ミリスはうつむいた。
「リナール」
グレンが低い声で呼んだ。
「はい?」
「お前はその口を閉じろ」
◇
夜。
ペルラにはアルマ宮の客室が用意され、ローズも同じ部屋に泊まることになった。
広い部屋がいくつか続き、調度品も豪華だった。
ペルラは不安そうに室内を見回した。
「王妃様の部屋かしら? こんな所、私が使っていいのかしら?」
一緒に部屋まで来たミリスも、室内を見た。
「上等な部屋だけど、そこまでじゃないから大丈夫だよ」
ミリスは侯爵家の人間である。
これくらいなら、王族用の最上級の部屋ではないことくらいは分かる。
ペルラは安心したように息をついた。
「よかった……」
「じゃあ、今日はゆっくり休んで」
「はい。ミリス様もお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい」
ミリスはペルラたちの部屋を出た。
そして、その隣に用意された自分の部屋のドアを開けた。
狭い部屋に、簡素なベッドと小さな机だけ置かれていた。
おそらく従者用の部屋だろう。
壁越しにペルラとローズの楽しそうな声が小さく聞こえた。
「もう何でもいいや……」
ミリスはベッドに倒れ込んだ。
◇
夜も更けた頃。
祝賀会の喧騒が嘘のように、アルマ宮は静まり返っていた。
客室の並ぶ廊下を、フェンネルとヴィレンスが歩いていた。
ヴィレンスは本来、王太子シナモン付きの近衛だったが、今は護衛隊の指導も兼ねて、アルマンディン駐留軍総司令官護衛隊へ派遣されていた。
見たところ、フェンネルより少し若そうだった。
「ヴィレンス様。これ、警備隊の仕事ですよね?」
フェンネルが言った。
「ペルラ嬢の客室の警戒と室内確認って。どうしてジュニパー様は護衛隊に頼んだんですかね?」
「近衛と同じようなものだと思っているのでしょう」
ヴィレンスは淡々と答えた。
「近衛は確かに王宮の巡視とかしますもんね。でも、ヴィレンス様は王太子殿下の専属護衛の時に、王宮の巡視はしないでしょう?」
「近衛は、王の命令とあらば何でも」
フェンネルは目をキラキラさせた。
「……近衛、さすがですね……!」
二人はそのまま廊下を進んだ。
「ペルラ嬢、よく寝てましたね」
「…………」
「あのペルラ・ベトーラ嬢は、何者なんですか?」
「……我々は目であって、目ではない」
ヴィレンスは遠く窓の外を見ていた。
廊下の窓から斜め下を見れば、閲兵広場に『平和祈願の火』の燃える円環があった。
その向こうの市街地は暗く、建物の輪郭も夜の中に沈んでいた。
さらにその先、城外には、地上に撒かれた星のように、無数の灯火が広がっていた。
各地の貴族が率いてきた私兵団の幕営地だった。




