第9話 話にならん
ギルドの裏手には、建物に囲まれた広い訓練場があった。
地面は固く踏みしめられており、端には木剣や盾、長い棒などが並べられている。
その中央で、一人の男が若い冒険者の構えを見ていた。
「腰が引けている。その状態で受ければ、腕ごと押し込まれるぞ」
落ち着いた低い声だった。
四十代の終わりか、五十に入ったばかりに見える。
背が高く、体格もいい。
だが、大きさを見せつけるような雰囲気はなく、立ち姿には無駄がなかった。
短く整えられた髪。
手入れされた顎ひげ。
派手な鎧ではなく、動きやすそうな服を着ている。
いかにも、アニメなら若い冒険者に人気が出そうなイケオジだった。
エルナが男へ声をかける。
「ヴァルターさん。能力確認をお願いできますか?」
「今度は誰だ?」
「登録から数日。街中の依頼を複数完了しています。ローデ村への配達を検討しています」
ヴァルターが俺を見る。
鋭い目だったが、威圧するようなものではない。
「名前は?」
「ツカサです」
「武器の経験は?」
「ありません」
「魔物を見たことは?」
「それもありません」
「魔法は?」
「適性はあると言われました。ただ、使い方は知りません」
ヴァルターの眉がわずかに動いた。
「誰に言われた?」
「以前いた場所で、です」
完全な嘘ではない。
管理者について説明しても、信じてもらえるとは思えなかった。
「使ったことは?」
「ありません」
「なら、今のところは使えないのと同じだ」
「そうなりますね」
ヴァルターはそれ以上追及しなかった。
「まず走れ。訓練場を5周だ。速さは求めない。途中で無理だと思ったら言え」
「分かりました」
訓練場の外周を走り始める。
全力ではない。
長く動き続けられる速さを意識する。
一周。
二周。
三周。
息は少し上がってきたが、足はまだ動いた。
事故に遭う前の身体なら、途中から膝や腰が気になっていただろう。
今の身体には、それがない。
5周を走り終え、ヴァルターの前へ戻る。
「話せるか?」
「はい。少し息は上がっていますが」
「なら、次だ」
休ませてくれるわけではないらしい。
今度は砂の入った袋を背負わされ、訓練場の端に置かれた障害物を越えるよう指示された。
低い木の柵。
足場の悪い土の山。
細い板。
速さよりも、転ばずに進むことを優先する。
途中で袋が片側へずれた。
立ち止まり、背負い直す。
「なぜ止まった?」
「このまま進むと、さらにずれると思ったので」
「急いでいるときでもか?」
「落とせば、もっと時間がかかります」
ヴァルターは何も言わなかった。
最後まで進んだところで、急に声が飛んでくる。
「荷を置け。あそこまで下がれ」
指された場所を確認し、袋を地面へ下ろす。
そのまま、訓練場の端まで移動した。
「なぜ荷物を持ってこなかった?」
「置けと言われたので」
「依頼品でもか?」
「危険が迫っていて、護衛から同じ指示を受けたなら置きます。荷物より先に、自分が逃げるべきだと思います」
「依頼主に弁償を求められるかもしれんぞ」
「死んだら、弁償も報告もできません」
ヴァルターが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「少なくとも、荷物を抱えて死ぬタイプではなさそうだな」
「できれば、荷物も持って帰りたいですけど」
「それは安全を確保したあとに考えろ」
次に渡されたのは、俺の身長ほどある木の棒だった。
「剣を使ったことがない人間に、短時間で剣を教えても意味がない」
ヴァルターは別の棒を手に取る。
「お前が覚えるのは、これだけだ」
棒を両手で持ち、先端をこちらへ向けた。
「相手を倒そうとするな。正面へ突き出して、近づかせるな」
ヴァルターが一歩踏み込む。
言われたとおり棒を前へ出す。
だが、力を入れすぎたのか、棒の先を軽く払われただけで構えが崩れた。
「受け止めるな。ずらされたら、棒にしがみつかずに下がれ」
もう一度構える。
今度は、棒を払われるのと同時に後ろへ足を動かした。
「そうだ。振り回すな。護衛まで近づけなくなる」
「これで戦えるとは思えませんね」
「戦うために教えているんじゃない」
ヴァルターは棒の先で地面へ線を引いた。
「一度だけ距離を作って、ここまで下がる。その間に護衛が前へ出る。それがお前の役目だ」
「倒そうとしない。距離を作って下がる」
「それだけ覚えておけ」
何度か同じ動きを繰り返した。
うまくできたとは思えない。
それでも最後には、最初ほど簡単に姿勢を崩さず、後ろへ下がれるようになった。
ヴァルターは俺から棒を受け取る。
「体力は問題ない。荷物を持って半日歩く程度なら、できるだろう」
「戦闘は?」
「話にならん」
「ですよね」
「だが、自分が戦えないことは理解している。指示を聞くこともできる。護衛付きなら、ローデ村までの依頼は受けて構わん」
