↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で、まずは仕事から。  作者: こやーん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/35

第34話「倒すつもりじゃなかった」

 逃げ道がないわけじゃない。


 左へ曲がれば、俺一人なら逃げられる。


 リディアも走れる。


 でも。


 その先に魔物を連れていくことになる。


 診療所の入口では、怪我人を中へ戻そうとしている。


 時間がいる。


 ほんの少し。


「リディア」


「はい」


「診療所の人を中へ」


「ツカサさんは?」


「あとから行きます」


「それ、信用していいやつですか?」


「俺もそうしたいです」


 声が少し上ずった。


 格好をつけられるほど余裕はない。


 リディアは一瞬だけ俺を見る。


「分かりました」


 診療所へ走る。


 俺は杖を両手で持つ。


 魔物を見る。


 勝つ必要はない。


 前へ出る必要もない。


 相手との間に杖を置く。


 来る。


 速い。


 身体が逃げようとする。


 足が勝手に後ろへ行きたがる。


 それでいい。


 一歩下がる。


 杖へ衝撃。


 腕が痺れる。


 押さない。


 横へずらす。


 魔物の身体が少し流れた。


 下がる。


「中へ!」


 背後でリディアの声。


 まだ。


 あと少し。


 魔物がもう一度来る。


 今度は杖の横を抜けようとする。


「っ!」


 慌てて戻しそうになる。


 違う。


 下がる。


 魔物が勢いのまま前へ出る。


 道の端。


 荷車を寄せたことで、通路が少し狭くなっている。


 魔物が身体をひねった。


 柵へぶつかる。


 鈍い音。


 動きが止まった。


 今だ。


 逃げる。


 そう思った。


「ツカサさん!」


 リディアの声。


 見る。


 診療所の扉がまだ閉じていない。


 怪我人の足が引っかかっている。


 魔物が立つ。


 また、そっちを見る。


 胸の奥が縮む。


「……こっちだ」


 声が震えた。


 杖で地面を叩く。


 魔物の顔がこちらへ向く。


 成功した。


 嬉しくない。


 むしろ、こっちを見たことが怖い。


 来る。


 杖を前へ。


 一度。


 ぶつかる。


 下がる。


 また来る。


 もう一度。


 今度は杖の先が魔物の顔へ当たった。


 鳴き声。


 俺も驚く。


 魔物がよろける。


 逃げろ。


 頭ではそう言っている。


 でも、魔物はまた立つ。


 診療所を見る。


 まだ扉が閉じていない。


 俺は杖を握る。


「来るな」


 通じるはずがない。


 魔物が走る。


 横へずれる。


 杖を出す。


 勢いを変える。


 魔物がまた柵へぶつかった。


 今度は倒れる。


 起き上がろうとする。


 今なら逃げられる。


 そう思ったのに。


 魔物の足が動いた。


 また立つ。


 また診療所へ向かうかもしれない。


 気づいたときには、杖を振り下ろしていた。


 一度。


 魔物が鳴く。


 二度。


 まだ動く。


 三度。


 止めたら、また立つ。


 それが怖かった。


「ツカサさん!」


 声が聞こえる。


 それでも手を止められなかった。


「もう大丈夫です!」


 リディアの声だった。


 杖を上げたまま止まる。


 魔物は動いていない。


 息ができない。


 いや。


 している。


 速すぎて、自分で分からないだけだ。


 肩。


 腕。


 手。


 全部震えていた。


 魔物は動かない。


 でも、それが何を意味するのか、俺には分からなかった。


「離れてください」


 リディアが言う。


「でも」


「確認できる人を呼びます」


 その言葉で、ようやく杖を下ろした。


     ◇


 狩りに慣れているという村の男が、倒れた魔物を確認した。


「死んでる」


 その一言を聞いても、達成感はなかった。


 ただ、力が抜けた。


 膝まで一緒に緩みそうになる。


「ツカサさん」


 リディアが腕をつかむ。


 思っていたより、ずっと強い力だった。


「怪我は?」


「ないと思います」


「思います?」


「今、よく分からないです」


「じゃあ診療所」


「怪我人じゃないですよ」


「確認してもらいます」


「はい」


 反論する気力もなかった。


     ◇


 診療所で腕や肩を見てもらった。


 大きな怪我はない。


 手の皮が少し擦れているだけだった。


 それを聞いて、ようやく少し息が落ち着いた。


 外ではまだ騒ぎが続いている。


 だが、少しずつ静かになってきていた。


 しばらくして。


「ツカサさん」


 聞き慣れた声がした。


 カレンが入口に立っている。


 その後ろにハンスもいた。


「戻ったんですね」


「はい」


「森は?」


「今日、痕跡を追って確認した大型の魔物は、森の奥へ追い戻しました」


 カレンが答えた。


「倒してはいない?」


「今回は追跡を止めました。村から十分離れたところまで移動したので、あとはギルドへ報告して対応を決めます」


「小さい魔物は?」


「動きは減ってる」


 ハンスが答える。


「ただ、これで収まったと決めるには早い。しばらく警戒は必要だ」


「分かりました」


 カレンが俺の手を見る。


「それで」


「はい?」


「一匹倒したと聞きました」


「……誰からですか?」


「村に入って最初に聞きました」


 早い。


「倒すつもりはなかったんです」


「そうですか」


「時間を作ろうとして」


「はい」


「逃げようともしたんですけど」


「はい」


「診療所に人がいて」


「はい」


 カレンが全部聞く。


 最後まで。


「それで、倒しました」


「分かりました」


「もっと何かないんですか?」


「何を言えばいいですか?」


「いや……」


 自分でも分からない。


 すごい、と言われたいわけじゃない。


 よくやった、と言われたいわけでもない。


 でも何か。


 何か言ってほしかったらしい。


 ハンスが横から口を挟む。


「生きてるならいい」


「またそれですか」


「他に何がある」


「……そうですね」


 俺は手を見る。


 まだ少し震えている。


 魔物を倒した。


 初めて。


 なのに、できることが増えたような気はしなかった。


 むしろ、もう一度やれと言われても困る。


『ツカサ』


 ノアが呼んだ。


 ――何?


『記録しますか?』


 少し考える。


 今日のこと。


 魔物の動き。


 村の対応。


 荷車。


 診療所。


 カレンたちの調査。


 記録することはいくらでもある。


 ――する。


『分類基準を指定してください』


 俺は少しだけ笑った。


 こんなときでも、ノアはノアだ。


 ――あとで決める。今は全部残して。


『承知しました』


 診療所の外から、人の声が聞こえる。


 誰かが荷車を戻せと言っている。


 家畜の数を確認している声。


 壊れた柵をどうするか相談する声。


 俺は椅子から立ち上がった。


「どこへ行くんです?」


 リディアが聞く。


「何か手伝えることがあるかと思って」


「診療所から出ていいって言われました?」


「まだです」


「座っててください」


 その夜は、診療所の空いている寝台を借りて休むことになった。


「はい」


 すぐ座った。


 リディアが笑う。


 その顔を見て、ようやく少しだけ気が抜けた。


 カレンも口元を緩める。


 ハンスは笑わなかった。


「それでいい」


 そう言った。


 今日はもう、それでいい気がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回は、第35話「帰る場所」です。

本作はカクヨムにも掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。