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異世界で、まずは仕事から。  作者: こやーん


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第10話 命を預ける物だからな

《鉄鹿装具店》は、冒険者ギルドから歩いて10分ほどの場所にあった。


通りに面した店先には、角の立派な鹿をかたどった金属製の看板が掲げられている。


店内へ入ると、壁には剣や槍が並び、反対側には革や金属で作られた防具が置かれていた。


奥には外套、靴、手袋、腰袋、水筒などの旅用品も並んでいる。


本当に、ここだけで必要な物を一通りそろえられそうだった。


「いらっしゃい」


店員らしい男が声をかけてくる。


俺はエルナから渡された紙を見せた。


「冒険者ギルドから紹介されました。明日、初めて街の外の依頼を受けます」


「行き先と日数は?」


「ローデ村まで。一泊二日です。荷物の配達で、護衛は別に付きます」


「戦闘経験は?」


「ありません」


「なら、余計な物は持たない方がいいな」


店員は俺の体格を見てから、店の奥へ案内した。


「まず靴だ。街道は整っているが、石畳と同じつもりで歩けば、帰りには足の裏が痛くなる」


いくつかの靴を試す。


安い物でも、今履いている靴より底が厚く、足首までしっかり固定されていた。


次に選ばれたのは、丈夫な布で作られた服と、胸や腹、肩の一部へ革を重ねた軽い防具だった。


全身を覆う鎧ではない。


だが、今の服だけで街の外へ出るよりは、ずっと安心できる。


「もっと安い物はありませんか?」


俺が尋ねると、店員は首を横に振った。


「うちに置いてある中では、それが一番安い」


「安い物を扱っていないんですか?」


「使っている途中で破れる服や、底の剥がれる靴を売って、安く済んだと言えるならな」


言い方は少し厳しい。


だが、間違ってはいなかった。


「ギルドから紹介される店で粗悪品を売れば、次から誰も紹介されなくなる。うちは安売りの店じゃない。その代わり、一番安い品でも、手入れをすれば使える物しか置いていない」


