第31話「もう一度、ローデ村へ」
ほとんど眠れないまま、朝になった。
夜の間、大きな被害はなかった。
村の外で何かを見たという声は何度か上がったものの、人も家畜も無事だった。
明るくなった。
それだけで、少しだけ息がしやすい。
「眠れました?」
朝食を食べながらリディアに聞く。
「少しだけ。ツカサさんは?」
「たぶん同じくらいです」
「じゃあ、二人とも使い物にはなりそうですね」
「ギリギリですけどね」
そんな話をしていると、村の入口が騒がしくなった。
「冒険者が来たぞ!」
俺とリディアは顔を見合わせ、ほとんど同時に立ち上がった。
◇
村の入口から、数人の冒険者が入ってくる。
その中に見覚えのある赤い髪を見つけた瞬間、肩の力が抜けた。
「カレンさん」
細い縁の眼鏡。
見慣れた軽装防具。
カレンもこちらに気づいた。
「ツカサさん」
「来てくれたんですね」
「ローデ村へ行ったことがある人を、という話でしたので」
「エルナさんから?」
「はい。昨日のうちにアルネスを出て、途中で夜を越しました。先に動ける人だけで来ています」
「追加の人員も?」
「準備が整い次第、後から向かう予定です」
昨日から、分からないことばかりが続いていた。
知っている顔が一人増えただけなのに、思っていた以上に安心する。
カレンの視線が隣へ移った。
「あ、紹介します。リディアさんです。今回、一緒に村へ来ました」
「リディアです。はじめまして」
「カレンです。よろしくお願いします」
短い挨拶を交わす。
「ハンスさんは?」
カレンが聞いた。
「村長のところにいます。昨日、牧草地まで確認に行ってもらって」
「分かりました。まず話を聞きます」
そこは相変わらず早い。
「案内します」
◇
村長の家で、昨日までの状況を共有した。
怪我人については村長。
北の牧草地についてはハンス。
村の普段の様子や、森へ入れなくなってからの変化についてはリディア。
俺は、聞いた話を地図へ落としていった経緯を説明した。
「これが、今までに聞いた目撃場所です」
カレンが地図を覗き込む。
「かなり散っていますね」
「姿も一致してません」
「昨日、俺が見たのも少なくとも二種類だ」
ハンスが言う。
「三匹いたが、一緒に動いてたかは分からん。一匹だけこっちへ来て、残りは森から離れる方へ走っていった」
カレンが地図とハンスを交互に見る。
「森から離れる方へ?」
「ああ」
「他にも、外へ向かっている痕跡があるか確認した方がよさそうですね」
「俺もそう思う」
カレンは一緒に来た冒険者たちへ視線を向けた。
「まず村の周囲を確認します。森の奥までは入りません」
ハンスも頷く。
「その方がいい。今の人数で奥まで追う必要はない」
「村側には何人残しますか?」
村長が聞く。
カレンたちはその場で人数を確認し始めた。
俺は地図を端へ寄せる。
ここから先は、彼らに任せればいい。
◇
出発する前、カレンが俺の手元を見た。
「杖、持ってるんですね」
「今回はちゃんと持ってきました」
「今回は?」
「前にカレンさんに取りに戻されたでしょう」
「ああ」
思い出したらしい。
「持ってきた方がいいです」
「身に染みました」
「使いました?」
「この前の帰りに」
カレンの表情が少し変わる。
「怪我は?」
「ありません。一回距離を作って、あとはカレンさんに助けてもらいました」
「それなら十分です」
「ヴァルターさんにも同じようなこと言われました」
「そうですか」
「やっぱりそういうものなんですね」
「はい」
あっさり頷かれた。
そこへリディアがやってくる。
「準備できたみたいですよ」
カレンが振り返った。
「では、行ってきます」
「気をつけて」
リディアが言う。
「はい」
カレンは俺を見る。
「ツカサさんも、村の中にいてください」
「はい。そっちは任せます」
一瞬だけ、カレンが俺を見る。
「分かりました」
それだけ言って、ハンスたちの方へ向かった。
以前なら、何か手伝えることはないかと考えていたかもしれない。
