第26話「いつもの村へ」
エルナが依頼票を手元へ引き寄せると、受付の横へ視線を向けた。
そこにいたのは、リディアだった。
小さな鞄を肩に掛けている。
「こんにちは、ツカサさん」
「こんにちは」
エルナが説明を続ける。
「ギルドからの討伐依頼というわけではありません。リディアさんが明日、ローデ村へ行く予定なんですが、今回は荷物が少し多くて、届け先も複数あるそうです」
「ローデ村ですか」
以前、カレンと配達に行った村だ。
「はい。私も何度も行っています」
リディアが頷く。
「普段なら一人でも何とかなるんですが、今回は荷物の確認や受け渡しが多くて。ギルドに一人、手伝いをお願いしたんです」
「それで俺に?」
「はい」
「力仕事なら、もっと向いている人がいるんじゃ」
「力だけならそうですね」
即答された。
「でも、届け先と品物を間違えずに確認してくれる人の方が助かります。ツカサさん、そういうの得意でしょう?」
自分で言うのも変だが、否定はできない。
「分かりました」
「ありがとうございます」
条件を確認する。
ローデ村までは徒歩で半日ほど。
荷物の受け渡しと、帰りに買い付ける品物の確認もあるため、一泊二日の予定だ。
もちろん、護衛もつく。
「護衛は?」
「ハンスさんです」
聞き覚えのある名前だった。
この前、荷馬車のトラブルで顔を合わせた護衛だ。
あのときも、壊れた荷馬車と商人のそばに残っていた。
「最近、街道に変わったことはありますか?」
俺が聞くと、エルナが首を横へ振る。
「ローデ村方面で特別な報告はありません。街の外ですから、小型の魔物の目撃自体は珍しくありませんけど」
「分かりました」
それなら、今のところ特別な事情はないらしい。
リディアがこちらを見る。
「そういえば、ツカサさん。この前、魔物に襲われたって」
「カレンさんと一緒のときに」
「怪我は?」
「ありません。杖で少し距離を作って、あとはカレンさんに任せました」
リディアが少しだけ息を吐いた。
「それなら、よかったです」
「はい」
怖くなかったわけではない。
でも、今ここでもう一度考え直す必要はなかった。
◇
翌朝。
杖を手に、俺、リディア、ハンスの三人でアルネスを出た。
荷車には食料や布、油、それから薬などが積まれている。
「薬は最初に診療所へ」
リディアが確認する。
「食料は?」
「今回は共同倉庫が多いです。いつもは家ごとの注文ももう少しありますけど」
「今回は違う?」
「数日前にハンナから連絡が来たんです。森に入りづらくなってるから、食料や油を少し多めに持ってきてほしいって」
「何かあったんですか?」
「そこまでは。魔物を見た人がいる、とは聞きましたけど」
だから、いつもより荷物が多かったのか。
「長引くかもしれないから、多めに?」
「はい。足りなくなってから運ぶよりいいですから」
リディアらしい判断だった。
――ノア。
『はい』
――届け先と品目を整理して。
『整理します』
帰りに買い付ける予定なのは、野菜、乾燥した薬草、織物用の繊維。
ただし、いつも通り買えるかどうかは現地で確認する。
それも忘れないようにしておく。
◇
街道は穏やかだった。
森。
畑。
ところどころに人の手が入った道。
「リディアさんは、この村にはよく?」
「月に一度くらいですね。多いときはもう少し」
「一人で?」
「護衛を頼むことが多いです」
「やっぱり必要なんですね」
「品物より自分の方が高いですから」
「商人らしい言い方ですね」
「大事な計算ですよ」
リディアは何でもないことのように言った。
しばらく歩いたところで、彼女が周囲を見る。
「今日は少ないですね」
「何がです?」
「人です」
言われてみる。
確かに、すれ違う人が少ない。
ハンスが道の端へ目を向けた。
「荷車の跡はある。使われてない道じゃない」
「たまたま?」
「かもな」
それ以上は決めつけない。
俺たちはそのまま進んだ。
◇
昼を過ぎるころ、ローデ村が見えてきた。
畑。
家。
遠くに家畜。
以前来たときと、大きく変わったところは見えない。
だから、俺には普通に見えた。
「……静かですね」
リディアが言った。
「そうですか?」
「普段なら、この辺に子どもがいます。畑にももう少し人がいるはずです」
俺には分からない違い。
何度も来ているリディアには分かる。
村の入口へ近づくと、一人の女性がこちらへ駆けてきた。
見覚えがある。
前に来たとき、村長に代わって荷物を受け取った娘――ハンナだ。
「リディア! よかった、来てくれた」
「ハンナ。どうしたの?」
いつもの明るさは残っている。
けれど、声には少し焦りが混じっていた。
ハンナは荷車へ目を向ける。
「薬もある?」
「あるよ。診療所の分」
「じゃあ、それ先にお願い。森の近くで怪我人が出てるの」
そこで俺に気づき、ハンナが目を丸くした。
「あ、ツカサさんも。また来てくれたんですね」
「こんにちは」
「ちょうどよかったです」
そう言ってから、隣のハンスにも視線を向ける。
ハンスの表情は、すでに仕事のものへ変わっていた。
「怪我人って、魔物か?」
「たぶん」
「たぶん?」
「見た人の話が、ばらばらなの」
さっきまでの明るい調子が、そこで少しだけ落ちた。
「何に襲われたのか、ちゃんと分からなくて」
リディアが俺を見る。
俺も同じことを考えた。
まずは薬だ。
「診療所へ行きましょう」
「うん。こっち」
ハンナが先に立つ。
俺たちは荷車を押して村の中へ入った。
――ノア。
『はい』
――あとで、分かってることを整理したい。
『承知しました』
まだ何も分からない。
俺は静かな村の中を見回しながら、荷車を押した。
さっきまで普通に見えていた景色が、少しだけ違って見え始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第27話「ばらばらの話」です。
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