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異世界で、まずは仕事から。  作者: こやーん


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第4話 異世界初日、まずは宿を探す

門をくぐると、その先には、中世ヨーロッパという使い古された表現がそのまま当てはまりそうな街並みが広がっていた。


道の両側には、石や木で造られた建物が並んでいる。


足元はきちんと石畳で舗装されており、歩きにくさはない。


もっと糞尿の臭いが漂っていたり、道の端にごみが積まれていたりするものを想像していたが、見渡した範囲では、そのようなものも見当たらなかった。


意外と清潔だ。


これなら、ここで何とかやっていけるかもしれない。


初めて目にする街並みに、少しだけ気持ちが浮き立つ。


俺は周囲を眺めながら、石畳の道を歩き始めた。


「さて、何から始めよう」


『判断に必要な情報が不足しています』


予想どおりの答えが返ってきた。


「そうだよな。お前に聞いても、いきなり答えられるわけないか」


思わず苦笑する。


こいつは、この街のことを知らない。


俺が何に困っているのかも、こちらから伝えなければ分からない。


「じゃあ、現状を整理しよう。今の俺が困っていることは何だと思う?」


『現在までに入力された情報だけでは、すべてを特定できません』


「だったら、思いつくものを挙げていく」


俺は歩きながら、頭に浮かんだことを、とりとめもなく口にした。


「まず、身分証明になるものを持っていない。街には入れたけど、これから必要になるかもしれない」


『記録しました』


「腹も減った。金はある。でも、この硬貨がどれくらいの価値なのかも、通貨の単位も分からない」


『記録しました』


「それから、今日泊まる場所も必要だな」


少し考えてから足を止める。


門番は、宿が決まったら宿帳へ名前を書くように言っていた。


少なくとも、旅人が泊まれる場所はこの街にあるらしい。


『現在確認されている課題は、身分証明の有無、食事の確保、所持金の価値の確認、宿泊場所の確保です』


「そうなるよな」


並べてもらうと、最初に何をするべきかが少し見えた。


「まずは宿に入って、飯でも食うか。そこで、この金が使えるかも分かる。身分証がなくても泊まれるのか、そのときに確認すればいい」


『複数の課題を同時に確認できる選択です』


「よし。まずは宿だな」


問題は、その宿がどこにあるのかだった。


それらしい看板がないかと、きょろきょろ辺りを見回しながら歩く。


傍から見れば、完全におのぼりさんだろう。


通りに掲げられた看板の文字は読めた。


宿を示す名前も、いくつか見つけることができる。


ただ、どの宿が旅人向けで、今の俺でも泊まれる場所なのかまでは分からない。


料金も分からなければ、身分証を持っていなくても泊めてもらえるのかも分からないのだ。


適当な宿に飛び込むより、誰かに聞いた方が早いか。


そう考えながら通りを見渡していると、向こうから一人の女性が歩いてきた。


年齢は、今の俺とそれほど変わらないように見える。


誰もが振り返るような、特別目を引く美人というわけではない。


けれど、なぜか少しだけ気になった。


こちらが見すぎていたのだろうか。


ふと目が合った。


彼女は嫌そうに視線をそらすこともなく、にっこりと笑いかけてきた。


話しかけるなら、今しかない。


「すみません。少し聞いてもいいですか」


「はい。どうしました?」


「この辺りで、旅人が泊まりやすい宿を探しているんですが」


彼女は少し考えてから、通りの先を指さした。


「この道をまっすぐ進むと、2つ目の角にパン屋があります。そこを右に曲がって、少し歩いたところに宿がありますよ」


「2つ目の角を右ですね」


「はい。入口に馬の絵が描かれた看板が出ています。旅人もよく泊まっていますから、たぶん大丈夫だと思います」


宿の名前だけを教えられるより、ずっと分かりやすい。


「助かりました。ありがとうございます」