予想していた評価ではある。
それでも、正式に許可が出たことで少し安心した。
「ありがとうございます」
「礼は無事に戻ってから言え」
ヴァルターはそう言うと、次の訓練を待っていた冒険者へ視線を向けた。
どうやら、俺への確認はこれで終わりらしい。
◇
エルナと一緒に受付へ戻ると、彼女はローデ村への依頼票を改めて取り出した。
「問題は、同行できる護衛ですね」
「すぐに見つかりそうですか?」
「条件自体は難しくありません。ただ、明日の朝に出発できる方となると――」
エルナが周囲を見回した。
そのとき、ギルドの扉が開いた。
一人の若い女性が入ってくる。
背中まで伸びた赤い髪。
細い縁の眼鏡。
軽い革の防具を身につけ、腰には片手剣を下げている。
見覚えがあった。
俺が冒険者登録をした日。
街道の崩落を報告するために、仲間より先にギルドへ戻ってきた女性だ。
あのときは遠目だったため気づかなかったが、年齢はかなり若い。
十代後半くらいだろう。
女性は掲示板の前で足を止め、残っている依頼票を順番に確認し始めた。
エルナが声をかける。
「カレンさん。少しよろしいですか?」
赤髪の女性――カレンがこちらを振り返った。
「はい」
「明日から一泊二日で、ローデ村への護衛をお願いできる方を探しています」
「ローデ村ですか?」
「魔物避けの香と、調合道具の配達です。配達担当はこちらのツカサさん。戦闘経験がないため、同行護衛が必要です」
カレンは俺へ視線を向け、軽く頭を下げた。
俺も頭を下げる。
「今、受ける人がいないんですか?」
「普段の担当者が足を痛めて休んでいます。掲示板に出す予定でしたが、出発が明日のため、こちらからお願いできる方を探していました」
「私で対応できる内容なら、引き受けます」
カレンは迷う様子もなく答えた。
だが、エルナはすぐに依頼票を渡さなかった。
「条件を確認してから決めてください」
「あ……はい」
カレンは少しだけ姿勢を正した。
「往復で2日。村で一泊。護衛報酬は銀貨8枚です。想定されるのは、街道周辺に出る低級魔物か野生動物。配達物は約18キロで、ツカサさんが運びます」
「最近、街道に異常の報告はありますか?」
「ローデ村方面では、特にありません」
「帰りに運ぶ物は?」
「受領書と報告書。それから、空になった容器をいくつか回収する予定です。重量は行きより軽くなります」
「分かりました」
カレンは依頼票へ目を通した。
「引き受けます」
「ありがとうございます。では、今回の依頼中だけ、二人を臨時パーティーとして登録します」
エルナが帳簿を開く。
俺とカレンは、受付の前で改めて向き合った。
「ツカサです。護衛をお願いする立場になります。よろしくお願いします」
「カレンです。よろしくお願いします」
近くで見ると、眼鏡の奥の目は少しきつく見えた。
不機嫌なわけではなく、真面目に相手を見ているだけらしい。
「ローデ村へは行ったことがありますか?」
「何度かあります。道も分かります」
「冒険者になって長いんですか?」
「3年です」
15歳から登録できると聞いていた。
それなら、見た目どおり18歳くらいということになる。
自分よりずっと若い。
それでも、冒険者としては明らかに先輩だった。
「ツカサさんの装備を確認してもいいですか?」
「装備と呼べそうなものは、今のところ小刀くらいです」
カレンの視線が、俺の腰へ下がる。
「それは作業用ですね」
「護身に使えるとは思っていません」
「その方がいいと思います。慣れていない刃物を、急に戦闘で使う方が危険ですから」
ヴァルターと同じような判断だった。
「訓練では、杖の使い方を少し教わりました」
「では、杖と防具は用意した方がいいですね。靴も、街中用のままでは長く歩くと足を傷めるかもしれません」
「おすすめの店はありますか?」
エルナが一枚の小さな紙を差し出した。
「ギルドから新人へ紹介している店があります。《鉄鹿装具店》です。この紙を見せれば、用途に合わせて案内してもらえます」
紙には、店の場所と、鉄色の鹿が描かれていた。
「明日の出発は、朝の鐘が鳴ったあとです」
カレンが言う。
「ギルドで荷物を確認してから出ます。遅れないようにしてください」
「分かりました」
「それと、道中で私が止まってと言ったら止まってください。下がってと言ったら、荷物を置いてでも下がってください」
「ヴァルターさんにも、同じことを言われました」
「なら、話は早いですね」
カレンの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
お読みいただき、ありがとうございます。
護衛役のカレンと組むことになったツカサは、旅に必要な装備をそろえます。
本作はカクヨムにも掲載しています。




