第7話 仕事をしたことがある人間の動き
《白鹿商会》は、商店通りの中ほどにあった。
店先に掲げられた看板には、角を伸ばした白い鹿が描かれている。大きな店ではないが、表から見える店内には布や油の壺、袋詰めされた乾物などが並べられていた。
「冒険者ギルドから来ました。ツカサです」
店の者へ依頼票を見せると、奥から40代ほどの男が出てきた。
短く整えた茶色い髪に、値踏みするような鋭い目をしている。
男は依頼票へ目を通した。
「聞いている。ここの主人をしているオルドだ」
「よろしくお願いします」
「さっそく始めてもらう。倉庫は裏だ」
案内された倉庫には、木箱や樽、麻袋が棚ごとに分けて積まれていた。
すでに3人ほどが作業を始めている。
オルドは棚を指しながら、注意事項を説明した。
「棚ごとに品物の種類と数を確認する。帳簿の数字と合わなければ、勝手に書き直さず俺を呼べ。壊れた箱や傷んだ品は、入口横へ分けて置け」
「封がされている箱は、開けてもいいですか?」
「いや。封のあるものは、そのまま数だけ確認しろ」
「置き場所が分からない品物があった場合は?」
「それも勝手に判断するな。俺か、店の者に聞け」
「分かりました。重い荷物は一人で動かさない方がいいですか?」
「当然だ。怪我をされても困る」
ツカサは説明された内容を繰り返し、確認した。
オルドは短くうなずく。
「話は早そうだな。まずは奥の棚から頼む」
作業は、単純に見えて意外と手間がかかった。
同じ形の袋でも、中身が違う。
木箱に書かれた印を確認し、帳簿と数を合わせる。一つ数え間違えれば、後の確認に余計な時間がかかる。
ツカサは隣で作業していた男へ声をかけた。
「この棚は、こちらから数えていいですか?」
「ああ。じゃあ俺は反対側をやる」
「終わったところには、これを置いておきましょう」
棚の端に、小さな木札が置かれている。
それを数え終わった場所へ移すようにすれば、重複して確認する心配が減る。
「なるほど。そいつは分かりやすいな」
別の場所では、若い手伝いが大きな木箱を一人で持ち上げようとしていた。
「それ、2人で持ちましょうか」
「大丈夫だ」
「落としたら、中身の確認からやり直しになるかもしれません」
そう言うと、相手は少し迷ったあとで手を止めた。
「……じゃあ、頼む」
2人で箱を持ち上げ、指定された場所へ運ぶ。
途中、通路に置かれていた麻袋が邪魔になっていることに気づいた。
「この袋、先に壁際へ寄せてもいいですか?」
近くにいた店員へ確認する。
「それは午後に出す荷だ。奥へは入れないでくれ」
「では、通路を塞がないよう、この辺りにまとめます」
「ああ、それで頼む」
ツカサは自分の作業だけに集中せず、周囲と進み具合を確認しながら動いた。
「こちらの棚は終わりました」
「次、どこを手伝えばいいですか?」
「その箱はまだ数えていません」
「この棚の数が帳簿と一つ合いません。一度、確認をお願いできますか?」
一つ一つは、ごく普通の声かけだった。
特別な知識を披露したわけでもない。
だが、作業が重ならず、途中で止まりにくくなる。
オルドは店と倉庫を行き来しながら、ときどきその様子を見ていた。
◇
昼前になると、いったん休憩が告げられた。
倉庫の外に腰を下ろし、店から出された水を飲む。
朝から動き続けていたため、身体にはほどよい疲労がたまっていた。
「ツカサだったな」
オルドが隣へやってきた。
「はい」
「あんた、こういう仕事は初めてじゃないだろう」
ツカサは少し考えてから答えた。
「この街では初めてです。前にいたところでは、品物を扱う仕事を長くやっていました」
「やっぱりな」
オルドが腕を組む。
「筋がいい」
「筋がいい、ですか?」
「動きが特別速いわけじゃない。品物の知識だって、まだほとんどない」
褒められたと思った直後に、しっかり不足も指摘された。
ツカサは苦笑する。
「その通りですね」