「いえ。お気をつけて」


彼女はもう一度笑うと、俺の横を通り過ぎていった。


俺も教えられた方向へ歩き始める。


少し進んだところで、何となく振り返った。


彼女の姿は、行き交う人々の中に紛れかけていた。


どうして振り返ったのか、自分でもよく分からない。


「……まずは宿だな」


気を取り直し、俺は前を向いた。


     ◇


教えられたとおりに道を進むと、馬の絵が描かれた看板が見つかった。


看板の下には、《駆け馬亭》と書かれている。


ここで間違いないらしい。


扉を開けると、正面に受付らしいカウンターがあり、その奥から恰幅のいい女性が顔を出した。


「いらっしゃい。泊まりかい?」


よく通る、明るい声だった。


「はい。1人なんですが、部屋は空いていますか?」


「空いてるよ。何泊するんだい?」


何日滞在することになるのかは、まだ分からない。


「とりあえず、1泊お願いします」


「素泊まりなら銀貨1枚。食事も付けるなら、銅貨5枚追加だよ」


銀貨と銅貨。


初めて聞いた通貨の単位を、頭の中で繰り返す。


「身分証明になるものを持っていないんですが、それでも泊まれますか?」


「ああ、構わないよ。門を通ってきたんだろう?」


「はい」


「だったら、そこに名前を書いておくれ。あたしはマルタ。何かあったら声をかけておくれ」


差し出された宿帳に、ツカサと記入する。


少なくとも、名前を書くことには困らなかった。


「食事はどうする?」


厨房の方から、何かを煮込んでいるらしい匂いが漂ってくる。


山を下りてから、まともな食事はしていない。


「食事付きでお願いします」


「今から食べるなら、すぐに用意できるよ。明日の朝の分も込みだ」


「それでお願いします」


俺は背負い袋から革袋を取り出した。


中身を改めて確認すると、金色、銀色、銅色の硬貨が混ざっている。


山の中で見たときは、金色の硬貨ばかりが目についていたらしい。


金色の硬貨を1枚つまみ、カウンターへ置こうとする。


すると、女将さんが目を丸くした。


「ちょっと待ちな。うちは、そんな高級宿じゃないよ」


「え?」


「それは金貨だよ。銀貨1枚と銅貨5枚って言っただろう?」


「ああ、すみません。間違えました」


慌てて金貨を戻し、銀色の硬貨1枚と、銅色の硬貨を5枚取り出す。


女将さんは枚数を確認すると、満足そうにうなずいた。


「はい、ちょうど。部屋は2階の奥だよ。食事ができたら呼ぶからね」


「ありがとうございます」


鍵を受け取り、教えられた部屋へ向かう。


部屋には、ベッドと小さな机、荷物を置くための棚があった。


豪華ではないが、きちんと掃除されている。


俺は背負い袋を下ろし、革袋の中身をベッドの上へ並べた。


金貨、銀貨、銅貨。


それぞれの価値は、まだ分からない。


「今分かっている範囲で、金の価値を整理しておこう」


『記録する内容を入力してください』


「食事付きの宿泊が、銀貨1枚と銅貨5枚。俺の感覚では、だいたい1,500円くらいだと思う」


もちろん、日本の宿泊料金と単純に比べることはできない。


部屋の広さも設備も違うし、この街の物価もまだ何も分かっていない。


それでも、今後買い物をするためには、何らかの基準が必要だった。


「ひとまず、銀貨1枚を1,000円、銅貨1枚を100円くらいとして考える。金貨は……10,000円くらいか」


女将さんが、金貨を見て「そんな高級宿じゃない」と言った。


それだけで正確な価値までは分からないが、銀貨より一段大きな金額であることは間違いない。


『確認します。銅貨1枚を約100円、銀貨1枚を約1,000円、金貨1枚を約10,000円として、暫定的な換算基準を設定しますか』


「ああ。ただし、まだ推測だ。買い物をするたびに修正していこう」


『暫定情報として記録しました』


日本で財布に入れていた現金は、たしか35,000円から40,000円ほどだったと思う。


最近はキャッシュレスで支払うことが増え、正確な残額までは把握していなかった。


この硬貨も、その金額を基準に用意されたのだろうか。


