第11話 同じ門なのに
翌朝。
新しい服と防具を身につけ、杖を持って《駆け馬亭》の食堂へ下りると、マルタが目を丸くした。
「ずいぶん冒険者らしくなったじゃないか」
「見た目だけです」
「最初は見た目からって言うだろ」
「昨日、訓練官には戦闘は話にならないと言われました」
「そりゃ、数日で戦えるようになったら、誰も苦労しないよ」
厨房から、ベルクが包みに入ったパンを差し出した。
「昼に食え」
「ありがとうございます」
「村で飯が出るんだろうけど、着く前に腹は減るからね」
マルタが説明を付け加える。
「代金は?」
「朝飯の残りを包んだだけだ」
ベルクはそれだけ言って、厨房へ戻った。
「無事に帰ってきたら、夕飯をお願いします」
「当たり前だよ。部屋も取ってあるんだからね」
前回のように、宿の延長を忘れてはいない。
今度は胸を張って宿を出た。
◇
ギルドへ着くと、すでに荷物が用意されていた。
背負い枠へ、二つの箱と複数の布袋が固定されている。
どれも封が施され、品目を示す札が付けられていた。
「おはようございます」
エルナが、確認用の書類を差し出す。
「出発前に、内容を確認してください。封は開けず、札と個数だけ合わせます」
「分かりました」
完成済みの魔物避けの香。
調合用の樹脂と粉。
交換用の芯材。
乳鉢。
ふるい。
木型。
密封容器の部品。
使用手順と、周辺の目撃情報をまとめた書類。
一つずつ札を読み、書類の数字と照合する。
「すべて合っています」
「村で受領者と同じ確認を行い、こちらの受領書へ印をもらってください。村からの報告書と、空の容器も受け取ります」
「受け取る相手の名前は?」
「村のまとめ役をしている方です。名前はこちらに記載しています。本人が不在の場合、代理の方の名前と理由を記録してください」
「分かりました」
背負い枠を持ち上げる。
重い。
持てないほどではないが、これを背負ったまま素早く動くのは難しそうだった。
聞いていたとおり、18キロ前後。数字で聞くのと、実際に背負うのとではまるで違った。
『長時間の運搬では、定期的な休憩が必要と推測されます』
――カレンさんと相談する。
『承知しました』
「おはようございます」
後ろから声がした。
振り返ると、カレンが立っていた。
赤い長髪は、歩く邪魔にならないよう後ろで低くまとめられている。
服装は昨日と大きく変わらない。
軽い革の防具。
歩きやすそうな靴。
腰には片手剣。
旅に必要な荷物も、必要以上には持っていない。
俺の姿を上から下まで確認する。
「装備、そろえたんですね」
「《鉄鹿装具店》で選んでもらいました」
カレンは杖へ視線を向けた。
「構えてみてもらえますか?」
「ここで?」
「確認だけです」
ヴァルターに教わったとおり、杖を両手で持ち、前へ向ける。
カレンは少し考えてからうなずいた。
「大丈夫だと思います。ただ、私が前へ出たら、杖を振らないでください」
「護衛の邪魔になるから?」
「はい。魔物より先に、私へ当たるかもしれません」
「気をつけます」
エルナが帳簿へ最後の記入を行う。
「これで臨時パーティーの登録は完了です。ツカサさんが配達担当。カレンさんが同行護衛。依頼中の危険判断については、カレンさんの指示を優先してください」
「分かりました」
「はい」
「それでは、お二人ともお気をつけて」
荷物を背負い、杖を持つ。
背中へかかる重さは、昨日までとは違った。
ただ街を歩くのではない。
依頼を受け、荷物を預かり、誰かの護衛を受けて、街の外へ向かう。
「行きましょう。最初はゆっくり歩きます」
カレンが先にギルドの扉を開ける。
「街を出る前に、荷物の紐が緩んでいないか確認します」
「お願いします」
朝の街には、すでに多くの人が行き交っていた。
荷車を引く商人。
店を開ける準備をする人。
桶を抱えて歩く住民。
数日前まで、道も建物も何も分からなかった街。
今では、門までの道なら迷わず歩ける。
街の中では、カレンは俺の少し前を歩いた。
ときどき速度を緩め、こちらの歩き方を確認している。
「重くないですか?」
「重いですが、持てないほどではありません」
「肩や腰に痛みは?」
「今のところは」
「少しでも痛むようなら言ってください。無理に歩いて、村へ着く前に動けなくなる方が困ります」
「分かりました」
街の門へ近づくにつれて、人と荷車の数が増えていく。