「だが、分からないことを勝手に決めない。周りへ声をかけるし、自分だけ先へ進もうともしない。誰かが止まっていたら、全体が動くように手を貸している」
オルドは倉庫の方へ目を向けた。
「仕事をしたことがある人間の動きだ。一緒に働かせる側からすると、そういう奴は助かる」
「ありがとうございます」
異世界へ来てから、初めて仕事について評価された。
できて当然だと思っていたことばかりだった。
声をかける。確認する。分からないことは、分からないままにしない。
18年、当たり前のように続けてきたことが、この世界でも無駄にはなっていなかったらしい。
『オルドから、ツカサの協調性および確認能力が評価されました』
「今はまとめなくていい」
『記録は必要です』
「相変わらずだな」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
危ない。
ノアとの会話は、頭の中だけで済ませる癖をつけた方がよさそうだ。
話題を変えるため、ツカサは店の方を見た。
「《白鹿商会》では、いろいろな品物を扱っているんですね」
「うちは、アルネスの店や宿に日用品を卸すのが中心だ。近くの村から仕入れる物もあれば、他の街から運ばせる物もある」
「商会を始めるには、何か特別な許可が必要なんですか?」
「商売をするなら、商業ギルドへの登録が必要だ」
「商業ギルド?」
「ああ。知らないのか」
「昨日、この街へ来たばかりなので」
オルドはわずかに目を見開いた。
「昨日来て、今日はもう働いてるのか」
「お金は必要ですから」
「ずいぶん気が早いな」
呆れたように言いながらも、悪い印象ではなさそうだった。
「アルネスの商業ギルドは、役所の中に窓口がある。商人や商会の登録、露店の許可、取引上の揉め事なんかを扱っている」
「冒険者ギルドとは別なんですね」
「役目が違う。自分で品物を仕入れて売るつもりなら、いずれ関わることになる。雇われて働くだけなら、今すぐ登録する必要はないがな」
「なるほど」
冒険者ギルドだけが、仕事を管理する組織ではない。
この街で生活していくなら、役所や商業ギルドについても知る必要がありそうだ。
『新規情報として、商業ギルドの存在を記録しました』
「あとで整理してくれ」
『承知しました』
休憩が終わると、午後の作業が始まった。
午前中に役割や進め方が共有できていたこともあり、作業はさらに順調に進んだ。
帳簿と数が合わない品が2種類見つかったが、どちらも勝手に処理せず、オルドへ報告した。
一つは前日に店へ出した分が記入されていなかったもの。
もう一つは、別の棚へ誤って置かれていたものだった。
夕方前には、予定されていた確認作業がすべて終わった。
「これで依頼は完了だ」
オルドが依頼票へ完了を示す印を押す。
「今日は助かった。また人手が必要になったら、ギルドへ依頼を出す」
「そのときは、またお願いします」
「次に来るまでには、品物の印くらい覚えておけ」
「努力します」
少し厳しい言い方だったが、また来てもいいという意味なのだろう。
ツカサは完了済みの依頼票を受け取り、《白鹿商会》をあとにした。
◇
冒険者ギルドへ戻り、エルナへ依頼票を渡す。
彼女はオルドの印を確認すると、報酬から規定の1割を差し引いた金額を用意した。
「依頼完了です。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
「依頼主からの評価も記録されます。今回は特に問題なく、丁寧に作業していたとのことです」
「もう連絡が来ているんですか?」
「商店からの依頼は継続することも多いので、簡単な報告を受けるようにしています」
受け取った硬貨は、決して大金ではない。それでも、自分で選び、自分で働いて得た、この世界で最初の収入だった。
硬貨を袋へ収める。
「……仕事をしたんだな」
『はい。ツカサは異世界における最初の労働と、報酬の獲得を完了しました』
「言い方が硬いんだよ」
『事実を正確に表現しました』
