02 ミュージカル・前半の部
劇場に着く頃には、アンゼローナの両手は観劇しながらでも食べられる軽食でいっぱいになっていた。めぼしい屋台を見つけると即・購入の彼女の辞書に、節約だとか取捨選択といった言葉はないのかもしれない。
「むふふ。やっぱりおいしいものは正義だね!」
アンゼローナはにこにこと渦巻き状のポテトを頬張っている。楽しそうなのはいいことだが、僕の分までアンゼローナのペースで買うのはやめてほしい。
……いや、嬉しいけどさ。
アンゼローナはその細い体のどこに入るの? という疑問が湧くほどの大食いである。そんな彼女の食べたいものを全て買ってこられては、こちらのお腹に入り切らないのだ。まぁ、そんな僕の残飯も、アンゼローナが美味しく食べてくれるのだけれど。
事前に購入していたチケットを受付で提示して、指定席に座る。
「うわあ、めちゃくちゃ前の席! 取るの大変だったでしょ」
ミュージカル俳優の表情がくっきりと見える席に、アンゼローナのテンションは爆上げだ。
「いや、父上の伝手だから、それほどでもないよ」
嘘である。
父の友人がこの公演の関係者であることは本当だが、いい席を取ってもらえるほどの何かがあるわけでもなく。
……僕はこの笑顔のために、真夜中から並んだんだよな。
まばらだった客席が、だんだんと人で埋まっていく。開演時間が近づいているのだ。
「やっぱり年代の近い人が多いね。特に婚約者同士の貴族とか」
アンゼローナが後方を向きながら言った。同感である。
「流石王族御用達の劇団。ほぼ満席だな」
アンゼローナが大量に買い込んだ軽食をつまんでいると、すぐに開演を知らせるブザーが鳴った。緞帳が僕たちの期待とともにゆっくりと上がっていく。
物語はある王妃が子どもを産む場面から始まる。王子、レオンの誕生だ。彼には生まれつき、邪気を吸い込みやすい体質があった。邪気を体に溜め込みすぎるとやがて死んでしまう。やっと授かった我が子を守るため、王妃は同時期に産まれた「聖なる気」を放つ令嬢・ルナーリアとの婚約を結ばせた。レオン、二歳。ルーナリア一歳の冬だった。
「ああ、神よ。わたくしの唯一の子に、なぜこのような枷をつけたのですか」
王妃は嘆く。わが子の生まれ持った枷を。
「おお、神よ。奇跡の聖女との婚約に、御身の最上の祝福を」
王妃は歓ぶ。産まれ落ちた二人の巡り合いに。
ところが。
「ひーっひっひっひっ。わしの占いによれば、かのものは十七歳を超えられまい。それまでにぽっくりと逝ってしまうわ」
魔女は謳う。呪いの歌を。たった今、真実とされた唯一の歌を。
「十七を超えられない王子なんて誰が必要とするものか。王妃はわが子に盲目だ」
民衆は嗤う。産まれたばかりの王子を。王子を盲目に愛す王妃を。
「何故、何故なのでしょうか。母が我が子を愛すのは許されないのでしょうか──」
王妃は苦しむ。この世の不条理に。魔女の戯言に。無責任な民衆に。
それとは裏腹に、王子はすくすくと育っていった。
やがて王子が年頃になると、王子は婚約者がすでに決まっていることに強い反感を覚えるようになる。婚約者が決まっていようと、王子は人並みに恋をする。婚約者が決まっているという背徳感は、想いをより燃え上がらせた。
「私は悪くない。悪いのは母上だ。私を一人で生きていけるようにしてくれ。ルーナリアに縛られず、私の本当に愛する人と──」
自らの本心と、生きながらえるためのパートナーとの狭間で苦しむ王子に、怪しい影が近づいた。
「ひーっひっひっひ。レオンよ。愛した者とともに生きたいか。わしにはその手伝いができる」
かつて、レオンに呪いをかけた魔女は、自分の行いを隠してレオンを誘惑する。
その呪われた体質は治せると。治したいのなら自分の言うことに従ってくれ、と。
「僕は、真実の道を選ぶ。ルーナリアと歩む人生なんてごめんだ」
覚悟を決めた顔のレオンはくるりと振り返り、舞台を後にした。舞台にはセットだけが残され、緞帳が下りる。すぐに劇場全体が明るくなった。
『これにて前半の部は終了いたしました。ただいまより鐘半分の休憩に入ります』
拡声の魔法石を使って、ホール全体にアナウンスが届けられる。ちなみに拡声のような音に関する操作を司るのは、サファイアである。このホールのどこかに特大の青い魔法石が嵌め込まれているはずだ。
「すごかったね」
アンゼローナは圧倒されて、いつもより左手に持つポップコーンの減りが少ない。というより、食べてないんじゃないか。
「うん、すごかった。演技もそうだけどさ、ほら見てよ、生演奏のオーケストラもそうそうたる面々だ」
パンフレットには、音楽にさほど造詣が深くない僕でも知っているような演奏者たちの名前が載っている。




