第8話 思ったより、金が残らない
《白鹿商会》での仕事を終えてから、数日が過ぎた。
その間、俺は冒険者ギルドで、街の中で完結する依頼をいくつか受けた。
最初に選んだのは、商店から個人宅へ荷物を届ける仕事だった。
渡された地図と道順を頼りに目的地を探し、届け先の名前を確認してから荷物を渡す。最初の一件は、似たような建物が並ぶ路地で少し迷ったが、近くの店へ道を聞くことで何とかたどり着いた。
次に受けたのは、街の掲示板に貼られた古い告知を回収し、新しいものへ張り替える仕事だった。
掲示板は中央広場だけではない。
門の近く。
市場。
役所の前。
住宅が多い区画。
酒場や宿が集まる通り。
指定された場所を順に回ることで、街の全体像も少しずつ分かってきた。
『現在までに確認した主要な道と施設を整理しますか?』
「宿に戻ってから頼む」
『承知しました』
そのほかにも、店から店への小さな荷運びや、倉庫から出した商品を荷車へ積み込む仕事を受けた。
どれも難しい仕事ではなかった。
ただし、簡単だからといって確認を省くと、すぐに問題が起きる。
届ける荷物の数。
受け取る相手の名前。
積み込む順番。
壊れやすい物と、上に物を載せても構わない物。
依頼主によって、当たり前だと思っていることも少しずつ違った。
分からないことは、その場で確認する。
終わったら、何をどこまで行ったのか報告する。
地球で働いていた頃と、大きく変わらない。
依頼は、どれも問題なく完了した。
ギルドへ戻るたび、エルナは依頼票を確認し、報酬を渡してくれた。
だが、数日働いて分かったこともある。
「思ったより、金が残らないな」
《駆け馬亭》の食堂で夕食を終えたあと、俺は手元の硬貨を数えていた。
宿代と食事代。
昼間の軽い食事。
水筒へ入れる飲み物や、細かな日用品。
街中の依頼を一日受ければ、その日の生活費は払える。
だが、残るのはわずかだった。
『現在の収入を継続した場合、日々の生活を維持することは可能です』
「仕事が毎日あれば、だろ」
『はい』
「体調を崩したり、依頼がなかったりしたら、その日は赤字になる」
『現在の資金で、ただちに生活が困難になる可能性は低いと考えられます』
「でも、減り始めたら早い」
今は、管理者から用意された金がある。
街へ来た時点では、現代の感覚なら35,000円から40,000円ほどあったはずだ。
街へ来てからの稼ぎは、ほとんどが宿代と食費に消えている。
今の生活を続けるだけなら、それでもいい。
だが、服や靴はいつか傷む。
病気や怪我をすれば、薬や治療にも金がかかる。
冒険者として街の外へ出るなら、装備も必要になるだろう。
「少し、受けられる仕事の範囲を広げた方がいいな」
『危険度の上昇が予想されます』
「いきなり魔物の討伐をするつもりはないよ」
剣を握ったこともない人間が、報酬だけを見て危険な依頼へ手を出せば、どうなるかは想像できる。
俺が欲しいのは、一度に大金を稼げる仕事ではない。
今より少し条件がよく、今後につながる仕事だった。
「明日、エルナさんに相談してみる」
『妥当だと判断します』
「あと、宿は先に延長しておく」
『過去の失敗を踏まえた改善として記録します』
「それは記録しなくていい」
近くで食器を片づけていたマルタが、こちらを見る。
「何か言ったかい?」
「いえ。あと3日分、宿をお願いしようかと思って」
「今度は忘れる前に言えたね」
「……はい」
どうやら、こちらの失敗はしっかり覚えられていたらしい。
◇
翌朝。
冒険者ギルドへ入ると、いつもの受付にエルナがいた。
ここ数日、同じ窓口を利用していることもあり、俺の顔を見るとすぐに声をかけてくる。
「おはようございます、ツカサさん。今日はまだ依頼を選ばれていないんですね」
「少し相談してもいいですか?」
「はい。どうぞ」
受付前に立ち、昨日考えたことをそのまま伝える。
「街中の仕事には、少し慣れてきました。できれば、もう少し仕事の幅を広げたいと思っています」
「街の外の依頼をご希望ですか?」
「危険な討伐は、まだ無理だと思っています。ただ、街中の仕事だけだと、生活費でほとんど消えてしまうので」
エルナはすぐには答えず、受付の下から一冊の帳簿を取り出した。
何枚かページをめくり、指で記録を追っていく。
「《白鹿商会》の倉庫整理。街中の配達が3件。掲示物の交換。それから、昨日の荷車への積み込みですね」
「はい」
「いずれも、依頼主からの問題報告はありません。配達先と数量の確認が丁寧で、終了後の報告にも不足なし、と記録されています」