今のところ、確かめる方法はない。


硬貨を革袋へ戻していると、扉が勢いよく叩かれた。


「食事ができたよ!」


女将さんの声が、扉越しにもはっきりと聞こえる。


「今行きます」


思ったより早かった。


階下へ下りると、食堂の一角に料理が用意されていた。


少し硬めのパンに、柔らかく煮込まれた肉。


付け合わせには、葉野菜を中心にした簡単なサラダと、塩漬けにされた野菜が添えられている。


どれも、見たことのない奇妙な料理ではない。


豪華ではないが、きちんと手をかけて作られた食事だった。


俺は席に着き、まず肉を口へ運んだ。


柔らかい。


噛むと、肉のうまみと一緒に、ほどよい塩気が広がった。


パンは少し硬かったが、煮汁に浸すと食べやすくなる。


「うまい……」


思わず声が漏れた。


山を下り、知らない街へ入り、泊まる場所を探した。


自分ではそれほど疲れていないつもりだったが、温かいものが腹に入ると、身体から力が抜けていくのが分かった。


派手な味ではない。


それでも、温かくて、腹に染みた。


「口に合ったかい?」


女将さんが、少し離れたところから声をかけてきた。


「はい。すごくおいしいです」


「そりゃよかった。作ったのは、うちの亭主のベルクだけどね」


女将さんが厨房の方を向く。


奥には、黙々と鍋を片づけている男の姿があった。


俺が軽く頭を下げると、男はこちらを一度見て、小さくうなずいた。


それだけだった。


寡黙な人らしい。


食事を終えて宿の外へ出ると、日はまだ高い位置に残っていた。


正確な時刻は分からないが、空の明るさから考えて、まだ夕方にはなっていない。


午後の半ばを少し過ぎたくらいだろうか。


部屋も確保した。食事も済ませた。


今日のうちに、もう少し街を見ておく時間はありそうだった。


「少し歩いてみるか」


道に迷わない範囲で街を見て回り、できれば中央広場の場所も確認しておきたい。


俺は宿の場所を忘れないよう、周囲の建物を見直してから、石畳の通りへ歩き出した。


     ◇


中央広場は、すぐに見つかった。


大きな通りをまっすぐ進んだ先が、そのまま広場へとつながっていたからだ。


広場の中央には噴水があり、その周囲にはいくつもの店が並んでいる。


建物の中にある店ではなく、簡単な屋根や台を組み立てて商品を並べた露店だった。


野菜や果物、日用品らしい品物のほか、その場で食べられるものを売っている店もある。


どこかから、肉を焼くようなうまそうな匂いが漂ってきた。


さっき食事を済ませたばかりだというのに、少し気になってしまう。


「簡単な買い物なら、ここで済ませられそうだな」


商品の値段を見て回れば、先ほど決めた硬貨の換算がどの程度正しいのかも確認できるかもしれない。


それは後でいい。


まずは、今後の生活に必要な情報を集めるべきだろう。


広場の一角には、大きな掲示板が立っていた。


近づいてみると、住民への知らせらしい紙と一緒に、この街の地図が載っている。


宿の位置を探してみると、今歩いてきた道と、それらしい場所を見つけることができた。


これなら、迷っても帰ることはできそうだ。


地図には、店や公共施設らしい場所の名前もいくつか記されている。


役所。


商業関係の窓口。


そして、冒険者ギルド。


「冒険者ギルドがあるのか」


異世界へ来たのなら、一度くらいは覗いてみたい場所だった。


それに、冒険者として登録すれば、身分証明になるものを作れるかもしれない。


冒険者になるつもりが決まったわけではない。


だが、確認するだけなら損はない。


地図で場所と道順を確認する。


現在地から、それほど遠くはないようだった。


少し浮き立つ気持ちを抑えながら、俺は冒険者ギルドへ向かった。


お読みいただき、ありがとうございます。


宿と食事を確保したツカサは、街の中央広場へ向かいます。


次回は、異世界での身分証を手に入れるため、冒険者ギルドを訪れます。


本作はカクヨムにも掲載しています。


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