104. 蓋
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ソルト伯爵は、東部統監を辞任した。
表向きの理由は病気療養だった。
『カシュー・ソルト』は馬車事故で死亡したことにされた。
ソルト伯爵家の後継者はいなくなり、ニアオーリは『カシュー・ソルト』の名を失った。
ムーンストーン王家は、秘密裏にニアオーリに新しい名前を与え、彼の希望により、コンミフォラ家へ身元を保証する手紙を書いた。
◇
ムーンストーン王都、コンミフォラ侯爵邸。
使用人が来客を告げ、イグニスは父コンミフォラ卿の寝室から出てきた。
コンミフォラ卿はアルマンディンで襲撃を受けて以来、伏せっていた。
応接室に行くと、若い男がいた。
若いと言っても、イグニスよりやや年上である。
少し前に王家から連絡のあった、ニアオーリ・アルマンディン――今は別の名前だが――その人であった。
約束の時間より早めに着いたことを、ニアオーリは丁寧に詫びた。
無理もない。
コンミフォラ家の敷地は広く、警備も厳重であることを事前に伝えたため、時間にだいぶ余裕を持って出発したのだろう。
ニアオーリの後ろに、男が一人無言で立っていた。
一緒に来たアルマンディン駐留軍王都本部の軍人だった。
イグニスが促すと、彼は持ってきた木箱をイグニスの足元に置いた。
木箱を開けると、中にまた木箱があり、その蓋を開けると、大きな鉢が入っていた。
鉢の中には、緑とピンク色が入り混じった、見慣れない物体があった。
小さな宝石がいくつか浮いている。
これは駐留軍から連絡が来ていた品だ。
軍人は蓋を戻そうとしたが嵌らず、木箱に軽く乗せた。
イグニスが受け取り書類に署名すると、彼は廊下で待つと言い部屋を出た。
イグニスとニアオーリは向き合って座った。
イグニスは、先日来た王家からの手紙を念のためもう一度読んだ。
「手紙には、今後はうちで働き研究したいとあるが、本当か?」
「はい」
ニアオーリはイグニスをまっすぐ見て答えた。
「星の蔦を開発したのはコンミフォラ家だが、それも知った上でだな?」
星の蔦は戦争の途中から投入され、戦況を変え、ムーンストーン軍を勝利に導いた。
そして、戦争終結と共にアルマンディン大陸王国は終焉を告げた。
「はい」
イグニスは黙ったまま、足を組んだ。
靴の先が木箱にコツンと当たり、蓋が少しずれた。
イグニスは木箱から視線を上げ、ニアオーリを見た。
イグニスの美しい淡紫の瞳の奥に、冷たい光が揺れていた。
「悪に利用される覚悟はあるか?」