だが、その硬い言葉も、今日は少し心地よく聞こえた。
◇
《駆け馬亭》へ戻るころには、空が夕方の色へ変わり始めていた。
扉を開けると、食堂からマルタの声がする。
「おかえり、ツカサ!」
「ただいま戻りました」
「初仕事はどうだった?」
「無事に終わりました」
「そりゃよかった。まず座りな。今、夕飯を――」
「あっ」
マルタとは違う声が聞こえた。
食堂の奥にいた女性が、こちらを見ている。
昨日、街の入口近くで《駆け馬亭》への道を教えてくれた女性だった。
「あのときの」
ツカサが言うと、彼女は明るく笑った。
「ちゃんと宿に着けたんですね」
「おかげさまで。ありがとうございました」
「いえいえ。ここならマルタさんもいるし、食事もおいしいでしょう?」
「ああ。それは間違いないです」
「ちょっと、あたしより先にベルクの料理を褒めるのかい?」
マルタが口を挟む。
「宿を勧めたのは私ですから」
「そうだったのかい?」
「昨日、道を聞かれたんです」
女性はそう答えてから、何かに気づいたようにツカサを見た。
「そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね」
彼女は胸元へ軽く手を添えた。
「私はリディアです」
「ツカサです」
「ツカサさんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「それで、今日はどこへ行ってたんですか?」
「冒険者ギルドの依頼で、《白鹿商会》の倉庫整理をしてきました」
リディアは目を丸くした。
「昨日この街に来たばかりなのに、もう仕事をしたんですか?」
「宿代も食費も必要なので」
「真面目というか、行動が早いというか……」
「この人、朝から同じことを言ってたよ」
マルタが笑う。
リディアは首を少し傾げてから、ツカサへ尋ねた。
「宿は、今日の分も取ってあるんですか?」
「今日の分?」
「昨日、1泊分だけ払ったんじゃないですか?」
言われて、ツカサは動きを止めた。
確かに、昨日支払ったのは1泊分だった。
「……忘れてました」
「やっぱり」
リディアは困ったように笑った。
「この時期は旅人が増えることもありますから、続けて泊まるなら早めにマルタさんへ言っておいた方がいいですよ」
「部屋なら、まだ空いてるよ」
マルタが腰へ手を当てる。
「仕事を探すのもいいけど、今夜寝る場所を忘れちゃいけないね」
「すみません。もう1泊お願いします」
「あいよ」
手続きをするマルタの横で、リディアが小さく笑っている。
「助かりました」
「昨日に続いて、ですね」
確かにそうだった。
昨日は宿への道を教えられ、今日は宿の延長を忘れていることに気づかされた。
「どうやら、俺はリディアさんに助けられてばかりみたいですね」
「そんな大げさなことはしてませんよ」
そう言いながらも、リディアはどこか楽しそうだった。
道を教えてくれただけの親切な人。
昨日はそう思っていた。
だが、どうやら元々、他人のことを放っておけない性格らしい。
「リディアは昔から世話を焼きたがるからねえ」
「マルタさん」
「いいじゃないか。本当のことだろ?」
リディアは不満そうな顔をしたが、本気で怒っているわけではなさそうだった。
ツカサはそのやり取りを眺めながら、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
異世界での最初の仕事を終えた。
わずかだが、金も稼いだ。
この街で知っている名前も、また一つ増えた。
『本日の成果を整理しますか?』
ノアの声が響く。
ツカサは食堂の席へ腰を下ろしながら、心の中で答えた。
――それは、夕食を食べてからでいい。
『承知しました』
厨房から、今日も食欲をそそる匂いが漂ってきた。
お読みいただき、ありがとうございます。
異世界で最初の仕事を終え、ツカサは少しずつ街での実績を重ねていきます。
本作はカクヨムにも掲載しています。




