第28話「地図の上の点」
ハンナに連れられて、村長の家へ向かった。
「父さん、連れてきたよ」
中に入ると、村長が机のそばで待っていた。
「ハンナから聞いた。見た場所を確認したいそうだな」
「はい。話がいくつか出ているので、一度並べてみたくて」
「分かった」
「村と森の位置が分かるものはありますか?」
「細かいものじゃないが、これなら」
村長が一枚の紙を机へ広げた。
村。
畑。
森。
川。
街道。
細かな道までは描かれていないが、位置を確認するには十分そうだ。
「目撃した場所を、一つずつ確認していいですか?」
「ああ」
「そういえば、前に来たときにも、森の近くで何か見たという話を聞きました」
ハンナがうなずく。
「あのときの話ですね」
「はい。あのときは、実際に見た人と、音を聞いただけの人が混ざっていました。家畜や柵にも被害はなかった」
「そうでした」
「今回の話と同じものかは分かりません。ただ、前にも似た話があったことは、分けて残しておきたいです」
村長が地図へ目を落とし、うなずいた。
◇
最初に話が出たのは、五日ほど前。
西の森へ薬草を採りに行った女性が、小型の魔物を一匹見た。
襲われたわけではなく、魔物の方が逃げていったという。
翌日。
東の畑の近くで二匹。
見た人は角があったと話している。
三日前。
南側の森で、見慣れない四つ足。
二日前。
夜に家畜が騒いだ。
柵の外に何かいたらしいが、姿は確認できていない。
昨日。
森の縁で男が襲われ、怪我をした。
そして今朝。
森の近くを確認した村人が、小さな足跡を見つけている。
俺は村長に場所を教えてもらいながら、地図へ印をつけていく。
一つ。
また一つ。
点は、一か所に集まってはいなかった。
――ノア。
『目撃者が通った経路も確認しますか?』
――経路?
『目撃地点が異なっていても、移動経路に共通点がある可能性があります』
「見た人たちは、同じ道を使ってますか?」
村長とハンナに聞いてみる。
「いや」
村長が地図を見る。
「西へ行ったのは薬草採りだ」
「東は畑仕事の人ですね」
ハンナも指で場所を示す。
「南側も別の道です」
共通していない。
――外れか。
『現時点では、共通する移動経路は確認できません』
ノアの提案が、毎回何かにつながるわけでもない。
地図を見ていたリディアが、一本の細い線を指した。
「ここ、本当に人が通ってました?」
「どういうことです?」
「古い採取道です。前に崩れて、そのまま直してなかったはずです」
村長が頷く。
「今はほとんど使っとらんな」
「でも、ここでも見たんですよね?」
「ああ」
リディアは今度は南側を指した。
「こっちも、普段はあまり人が入らない場所ですよね」
「そうだな」
俺には分からなかった。
何度もこの村へ来ているリディアだから気づけることだ。
「人が森に入ったから、そこで魔物と出会った――だけじゃないかもしれない?」
俺が聞くと、リディアが頷いた。
「少なくとも、それだけでは説明しにくいと思います」
ハンスが地図を覗き込む。
「魔物の方が、人のいる方へ出てきてる可能性はあるな」
「理由は?」
「まだ分からん」
ハンスは地図から目を離さない。
「数が増えたのかもしれん。餌が減ったのかもしれん。縄張りを追われたのかもしれん。もっと強いのが来た可能性もある」
「どれなのかは?」
「今の情報じゃ決められん」
「ですよね」
怖そうな理由を一つ選んで、それを答えにする必要はない。
地図にあるのは、まだ点だけだ。
◇
「村長さん」
「何だ?」
「今の時点で、村が一番困っているのは何ですか?」
魔物の正体を当てるより、今はこちらの方が必要だ。
「今日持ってきてもらった物があるから、すぐに足りなくなるものはない」
村長が答える。
「ただ、森へ入れん状態が長く続くと困る。薪もそうだし、採ってくる物もあるからな」
そこは、さっきハンナたちから聞いた話と同じだ。
「家畜は?」
「しばらく遠くへは出さん。餌はまだある」
「水は?」
「問題ない」
今すぐ村の生活が止まるわけではない。
リディアが荷物を増やしてきた分もある。
ただ、昨日は初めて怪我人が出た。
それまでと同じ状況ではなくなっている。
「アルネスには知らせたんですか?」
「今朝、人を出した」
村長が答えた。
ハンスも頷く。
「ギルドが動けば、早けりゃ明日。遅くてもその次くらいには調査か討伐の連中が来るだろう」
それなら、森を詳しく調べるのはその人たちの仕事だ。
俺たちが正体を確かめに行く必要はない。
そのとき。
外から、慌ただしい足音が近づいてきた。
「村長!」
若い男が飛び込んでくる。
「北の牧草地に魔物が出た!」
部屋の空気が変わった。
ハンスがすぐに立ち上がる。
「何匹だ」
「二匹……いや、三匹かもしれん!」
「人は?」
「二人いた。一人は戻った。でも、もう一人がまだ戻ってない!」
「最後に見たのはどこですか?」
気づけば、先に口が動いていた。
「牧草地の向こう側。柵の近くだ」
「怪我は?」
「分からん。襲われたところは見てない。逃げる途中ではぐれたんだ」
怪我をして動けないとは限らない。
別の道から戻っている可能性もある。
「案内できるか」
ハンスが男へ聞く。
「ああ」
ハンスが俺とリディアを見る。
「お前らは村にいろ」
「分かりました」
今の俺がついて行っても、できることはない。
「ハンスさん」
「何だ」
「行き先と、戻る目安だけ決めておいた方がいいと思います」
ハンスが一瞬こちらを見る。
それから村長へ向き直った。
「北の牧草地へ行く。日が傾くまでに戻らなければ、外へ探しに出るな。街から人が来るのを待て」
「分かった」
「村の人間も近づけるな」
「ああ」
それだけ確認すると、ハンスは案内役の男と出ていった。
◇
急に静かになった部屋で、リディアが息を吐いた。
「私たちは残りましたね」
「そうですね」
「どうします?」
俺は少し考える。
――ノア。今、俺たちにできることは?
『目的を指定してください』
一瞬、言葉が止まった。
何をしたいのか。
ハンスたちが戻ってくる。
怪我人が増えるかもしれない。
戻っていない人が、別の道から帰ってくるかもしれない。
心配した村の人が、牧草地へ向かおうとするかもしれない。
――戻ってきた人を受け入れられるようにしたい。それと、危ない場所へ行く人を増やしたくない。
『候補を提示します。診療所と搬送手段の確認。未帰還者を識別できる情報の確認。村人への危険区域の周知です』
「リディアさん」
「はい」
「ハンスさんたちが戻ってきたときの準備をしておきたいです」
「具体的には?」
「怪我人がいた場合の診療所と、運ぶ方法。それから、戻ってない人の服装とか持ち物も確認しておきたいです」
「分かりました」
「あと、村の人が心配して牧草地へ行かないように」
リディアが村長を見る。
「それは村長さんからお願いした方がいいですね」
「ああ。村の方は俺がやる」
「診療所は?」
「私、一緒に確認します」
リディアが答えた。
俺も頷く。
俺たちに魔物は倒せない。
行方不明になった人を探しに行くのも、今の俺たちの役目ではない。
でも、戻ってきた人を受け入れる準備ならできる。
外では、少しずつ人の声が増え始めていた。
地図の上に置いたばかりの点。
その一つが、今度は北の牧草地にも増えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第29話「戻ってくる場所」です。
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