105. 祝祭
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ペルラとミリスが第三港湾へ戻ってから、一週間ほどが経過した。
第三港湾ではもうすぐバサルク祭があるのだという。
町には屋台が並び、夜には花火が上がる。
家族や恋人、親しい人同士で家に集まって過ごすらしい。
◇
第三港湾司令部では、ミリスが昼休みを過ごしていた。
リナールが言った。
「俺ひとりだから、今までバサルク祭で、家のパーティーを経験したことないんです」
「そうか」
ミリスは食後の紅茶を飲みながら相槌を打った。
「だから、今年はミリス様の家でパーティーを開いてください! それで俺を招いてください!」
「えっ?」
ミリスは飲みかけた紅茶を机に置いた。
「今日初めて知った祭りのパーティーと言われても、何をどうしていいかわからないのだが……」
「肉があれば問題ないっすよ!
心配しないでください!
お招きありがとうございます、ミリス様!」
リナールは勢いよく頭を下げた。
「いや、えっ?」
グレンがうらやましそうに二人を見ていた。
「おっ、いいねえ」
グレンはチラッとミリスを見た。
「私、実家遠いんだよなあ」
「……」
「パーティーは人数が多い方が楽しいかもしれないなあ」
グレンはまたチラッとミリスを見た。
「……」
そこへカウプテが事務室に入ってきた。
「何の話だ?」
「バサルク祭っす。ミリス様の家でパーティーすることになりました」
「まだなってない」
ミリスは即座に訂正した。
「いいじゃないですか! バサルク祭らしく愛を深めましょうよ」
リナールはミリスの手を取った。
「お前と愛を深めてどうする!?」
ミリスは手を引き抜いた。
「愛なあ……本来は戦勝記念だからな?」
カウプテは苦笑した。
「誰が誰に勝ったんですか?」
ミリスが聞いた。
てっきり友好か交流の記念の祭りだと思っていた。
「昔、北部軍が当時のバサルクと戦って勝った。その記念だ。
ちなみに、戦の最中に出会って愛し合った男女が、のちにバサルクの王と王妃になったとも伝わっている。今では戦勝記念より、そちらの話の方が有名かもしれないな」
「そうだったんですか」
ミリスは頷いた。
「いやあ、初めて聞きました。まあ、何百年も経てば祭りなんて変わってしまうのでしょうね」
グレンが言った。
カウプテはやや呆れた表情でグレンを見た。
「ムーンストーン人のミリスとリナールはともかく、アルマンディン人のお前まで知らなかったのか」
「祭りの日においしいものを食べることしか考えてなかったです」
カウプテは額を押さえた。
◇
一方、その頃。
家ではナズナが、ペルラにバサルク祭の話をしていた。
「バサルク祭の花火を恋人と見ると幸せになれるそうです」
「すてき! ミリス様と一緒に見なきゃ!」
ペルラはさっそく準備を始めた。
「まず、傘ね!」
「ペルラ様。雨が降ったら花火は上がりません……」
「それもそうね……そうだ! 花火を見ながら手持ち花火をしたら、楽しそうじゃない?」
「ダメではないですが、普通はしません……」
ナズナの勧めで、ペルラは足元を照らすランタンを二つ用意した。
「この家なら、前の庭に出るだけでよく見えると思います」
ペルラはランタンをいそいそと玄関に運んだ。
◇
バサルク祭当日、ミリスの家では結局パーティーが開かれた。
「みなさーん、バサルク祭といえばこれ! ですよね」
ナズナがバサルク風の料理を次々と食卓に運んできた。
香辛料の強い匂いが部屋いっぱいに広がった。
ペルラのために香辛料を抑えた料理も用意されていた。
グレンは大喜びでパクパクと料理を食べた。
「これこれ! バサルク祭って感じだなあ。おいしい」
リナールも嬉しそうに肉を頬張った。
「うまい! あ〜、バサルク王宮を思い出しますねえ」
バサルクに派遣された特別使節団では、自分だけではなくリナールもずいぶん苦労したはずなのだが、おかしい。
ミリスは静かに頭を抱えた。
――僕はバサルクなんて思い出したくない……!
