03 ミュージカル・幕間
「レオン、馬鹿だなーって思ったけどさ。実際に私たちがそんな立場だったらって思うと考えさせられるよね」
アンゼローナはようやくポップコーンを口に運んだ。劇場の中なので、普段よりお淑やかな食べ方である。
……レアなアンゼローナだな。
「そうかな? 実際、僕たちだって愛がなかったとしても婚約を結んでるだろ。立場上仕方のない婚約だって貴族じゃ珍しくない。それにレオンは、自分の生死に関わることで、だろ。それで真実の愛を選ぶのはちょっとなぁ……。って思ったよ」
「確かにね。私たちには愛……はあるけどさ」
アンゼローナは僕の目をまっすぐに覗き込んで、それから夜空のような青の瞳を細めて甘く笑った。
あぁ、やばい。アンゼローナのことが限りなく愛おしい。この瞬間が永遠に続いたらいいのに──
「きゃあっ」
遠くで小さな爆発音がした。それに伴って女性の悲鳴が上がる。僕はアンゼローナを庇うような体勢で辺りを窺った。
爆発だろうか。僕らの席の斜め後ろ、上手側の座席で、周辺の人が立ち上がって何やら混乱しているようだった。
「よく見えないね」
すっかりいつもの調子に戻ったアンゼローナが、座席に立ち膝をして後ろの方を観察している。
「うん、やっぱり劇場が相当広いな」
騒動は相当後ろの席で起こっているから、僕らの位置から全てを把握することはできない。でも、劇場スタッフが駆けつけてなにやら対応をしていることはわかった。
爆発が起きたであろう近辺の人がスタッフによって誘導されていく。三十人くらいだろうか、全員が退避し終わると同時に、それなりに大きな魔法石の行使が感じられた。
「結界を張ったみたい。大丈夫そうだ」
「よかったー。このままミュージカルは続くのかな」
「たぶんね。そのために部分的な結界なんだと思う。魔力の感じ的に、相当強固な魔法石結界を張ってるから、こちらに害が及ぶことはないかな」
魔力の感じというのは、長く魔法石や魔法に触れていないとわからない感覚だ。感じ取れないアンゼローナを安心させようと説明したのだが、彼女の表情はこわばったままだ。
「でもさー……。それって、爆発物を包み込んだだけじゃない? 危険なのは人だよ。誰か何のためにそんなことをしたのかわからないと危険なままじゃん」
アンゼローナが至極真っ当な指摘をする。
「うん、そうだね。でも公演は続けるってことは、劇場側では既に犯人とか目的にある程度予想がついているんじゃないかな」
スタッフもそれなりに落ち着いているし、ひとまずの危険は過ぎ去ったと考えていいと思う。
アンゼローナもとりあえずは安心したようで、今度はフライドポテトをつまみ始めた。
……ポテト系食べ過ぎじゃないか? さっきはうずまきポテト、今はフライドポテト……。
アンゼローナの運動量でならば全てを消化しきれるということはわかっているが、不健康さが心配になる。
自分の分のポップコーンをちまちまとつまんでいると、もうすぐで休憩時間が終わるため、ホール内にもどるよう放送が入った。
「でも、いいミュージカルだね。オーケストラも、歌も、演技も」
爆発が起こったことを忘れたわけではないが、一旦解決? した今、特別掘り起こすことでもないだろう。後半の部に入る前にアンゼローナと感想を共有しておきたかった。
「そうだね! 特にオーケストラがしっかり聞こえていい感じ。歌もめちゃうまいし、本人がそこにいるみたいな臨場感」
「音いい感じだよね。拡声の魔法石の質がいいのかな」
「魔法石もそうかもだけど、やっぱりホールの構造とか、建築とかも関係あるんじゃないかな。いい感じに反響するようになってるんじゃない?」
そう、ここまでの質のいい音響を創るためには、魔法石の質だけではすべてをまかないきれないだろう。そういう方面での工夫もあるに違いない。アンゼローナに共感して僕は深く頷いた。
アンゼローナと話していると、開演を知らせるブザーが鳴った。
前半の部が始まるときと同じようにホール全体が闇に包まれ、明るい世界が緞帳の後ろから姿を現す。
僕らの胸は盛り上がった物語の後半の部に対する期待でいっぱいだった。
そのときにはもう、休憩時間中に起こった騒動なんて、頭の片隅にも残っていなかった。




