第5話 真面目な子だな
冒険者ギルドと書かれた建物の扉を開ける。
中へ入って最初に目についたのは、酒場だった。
いくつものテーブルと椅子が並び、その奥には酒や料理を出すためのカウンターがある。
ギルドの受付は、酒場と同じ広い部屋の反対側に設けられていた。
まだ昼過ぎだからだろう。
酒場にいる人の数は少なく、受付の前にもほとんど人が並んでいない。
何人かいる受付係も、書類を整理したり、隣同士で話したりしているだけだった。
俺は空いている窓口へ近づいた。
「すみません。身分証明になるものを持っていないんですが、ここで作れますか?」
受付にいた女性が顔を上げる。
「冒険者登録をご希望ですか?」
「登録すれば、身分証として使えるものをもらえると聞いたんですが」
「はい。受付担当のエルナです。登録後に発行されるギルドカードは、身分証明として利用できます。ただし、街の住民登録とは別になります」
受付の女性は、慣れた様子で説明を続けた。
この街へ定住し、正式な住民として暮らす場合は、役所で別の手続きが必要になるらしい。
冒険者ギルドへの登録は、あくまで冒険者として仕事を受けるためのものだ。
「冒険者として受け取った報酬については、ギルドがまとめて処理します」
「まとめて?」
「ギルドを通して受けた依頼の報酬から、1割を差し引きます。その中に、依頼の仲介料、ギルドの運営費、街へ納める税が含まれています」
会社が給料から税金を差し引き、代わりに納めてくれるようなものか。
自分で税額を計算して役所へ持っていく必要がないのなら、制度を知らない俺にはありがたい。
「ランクが上がって報酬が増えても、1割ですか?」
「はい。割合は変わりません。ただし、上位の冒険者には、依頼の調査や遠征準備、物資の手配、緊急時の救援など、ギルドから提供する支援も増えます」
高額な報酬を得る冒険者ほど、差し引かれる金額も大きくなる。
その代わり、必要になる支援の規模も大きくなるらしい。
「上位の方々が納めてくださるお金があるからこそ、新人の方にも設備や情報を提供できます」
なるほど。
上位冒険者が尊敬されるのは、強くて稼いでいるからだけではないのかもしれない。
彼らがギルドを支えることで、これから始める人間も仕事を紹介してもらえる。
よくできた仕組みだった。
「登録したら、すぐに外の仕事も受けられるんですか?」
「いいえ。登録直後に受けられるのは、原則として街の中で完結する、戦闘のない依頼だけです」
荷運び、配達、清掃、店の手伝い。
そういった仕事から始めることになるという。
「採取みたいに、街の外へ出る依頼は?」
「野外活動に必要な、最低限の能力確認を受けていただきます。合格するまでは、ギルドから野外依頼を紹介することはできません」
「街の外へ出ること自体が禁止されるわけではない?」
「それは個人の自由です。ただ、ギルドの仕事として送り出す以上、何も確認しないわけにはいきませんので」
確かに、依頼を紹介した新人が、街を出た直後に死んだのでは困るだろう。
戦えるかどうかだけではない。
危険を避けられるか。道に迷わないか。問題が起きたときに撤退できるか。
そういったことも確認されるらしい。
「分かりました。登録をお願いします」
差し出された用紙へ、必要な内容を書き込んでいく。
名前の欄には、ツカサと記入した。
書類を確認した受付の女性が、小さくうなずく。
「それでは、ギルドカードを発行します。少し時間がかかりますので、こちらでお待ちください」
俺は併設された酒場へ移動し、水を1杯頼んだ。
酒を飲めないわけではない。
ただ、知らない街へ来た初日に酔うのは、さすがに避けたかった。
空いている席へ座り、周囲を眺める。
壁際には、依頼らしい紙がいくつも貼られている。
読みに行こうかと考えていると、ギルドの扉が勢いよく開いた。
一人の若い女性が入ってくる。
背中まで伸びた赤い髪が、足早に歩くたびに大きく揺れていた。
この街では珍しい髪色なのかは分からないが、自然と目を引く。
急いできたのだろう。
少し息を切らしていたが、その表情は真剣だった。
彼女は酒場には目も向けず、そのまま受付へ歩いていく。
「すみません。今日受けた依頼について、報告があります」
先ほど俺を担当した受付とは別の女性が、彼女に対応する。
声を荒らげているわけではない。
だが、静かな室内では、そのやり取りがこちらまで聞こえてきた。
「依頼書には、目的地まで北側の道を使えると書かれていました。でも、途中で斜面が崩れていて、今は通れません」
