第27話「ばらばらの話」
ハンナに案内され、俺たちはそのまま診療所へ向かった。
薬の箱は、俺とリディアで持つ。
「俺一人でも持てますよ」
「落としたら困るでしょう?」
「それはそうですね」
二人で運び込む。
中には、腕を布で巻いた男がいた。
リディアは顔を知っているらしい。
「大丈夫?」
「腕だけだ。動ける」
ハンナもそばまで寄る。
「無理しないでよ」
「分かってる」
言いながらも、男は少し居心地が悪そうだった。
診療所の人へ薬を渡すと、ハンスが男の前へ立った。
「何にやられた?」
「分からない。見たことのないやつだった」
男の話では、森の近くで突然襲われたらしい。
四つ足。
犬より大きい。
毛があった。
色は灰色だった気もするが、黒かったと言われればそうかもしれない。
角は、たぶんなかった。
一匹。
一緒にいた男が棒で追い払い、その隙に村まで戻った。
「村で、こういう話が出始めたのは?」
俺が聞くと、ハンナが答えた。
「五日くらい前です」
「怪我人が出たのは、昨日が初めて?」
「ああ」
男が答える。
――ノア。
『はい』
――今の話、確認できたことだけ分けて。
『整理します。村で魔物らしきものの話が出始めたのは約五日前。実際の負傷者が出たのは昨日。今回の負傷者を襲ったものの種類は不明。ほかの目撃情報との関連も不明です』
――うん。
俺はハンスを見る。
「今の話だけだと、『同じ魔物が増えた』とはまだ言えないですよね」
「ああ。別々の魔物を見てる可能性もある」
「森は?」
俺が聞くと、ハンナが答えた。
「何日か前から、できるだけ入らないようにしてるの。最初は念のためだったんだけど」
彼女が怪我をした男を見る。
「昨日からは、父さんも止めてる。何がいるのか分かるまでは入るなって」
なるほど。
リディアが荷物を増やしたのは、怪我人が出る前だ。
その時点では、森へ入りづらくなっているという話しか届いていなかった。
「だから、今回の荷物が多かったんですね」
「はい」
リディアが頷く。
「ハンナから連絡をもらったときは、ここまでとは思ってませんでしたけど」
「私も怪我人が出るとは思ってなかったよ」
ハンナが少し困ったように笑った。
ハンスが腕を組む。
「森には入らない。それでいい。正体を確かめるために素人が入っても、怪我人が増えるだけだ」
ハンナも頷いた。
「父さんも同じこと言ってる」
「街道は?」
「来る途中は問題なかった」
ハンスが答える。
「今の話でも、街道で見たって話は出てない。ただ、帰る前にもう一度確認する」
「分かりました」
そこは護衛の判断に任せる。
◇
話を聞いたからといって、届け物がなくなるわけではない。
俺たちは予定どおり荷物を運んだ。
塩。
小麦。
干し肉。
布。
油。
受け取る相手と数量を、一つずつ確認する。
共同倉庫まで来ると、ハンナが帳面を開いた。
リディアも自分の注文書と見比べる。
「小麦、これで頼んだ分全部」
「塩は?」
「それも大丈夫」
「油は少し多めにしてあります」
「助かる」
俺は倉庫の中を見る。
普段がどのくらいなのかは知らない。
ただ、リディアが今回のために増やしたという荷物が、次々と棚へ収まっていく。
「森に入れないと、そんなに困るんですか?」
俺が聞くと、ハンナが顔を上げた。
「困りますよ」
答えは早かった。
「薪も取るし、家畜に使うものもあるし、薬草や香草を採る人もいるから」
そういえば、前に来たときも、この村では森で採れるものを使っていた。
魔物避けの香もそうだ。
「食料そのものを全部森から取ってるわけじゃないですけど」
ハンナが続ける。
「普段、自分たちで用意してるものが取れなくなると、その分をどこかから持ってこないといけないでしょう?」
「なるほど」
リディアが倉庫を見回す。
「今回は、しばらく森に入れないとしても困らないくらいを目安に持ってきました」
「どのくらいです?」
「そこはハンナたちが普段どれだけ使うか聞いて決めました。私が勝手に決めたわけじゃないですよ」
そう言って笑う。
「前に、多く仕入れすぎて失敗した話、しましたよね」
「ああ」
「その反省です」
「ちゃんと生きてるんですね」
「高い授業料でしたから」
ハンナが首を傾げる。
「何の話?」
「聞かなくていいよ」
「気になる」
「本当に聞かなくていいから」
さっきまで少し重かった空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
ただ、問題がなくなったわけではない。
「でも、これが長く続いたら?」
俺が聞く。
リディアの表情が戻る。
「また運ぶ必要が出ますね」
「買い付けの方は?」
「それも確認しないといけません」
帰りに買う予定だった薬草や繊維。
森へ入れないことが、そのまま影響するものもある。
「今回は持って帰れないものもあるかもしれません」
「それは大丈夫なんですか?」
「仕入れられないものは仕入れられません。そこを無理しても仕方ないです」
あっさりしている。
でも、それも商人の判断なのだろう。
――ノア。
『はい』
――魔物の目撃。森に入れない。村から外へ出す品物と、外から持ってくる物の両方に影響が出てる。
『関連情報として保持します』
――原因まではまだ決めないで。
『承知しました』
◇
「ハンナさん」
「はい?」
「村長さんと話せますか?」
「父さんと?」
「見た場所と時間を、一度まとめて確認したいんです。それと、今、村で何に困っているのかも」
ハンナは少し考えてから、ハンスを見る。
「話しても大丈夫?」
「ああ。聞くだけならな」
ハンスが俺を見る。
「何をするつもりだ?」
「同じ話を何度も聞くより、一度並べてみたいだけです。何の魔物かは俺には分からないので」
「ならいい」
ハンナが頷いた。
「父さん、たぶん家にいる。呼んできますね」
「お願いします」
彼女が倉庫を出ていく。
リディアが注文書を畳みながら言った。
「場所も分かるといいですね」
「はい」
五日前から増え始めた目撃。
違う姿。
違う数。
違う場所。
今のところ、それぞれがどうつながっているのかは分からない。
少しして、ハンナが戻ってきた。
「父さん、話せるって。こっちです」
俺たちは彼女のあとを追った。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第28話「地図の上の点」です。
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