グレンが口を開いた。
「ミリスはいいなあ。祭りを一緒に過ごす相手がいて。婚約者がいるっていいなあ」
「いや、そんな――」
ミリスが顔を上げ、笑いながら答えた、その時だった。
「……そうでもないっすよ?」
暗い声がして、沈んだ顔のリナールが幽霊のようにぬっと身を乗り出した。
グレンがびくっと肩を揺らした。
「俺の婚約者はどうなっちゃったんでしょうか……」
リナールは遠い目をした。
◇
台所で、ナズナが鍋を動かそうとしていた。
「ふぬぬっ……」
両手で持ち上げようとしたが、持ち上がらない。
「どうしましたか?」
グレンが気づいて台所に来た。
「鍋を動かせばいいですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
グレンは鍋を持ち上げ、ナズナの示した場所へ動かした。
「ここでいいですか?」
「はい。助かりました」
ナズナはにっこり笑った。
「いえいえ。大したことありません」
グレンは慌てて手を振った。
ナズナはグレンの皿へ肉を一つ余分に入れた。
「グレン様、どうぞ。お礼です」
「すみません、ありがとうございます」
グレンは少し照れたように笑った。
しばらくして、ナズナが新しい料理を食卓へ運んできた。
グレンも後ろから皿を持ってきた。
食卓で皿を見たリナールはすぐに違いに気づいた。
「あれ? グレン様だけ肉多くないっすか?」
ナズナは無言でリナールの皿に肉を一つ足した。
その後もしばらく宴は続いた。
――食べ終わったし、そろそろ帰って……?
ミリスの願いもむなしく、グレンとリナールはすっかりくつろいでいた。
そのうち、ペルラが小さくあくびをした。
「すみません。なんか、いっぱい食べたら眠くなってきました……」
「もう遅いし、寝たらどうすか?」
リナールが言った。
「こっちは気にしないでください」
――こっちとは何だ? ここは僕の家なんだが。
「そうですか?」
ペルラは素直に頷いた。
「では、すみませんがお先に失礼します。皆様、ごゆっくり」
ペルラとナズナは二階に下がった。
ナズナは今夜泊まることになっていた。
◇
「ミリス様」
「何?」
「俺、酒のつまみにチーズ食べたいです!」
リナールはまだ帰る気がなかった。
「貴族の家だし、色々ありそう!」
――お前も貴族だろ!
ミリスは心の中で叫んだ。
ナズナはもう休んでいるので、ミリスが自分で保存庫へ向かった。
いくつかのチーズを切って皿へ載せると、グレンは嬉しそうに一切れ取った。
「こんな珍しいチーズまであるのか。さすが、おいしいねえ」
ところがリナールは、一口食べて首を振った。
「違う……! 俺は、いつものチーズがいいんですぅ……」
リナールは酔っ払って、泣き始めた。
「うっ、うっ、うっ……」
ミリスは困惑した。
「いつものチーズじゃわからないから。何ていうチーズ?」
「うちの三軒隣の雑貨屋で、時々売ってる激安チーズです……うっ、うっ……」
「……」
グレンがうまそうに酒をちびりと飲んだ。
「それはチーズなのか? 紛い物じゃないのか?」
「正真正銘、本物のチーズっすよぉ……食べたらチーズの味がするんれす……うっ、うっ、うっ……」
リナールは机に突っ伏した。
グレンはチーズをつまんだ。
「寝たな」
グレンとミリスは、リナールをソファへ運んだ。
その時、遠くから、低い音が響いた。
花火が上がり始めた。
ミリスは立ち上がり、窓辺に行った。
グレンもミリスの横に来て、窓の外を見た。
――隣はペルラがよかった……。
グレンが花火を見つめたまま、不意に口を開いた。
「ナズナさんって、付き合ってる人いるんですかね?」
ミリスはグレンを見た。
「え? 何の話ですか?」
グレンは答えず、また一つ上がった花火を眺めていた。
花火が終わってしばらくすると、グレンも寝た。
ミリスは戸締まりのために玄関に行き、ランタンが二つ置いてあることに気づいた。
ミリスはランタンを少し眺めて微笑んだ。




