106. 大地
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ペルラが目を覚ますと、部屋はまだ薄暗かった。
カウプテ・パセリが貸してくれた別荘で迎える、最初の朝だった。
窓の向こうには、夜の名残のような濃い青が広がっている。
ベッドのそばでは、ミリスが椅子に腰かけ、窓の外を見ていた。
ペルラが少し身じろぎすると、ミリスが振り返った。
「ごめん。起こしちゃった?」
「大丈夫です」
ペルラはまだ少し眠そうな声で、ゆっくりと話した。
「ミリス様はもう起きてたんですね」
「うん。目が覚めちゃって」
ミリスは窓の外へ視線を戻した。
「星がすごいよ」
ペルラも起き上がって、窓の向こうを見た。
「……わあ」
「外で見ようか」
二人は一枚羽織り、別荘の奥にある階段を上った。
この別荘は巨大な岩壁をくり抜くように造られている。
階段の先の扉を開けると、岩壁の上に設けられたテラスへ出た。
その先は崖上の地表へと続き、砂礫の間に低い灌木が点在していた。
冷たい乾いた空気が頬に触れた。
見渡す限りの暗い空に、地平近くまで、無数の星が輝いている。
その星々の間を、淡い光の帯が横切っていた。
「きれい!」
ペルラは息を呑んだ。
「きれいですね」
二人はそのまま、しばらく星を見ていた。
やがて、遠くの空の色が少しずつ変わり始めた。
濃い青の下に、淡い黄色が差してくる。
星はまだ残っていたが、夜の暗さはゆっくりと薄れていった。
巨大な岩壁の向こうには、乾いた大地が果てまで続いていた。
低い灌木の点在する平原の彼方に、いくつもの岩山が重なっている。
遠くなるほどその色は青く淡くなり、その上には遮るもののない大きな空が広がっていた。
「あ……」
ペルラが声を上げた。
「太陽が出てきた!」
遠い岩山の向こうから、太陽が姿を見せた。
二人は何も言わず、そのまま日の出を眺めた。
光が少しずつ大地へ広がっていく。
夜の間は黒い塊にしか見えなかった岩壁が赤茶色に変わり、岩肌の割れ目に根を張った植物や、低い灌木の形まで見えるようになった。
朝日が低い角度から大地を照らし、岩山からも、灌木からも、足元の砂礫からも、長い黒い影が伸びていた。
ペルラは少しの間太陽を見つめていたが、やがて笑った。
「あんまり太陽を見てちゃダメですよね? まぶしくなってきましたね」
そう言って横を向いた。
ミリスはもう、太陽を見ていなかった。
ペルラを見ていた。
朝の光の中で、優しく笑っていた。
「ペルラ」
ミリスは少しだけ姿勢を正した。
「僕とペルラの婚約は、僕たちが決めたものではなかった」
ペルラは黙ってミリスを見た。
「父とベルデ様が話して、決まった」
「ええ」
「僕は、あの時そう決めてもらえてよかったと思ってる」
ミリスは少し笑った。
「でも、ちゃんと僕から言いたかった」
東の空では、朝日が少しずつ高くなっていた。
「これから先も、一緒にきれいなものを見て、おいしいものを食べて、笑って……そういう時間を、あなたとずっと重ねていきたい」
ミリスはまっすぐにペルラを見た。
「ペルラ、僕と結婚してください」
ペルラは、ミリスを見つめた。
やがて、ゆっくりと笑った。
「はい」
そう答えると、ペルラはミリスに抱きついた。
ミリスはそっとペルラを抱きしめた。
空に、星はもうほとんど見えなくなっていた。
岩壁も、大地も、その先の遠い山々も、朝の光の中にはっきりと姿を現していた。