「修理はできますか?」


「服も防具も、ここで受ける。靴底も張り替えられる。ただし、壊し方によっては買い直した方が安い」


「手入れの方法も教えてもらえますか?」


「買うならな」


購入後の費用まで確認する客は珍しいのか、店員が少しだけ笑った。


そのあと、雨風を防ぐ外套、革手袋、簡単な治療道具、火起こしの道具を選ぶ。


最後に、ヴァルターから勧められた杖を見せてもらった。


硬い木で作られた、俺の肩より少し高い長杖。


下端には金属が取り付けられており、歩くときの支えにも使える。


「この杖は、魔法にも使えますか?」


「物による。この杖には、魔力を通しやすくする加工はない。ただの丈夫な木の杖だ」


「加工された物だと、いくらくらいですか?」


店員が、少し離れた棚を指す。


細かな模様が刻まれた杖が何本か並んでいた。


「一番安い物で、金貨3枚からだ」


「今は、こちらで十分です」


「賢明だな。魔法も使えないうちから、道具だけ高くしても意味はない」


一通り選び終わり、金額を計算してもらう。


「金貨2枚と、銀貨6枚だ」


現代の感覚では、2万6,000円ほど。


服、防具、靴だけで、およそ2万円。


そこへ杖と外套、旅用品を加えれば、このくらいになる。


初心者向けの装備でも、安い買い物ではなかった。


会計を待つ間、俺は壁に並ぶ武器の値札を見た。


最も安い片手剣でも、金貨1枚と銀貨5枚。


使いやすそうな物になると、金貨2枚を超える。


金属を多く使った防具は、さらに高い。


「剣も、ずいぶんするんですね」


「命を預ける物だからな。安く作る方法はあるが、うちでは売らない」


「上の棚にある物は?」


「魔物の素材を使った物だ。軽くて丈夫だが、値段も別物になる」


値札を見る。


金貨が10枚を超える品も珍しくない。


今選んだ装備に加えて買えるような余裕はない。


だが、冒険者が高い報酬を得る理由が、少し分かった気がした。


危険だから高い。


それだけではない。


仕事を続けるための装備にも、金がかかるのだ。


『今回の購入後、所持金は大きく減少します』


「分かってる」


『街中の依頼のみで購入額を回収する場合、相応の日数が必要です』


「分かってるって」


「何か問題があるか?」


店員がこちらを見る。


「いえ。買います」


金貨2枚と銀貨6枚を支払う。


受け取った革袋は、明らかに軽くなった。


残っているのは、現代の感覚で1万円前後だろう。


代わりに、両手には新しい装備が増えている。


働くために必要な物を買った。


そう考えれば、無駄遣いではない。


それでも、大きな出費であることに変わりはなかった。


     ◇


装備を抱えて《駆け馬亭》へ戻ると、食堂の一角に見覚えのある姿があった。


リディアだ。


テーブルの上には小さな木箱と布袋がいくつか置かれ、その隣には開かれた帳面がある。


リディアは一つずつ品物を確認しながら、何かを書き込んでいた。


向かいにはマルタが座っている。


「香草が3袋。干した茸が2袋。それから、注文してた保存果実が一箱だね」


「はい。果実は前回より少し小さいですけど、その分、値段も下がっています」


「味は?」


「私も一つ確認しました。前のものと大きくは変わりません」


「なら、それでいいよ」


話している内容からすると、宿で使う食材か何かを納品しているらしい。


先にこちらへ気づいたのはマルタだった。


「おや。ずいぶん買い込んできたね」


その声で、リディアも顔を上げる。


「ツカサさん」


俺が抱えている外套と杖へ目を向け、そのあとで軽装防具の入った包みを見る。


「装備を買われたんですか?」


「はい。明日、初めて街の外の依頼を受けることになりました」


「街の外へ?」


リディアの表情が少し変わった。


「どこまで行くんですか?」


「ローデ村です。魔物避けの香と、調合に使う道具を届けます」


「ローデ村なら、私も何度か行ったことがあります」


「リディアさんも?」


「買い付けの仕事で」


リディアは開いていた帳面を閉じた。


「私は商業ギルドに登録して、街のお店や近くの村から頼まれた品を探したり、買い付けたりしています。まだ、自分のお店を持っているわけではありませんけど」


「商人だったんですね」


「言っていませんでしたか?」


「聞いていなかったと思います」


初めて会った日は、宿を紹介してもらっただけだった。


その後も食堂で話はしたが、リディア自身の仕事について聞く機会はなかった。


「うちで使う香草や保存食も、リディアに頼むことが多いんだよ」


マルタがテーブルに並んだ荷物を示す。


「大きな商会じゃ、こういう少ない注文は後回しにされることもあるからね。この子には助けられてるよ」


「必要な物を必要な分だけ届けるのが、私の仕事ですから」


リディアはそう答えたが、少し照れたようにも見えた。


街へ来たばかりの俺へ宿を紹介したのも、商人として人や店のつながりを大事にしているからなのかもしれない。


「ローデ村は、どんなところですか?」


「街から近い、静かな村です。畑と家畜が多くて、森で採れる香草や樹脂も扱っています」


「今回運ぶ香にも、村で採れる材料を使うと聞きました」


「ええ。魔物避けの香を作っている方もいます。ただ、村で全部の材料がそろうわけではないので、街から定期的に運んでいるんです」


エルナから聞いた説明とも一致している。


「道は危険ですか?」


「大きな問題がなければ、半日で着きます。ただ、街道だから絶対に安全というわけではありません」


リディアの視線が、腰に剣を持たない俺へ向く。


「護衛は付くんですよね?」


「カレンさんという冒険者が同行します。俺は荷物の運搬と確認を担当します」


「それなら、少し安心しました」


リディアは小さく息をついた。


「でも、護衛の方の指示には、必ず従ってくださいね」


「分かっています。何かあっても、無理はしません」


「それならいいんです」


リディアの視線が、俺の持っている長杖へ移る。


「剣を買って帰ってこなかったのも、安心しました」


「そんなに危なそうに見えますか?」


「初めて街の外へ出る人が、急に剣を持ったら、使ってみたくなるかもしれませんから」


「俺は、買った金額のことを考えて使えなくなると思います」


壁に並んでいた剣の値段を思い出す。


一本買うにも、今の所持金では足りない。


「それなら、なおさら杖でよかったですね」


リディアが笑った。


「村へ着いたら、受け取る方の名前を確認してください。ローデ村は小さな村ですけど、同じ家の人が代わりに出てくることもありますから」


「本人がいない場合は、代理の名前と理由を記録するように言われています」


「そこまで確認しているなら大丈夫そうですね」


商人として配達や受け渡しを経験しているからこそ、気になる部分なのだろう。


俺が街の外へ出ることだけではなく、仕事の内容そのものについても話が通じる。


今まで、リディアがどんな仕事をしているのか分からなかった。


だが、街の店と近くの村を行き来し、人と品物をつなぐ仕事だと聞けば、宿や市場でよく顔を合わせることにも納得できた。


「帰ってきたら、ローデ村がどうだったか聞かせてください」


「リディアさんの方が詳しいんじゃないですか?」


「ツカサさんが見た村の話を聞きたいんです」


そう言われると、少し断りにくい。


「分かりました。無事に戻ったら」


「はい。待っています」


ただの挨拶に近い言葉だった。


それでも、明日帰ってくる場所があるのだと、少しだけ思えた。


お読みいただき、ありがとうございます。


準備を終えたツカサは、次回、初めて仕事としてアルネスの外へ出ます。


本作はカクヨムにも掲載しています。

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