「完全に塞がっていましたか?」
「はい。私たちは迂回路を使えば続けられます。ただ、あの道は足場が悪いです。経験の浅い人や、荷物を多く持った人が向かうと危険だと思います」
受付の女性が、手元の書類へ視線を落とす。
「依頼は中止しますか?」
「いえ。私たちのパーティーは、明日もう一度向かいます。仲間は今、必要な物の補充に回っています」
「では、依頼を終えてからの報告でもよかったのでは?」
若い女性は、迷わず首を横に振った。
「その間に、別の人が同じ情報を見て向かうかもしれませんから」
受付の女性は少し考え、近くにいた職員を呼んだ。
依頼の新規受付を一時的に止め、道の状況を確認する人員を出すことになったらしい。
若い女性は、それを聞いてようやく表情を緩めた。
「ありがとうございます。それでは、私は仲間のところへ戻ります」
軽く頭を下げ、すぐにギルドを出ていく。
自分たちなら依頼を続けられる。
それでも、同じ情報を信じた誰かが危険な目に遭うかもしれないから、先に知らせに来た。
言っていることも、行動も、間違ってはいない。
それでも、疲れているように見えたのに、報告を終えるとろくに休みもせず出ていった。
「真面目な子だな」
誰に聞かせるでもなく、つぶやく。
ああいう人間は、誰かがやるべきことを、自分がやらなければならないことに変えてしまう。
少し危なっかしい。
そんなことを考えていると、受付から名前を呼ばれた。
「ツカサさん。ギルドカードができました」
席を立ち、受付へ戻る。
差し出されたカードには、俺の名前と、登録したばかりであることを示す最低ランクが記されていた。
「こちらが身分証明になります。紛失しないようにしてください」
「ありがとうございます」
カードを受け取り、改めて自分の名前を見る。
これで、この世界に来てからずっと気になっていた問題が一つ片づいた。
俺はギルドカードを革袋とは別の場所へしまい、少し浮き立った気分で建物を出た。
外は、すでに薄暗くなっていた。
空には、まだわずかに明るさが残っている。
完全な闇ではなく、建物や通りのあちこちには灯りがともり始めていた。
宿へ戻ろうと、中央広場へ向かう。
広場では、昼間に見た露店の多くが、まだ商売を続けていた。
夕方になったからか、人の数は昼よりも増えている。
肉の焼ける匂いに、香草の匂い。
甘い焼き菓子のような香りも漂ってくる。
昼食はしっかり食べた。
腹が減っているわけではない。
それでも、ギルドカードを手に入れたことで気が大きくなっていたのかもしれない。
気づけば、肉の串焼きを売っている露店の前で足を止めていた。
「1本いくらですか?」
「銅貨1枚と小銅貨5枚だよ」
また、知らない硬貨が出てきた。
俺は少し迷った末、銅貨を2枚差し出す。
店主は串焼きと一緒に、銅貨より小さな硬貨を5枚返してきた。
「これは、小銅貨ですか?」
「ああ。10枚で銅貨1枚だ」
「なるほど」
受け取った硬貨を手のひらへ並べる。
銅貨1枚と小銅貨5枚。
俺の暫定的な換算なら、150円ほどになる。
串焼き1本の値段として考えれば、それほど外れてはいないように思えた。
「記録しておいてくれ。小銅貨10枚で銅貨1枚。小銅貨1枚は、今のところ10円くらいと考える」
『暫定的な換算情報として記録しました』
串焼きへかじりつく。
表面は香ばしく、中には肉汁が残っていた。
宿の料理とは違う、濃いめの味付けだ。
「うまいな」
そのまま広場を歩き、別の露店で小さな焼き菓子も買った。
こちらは小銅貨8枚。
宿泊料金と、2つの露店の値段。
確認できた数はまだ少ないが、最初に考えた金銭感覚から大きく外れてはいないようだった。
「金貨1枚が10,000円。銀貨1枚が1,000円。銅貨1枚が100円。小銅貨1枚が10円。今のところは、これでいけそうだな」
『4種類すべて、暫定的な換算基準として記録されています』
「よし」
身分証を手に入れた。
宿もある。
金の使い方も、少しずつ分かってきた。
まだ、この世界で何をして生きていくのかは決まっていない。
それでも、暮らしていくための足場くらいは作れた気がした。
俺は残った焼き菓子を口へ入れ、馬の看板がある宿へ向かって歩き出した。
この世界で生きるための最初の1日が、ようやく終わろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、ツカサは頭の中の相棒へ名前を付け、異世界で初めての仕事に挑みます。
本作はカクヨムにも掲載しています。




