101. アルマ宮編(46) ソルト伯爵邸
※主な登場人物は、作品あらすじ欄にまとめています。
ソルト伯爵邸の応接室には、ソルト卿、ミリス、オーニチェ、カウプテの四人がいた。
アルマ宮の地下牢について一通り話を聞いたソルト卿は、しばらく考え込んでいたが、やがてオーニチェを見た。
「お気持ちはありがたいですが、オーニチェ殿下は行かない方がいい。バサルク王国の存亡に関わります」
オーニチェは無言でソルト卿を見た。
「私が言うことではありませんが……ムーンストーン王家を甘く見てはいけません。どんな理由でも利用される。今は大丈夫でも、五年後、十年後、数十年後に持ち出されない保証はない」
ソルト卿は一度言葉を切り、窓の方へ視線を向けた。
屋敷の向かいには、駐留軍の小さな詰め所がある。
「今、私の家への出入りも見られているでしょう。私ひとりで行きます。
地下牢側の扉の開け方を教えていただいた。それだけで十分です。心から感謝申し上げます」
ソルト卿は頭を下げた。
しばらくして、オーニチェは口を開いた。
「私が行かないとしたら……ミリスとカウプテ様も?」
「行きたい気持ちは山々だが……私は外にいて、万が一の時に統監として駐留軍本部とかけ合う方が役に立てるのではないか?」
カウプテが答えると、オーニチェは今度はミリスを見た。
「ミリスは? お前もヘーゼル侯爵家を背負っているだろう」
ミリスはソルト卿に尋ねた。
「……本当に、おひとりで行かれるつもりですか?」
「はい。皆様をこれ以上巻き込めません」
ソルト卿は足元に視線を落とした。
カウプテがソルト卿に頭を下げた。
「ニアオーリ様をよろしくお願いします」
ソルト卿はカウプテを見て、力強く言った。
「ニアオーリ様は、今となっては私の息子も同然です。何があっても助けます」
その時、応接室の扉が控えめに叩かれた。
使用人が入り、ソルト卿へ一礼する。
「旦那様。総司令官護衛隊のヴィレンス様がお見えです」
「ヴィレンス様が?」
ソルト卿の表情が変わった。
「あちらの応接室にお通ししてくれ」
「いえ、玄関で結構だとおっしゃって、お待ちです」
「玄関で……?」
ソルト卿は、ミリスたちを残し、使用人とともに応接室を出ていった。
◇
玄関ホールでは、ヴィレンスがひとり立って待っていた。
「ソルト卿。総司令官副官アニス様がお呼びです。私と一緒に、すぐアルマ宮へいらしてください」
ソルト卿の顔に緊張が走った。
「……承知いたしました」
「付き添いの方もご一緒にどうぞ」
ヴィレンスが微笑んだ。
「付き添い?」
ソルト卿は怪訝そうにヴィレンスを見た。
「はい」
その時、ミリスが廊下から玄関ホールへ歩いてきた。
「私が一緒に行きます」
ソルト卿は目を見開いた。
「ミリス! いいのか……?」
「はい。『カシュー様』を探しに行きましょう」
ミリスは静かに答えた。
ヘーゼル侯爵家のミリスが助けに行くのは、ニアオーリ・アルマンディンではない。
カシュー・ソルトだ。
それなら、ムーンストーン王家への背信にはならないはずだ。
ソルト卿は一瞬黙ったあと、わずかに表情を緩めた。
「……そうだな。『カシュー』をな」
そして、ミリスをまっすぐに見た。
「ミリス、頼む」
「はい」
ヴィレンスが二人を見た。
「では、参りましょう」
「はい」
ソルト卿が答え、ミリスも頷いた。
三人はソルト伯爵邸を出て、アルマ宮へ向かう馬車に乗り込んだ。
ミリスの頭に、以前アニスに言われた言葉がよみがえった。
――君はただのミリスではない。望んでも望まなくても、ミリス・ヘーゼルにしかなれない。
アニス様の意図が読み切れない以上、今、自分はヘーゼル侯爵家を危険に晒しているのかもしれない。
それでも、ヘーゼル侯爵家には、いざとなればムーンストーン中央貴族として使えるカードがある。
ミリス・ヘーゼルであれば、ペルラの願いを叶えられるはずだ。
――僕が君の優しさを守ろう。