今はもう、考える前にやることがあった。
◇
冒険者たちが村を出たあと、リディアが地図を広げた。
「ツカサさん。この辺りなんですけど」
指しているのは、村の外れだ。
「何です?」
「一人暮らしのお年寄りが何人かいるんです。今夜も同じ状況なら、村の中央に近いところへ移ってもらった方がいいかもしれません」
「それ、村長さんに聞いてみましょうか」
「はい」
村長は話を聞くと、地図へ顔を寄せた。
「北側なら三軒か」
「私が知ってるのは、そのくらいです」
「南にも一人いる。足の悪い婆さんだ」
「あ」
リディアが思い出したように声を出す。
「あのお宅、息子さんが来てませんでした?」
「今週は来とらん」
「じゃあ、そこもですね」
村長は少し考えた。
「明るいうちなら動かせる。本人たちにも聞いてみよう」
「お願いします」
「荷物があるなら手伝いますよ」
俺が言うと、村長が頷く。
「助かる」
リディアがこちらを見る。
「ツカサさん、お願いします」
「はいはい。そこは得意分野です」
「知ってます」
当たり前のように返された。
◇
村の人たちと一緒に、何軒かを回った。
移る先を決めるのは村長たち。
住んでいる本人にも事情を説明する。
俺は必要になった荷物を持った。
「これも持っていってくれるかい?」
「大丈夫ですよ」
「重いよ」
「それなら二回に分けましょう」
「一回でいけるんじゃない?」
「たぶん。でも、転んだら格好悪いので」
年配の女性が笑った。
「若いのに慎重だねえ」
「性格です」
結局、二回に分けた。
戻ってくると、リディアが待っていた。
「まだありますよ」
「容赦ないですね」
「得意分野なんでしょう?」
「言いましたけど」
「じゃあお願いします」
「はいはい」
口ではそう言いながら、次の荷物を持つ。
こうして身体を動かしている方が、外のことばかり考えずに済んだ。
◇
昼前。
先に戻ってきたのはハンスだった。
その表情を見て、何もなかったわけではないと分かる。
「どうでした?」
「森の縁に痕跡が多い」
「魔物の?」
「ああ。種類は一つじゃない」
少し遅れて、カレンたちも戻ってきた。
服や靴には泥と葉がついている。
「カレンさん」
「大丈夫です。戦闘はありませんでした」
先に言われた。
「顔に出てました?」
「少し」
どこかで聞いたような返事だった。
リディアが横で小さく笑っている。
「それで、何か分かりました?」
村長が尋ねる。
カレンが地図の前へ立った。
「森へ入っていく痕跡より、森から外へ向かう痕跡の方が多く見つかりました」
「昨日のやつだけじゃないのか」
ハンスが言う。
「そうみたいですね」
「どういうことなんでしょう」
俺が聞く。
カレンとハンスが一度顔を見合わせた。
答えたのはハンスだった。
「森の中で何かあって、魔物が外へ押し出されてる可能性がある」
「何か、というのは?」
「そこまではまだ分からん」
カレンも続ける。
「餌や環境が変わった可能性もありますし、別の魔物が原因かもしれません。今の段階では絞れません」
「森の奥を調べるんですか?」
「今日は入りません」
カレンが答えた。
「もう少し人数が必要です。それに、村を空けるわけにもいきません」
ハンスも頷く。
「応援を待った方がいい」
村長が低く息を吐く。
「まだ原因は分からんか」
「はい。ただ」
カレンが地図を見る。
「魔物が森から外へ出てきている、という見方は昨日より強くなりました」
散らばっていた点。
違う姿。
違う数。
それぞれ別の話に見えていたものが、少しだけ同じ方向を向き始める。
その直後だった。
――カン、カン。
鐘の音が響いた。
全員が顔を上げる。
「東だ!」
外から声が飛んだ。
ハンスとカレンが、同時に走り出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第32話「逃げるために使う」です。
本作はカクヨムにも掲載しています。