自分の仕事について、目の前で評価を読み上げられるのは、少し落ち着かない。
「悪い評価ではない、ということでいいですか?」
「良好です」
エルナは帳簿を閉じた。
「実は、一件、お願いできないかと考えていた依頼があります」
「どんな仕事ですか?」
「ローデ村への配達です」
聞いたことのない地名だった。
「ローデ村は、アルネスからどのくらいかかりますか?」
「歩いて半日ほどです。朝に出発すれば、昼を過ぎた頃には到着できます」
「その日のうちに戻れますか?」
「荷物の確認と引き渡しがありますので、村で一泊して、翌日に戻る予定です。宿泊場所と食事は、村が用意します」
一泊二日の配達。
街中の仕事から比べれば、かなり行動範囲が広がる。
「配達する物は?」
「魔物避けの香と、その調合に使う材料や道具です」
エルナは別の書類を取り出した。
「完成している香のほか、香を固める樹脂、燃焼を安定させる粉、交換用の芯材。小型の乳鉢やふるい、成形用の木型などが含まれます」
「村では、香を自分たちで作っているんですか?」
「主になる材料は、村の近くで採れます。ただし、すべてを現地でそろえることはできません。ギルドから副材料と道具を送り、使用量や周辺の魔物に関する情報も共有しています」
「普通の商人が運ぶ物ではないんですね」
「調合を誤ると、人や家畜にも害が出る可能性があります。管理されている材料も含まれるため、ギルドを通して運んでいます」
エルナは書類をこちらへ向けた。
品目の横には、個数と確認欄が並んでいる。
ただ荷物を運ぶだけではない。
出発前に内容を確認し、村で受領した相手と照合する。受領書と、村からの報告書を持ち帰る必要もあるらしい。
「荷物の量は、どのくらいですか?」
「成人男性が一人で運べる範囲です。ただ、背負ったまま戦うのは難しいと思います」
「戦う可能性があるんですか?」
「ローデ村までの街道は、頻繁に人が通っています。危険な地域ではありません」
エルナはそこで一度言葉を切った。
「ですが、魔物や野生動物がまったく出ないわけでもありません。戦闘経験のない方を、単独で送り出すことはできません」
「護衛が付く?」
「はい。配達担当と、同行護衛を分けます」
それなら、護衛が荷物まで持てばいいのではないか。
一瞬そう思ったが、すぐに理由へ気づいた。
「護衛が荷物を持っていたら、何か出たときに動けないですね」
「そのとおりです」
エルナがうなずく。
「ツカサさんには、荷物の運搬と管理、村での引き渡しを担当していただきます。護衛には、道中の警戒と危険への対処を任せます」
「依頼が今まで残っていたのは、受ける人がいなかったからですか?」
「普段、この仕事を担当している冒険者が、足を痛めて休んでいます」
依頼そのものに問題があったわけではないらしい。
「ほかの冒険者には、あまり人気がない仕事です。2日間拘束されるわりに、討伐依頼ほど報酬が高くありません。それに、荷物や書類の確認もありますから」
「戦うのが目的の人には、面倒な仕事ということですか」
「はっきり言えば、そうなります」
自分にとっては、むしろ向いているかもしれない。
品目と数量を確認し、相手へ届け、受領書を持ち帰る。
地球でも、似たような作業は何度も経験した。
「報酬はいくらですか?」
「配達担当は銀貨7枚です。そこから、通常どおり1割を差し引きます」
手元に残るのは、銀貨6枚と銅貨3枚。
一泊二日の仕事として考えれば、驚くほど高いわけではない。
だが、村での宿泊と食事は依頼側が負担する。
街中で2日働くよりも、残る金は多い。
「受けたいです」
「分かりました。ただし、その前に確認があります」
エルナは受付の奥へ目を向けた。
「ギルドの依頼として街の外へ出る場合、最低限の能力確認を受けていただきます」
「登録したときに聞きました」
「街を出ること自体に許可が必要なわけではありません。ただ、ギルドが依頼を紹介する以上、無事に戻れる見込みがあるかは確認します」
「具体的には、何をするんですか?」
「体力と、危険時の行動です。戦闘経験も確認します」
「戦闘経験はありません」
エルナは予想していたようにうなずいた。
「では、それも含めて訓練官に判断してもらいましょう」
お読みいただき、ありがとうございます。
街の外の依頼を受けるため、次回は訓練官による能力確認です。
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