アルネスへ入る者と、外へ出る者。
それぞれが列を作り、門番の確認を受けていた。
俺たちも、街を出る側の列へ並ぶ。
「荷物の紐を見ます」
順番を待つ間に、カレンが背負い枠を確認する。
「右側が少し緩んでいます。いったん下ろせますか?」
言われたとおり荷物を下ろす。
カレンが紐を締め直し、背中に当たる位置を少し調整した。
「もう一度、背負ってください」
持ち上げる。
先ほどより、荷物が背中に密着していた。
「重さが少し上に来ました」
「その方が歩きやすいと思います。肩だけで支えず、腰にも分けてください」
言われたとおり、少し腰を落として歩いてみる。
荷物の中身は何も減っていない。
それなのに、背中と荷の間で重さが揺れなくなった分、足が前へ出しやすくなった。肩へ食い込む感覚も薄い。
同じ重さでも、どこで支えるかでこれだけ違うらしい。
「こういうことも、護衛の仕事なんですか?」
「荷物を運ぶ人が歩けなくなれば、依頼を続けられませんから」
戦うだけが護衛ではないらしい。
やがて俺たちの順番が来た。
門の前に立っていた門番が、こちらを見る。
その顔には見覚えがあった。
アルネスへ入るとき、俺の名前と目的を確認し、小刀を見た男だ。
向こうも俺を覚えていたらしい。
俺の顔を見たあと、装備と背中の荷物へ視線を移した。
「お前、この前の旅人か」
「覚えていたんですか?」
「通行証も持たず、一人でやって来る奴は、そう多くない」
言われてみれば、門番から見ても不審な入城者だったのだろう。
門番は俺の長杖と新しい服装を見た。
「数日で、ずいぶん冒険者らしくなったな」
「見た目だけです。戦えません」
「自分で分かっているなら結構だ」
門番の視線がカレンへ移る。
「ギルドの依頼か?」
「はい。ローデ村への配達です」
カレンが依頼票と冒険者証を差し出す。
俺も冒険者証を取り出した。
門番は二人分を確認し、依頼票へ目を通す。
次に、背負い枠へ固定された箱と袋の封印を見た。
「魔物避けの香か」
「完成品と、調合用の材料や道具です」
「封印に問題はないな」
荷物を開けることはせず、ギルドの印が崩れていないことだけを確認する。
「帰りは明日か?」
「その予定です」
「今のところ、ローデ村方面の街道に大きな異常は報告されていない」
門番は依頼票をカレンへ返した。
「だが、何も出ないとは限らん。街道から外れるな」
「分かりました」
カレンが答える。
門番は俺の杖へ目を向けた。
「その杖で魔物を倒そうとは思うなよ」
「訓練官にも、そう言われました」
「覚えているなら結構だ」
門番は槍を持ち直し、それから思い出したように口を開いた。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな」
「え?」
「前に、お前の名前と目的は聞いた。だが、こっちの名前は言っていない」
言われてみれば、そのとおりだった。
この男とは二度顔を合わせているのに、俺は「門番」としか認識していない。
「ロイドだ。だいたい、この門にいる」
「ツカサです。よろしくお願いします」
「覚えなくてもいい。こっちは、もうお前の顔を覚えた」
ロイドはそう言って、槍を動かし、道を空けた。
「通っていい」
カレンが先に門をくぐる。
俺も、そのあとへ続いた。
石造りの門の下を通り抜ける。
数日前。
俺は身分を証明する物もなく、自分が何者なのかも説明できないまま、この門からアルネスへ入った。
今は、冒険者証を持っている。
依頼を受けている。
背中には、届けるべき荷物がある。
門を守る男の名前も、知った。
同じ門なのに、あのときとは少し違って見えた。
門を抜けると、街道が遠くまで続いていた。
道の両側には畑が広がり、その先には低い丘と森が見える。
これまで歩いてきた街の中とは違う景色だった。
『新しい行動範囲への移動を開始します』
ノアの声が響く。
カレンが街道の先を確認してから、こちらを振り返る。
「ここからローデ村まで、休憩を挟んで半日ほどです。無理に急がず行きましょう」
「お願いします」
背負った荷物の位置を確かめ、杖を握り直す。
その先は、まだ知らない。
今日は初めて、仕事として街の外へ出る。
お読みいただき、ありがとうございます。
ツカサ、カレン、リディアの三人は、ローデ村へ向かいます。続きも丁寧に書き進めていきます。
本作はカクヨムにも掲載しています。




