第25話「逃げるための練習」
次に訓練場へ行くと、ヴァルターは俺の背中を見て言った。
「持ってきたな」
「言われましたから」
背中には荷物を入れた背負い枠。
手には杖。
肩当てもつけている。
街の外で仕事をするときに近い格好だ。
「中身は?」
「訓練用の荷物です」
「なら始めるぞ」
「確認、それだけですか?」
「何を確認する」
「重さとか」
「お前が仕事で持てる重さなら構わん」
そう言って、ヴァルターが訓練用の棒を取った。
「構えろ」
早い。
まだ心の準備ができていない。
いや、魔物は心の準備を待ってくれないか。
杖を前へ出す。
「いきます」
「来い」
ヴァルターが踏み込んだ。
杖を出す。
払われる。
前回と同じように、そのまま後ろへ下がる。
「うわっ」
背中の荷物が遅れて動いた。
身体を後ろへ引いたあとから、荷物に引っ張られる。
足がもつれた。
なんとか踏ん張る。
その目の前に、ヴァルターの棒が止まっていた。
「死んだな」
「縁起でもない」
「訓練だから言える」
「それはそうですけど」
背負い枠を直す。
手ぶらのときとは全然違う。
「荷物って、こんなに邪魔になるんですね」
「だから持ってこいと言った」
ヴァルターが棒を肩に担ぐ。
「立って歩くだけなら問題なくても、急に止まったり向きを変えたりすれば荷は動く。自分の身体だけ動かすつもりでいると崩れる」
「昨日より難しくなってません?」
「普段に近づけたんだ。当然だ」
「楽にはならないって分かってましたけど」
「なら構えろ」
「はい」
もう一度。
◇
何度目かで、杖を大きく払われた。
横へ流された勢いで身体が傾く。
それでも荷物を背負ったまま立て直そうとした。
「違う」
ヴァルターの棒が止まる。
「何がです?」
「荷物を守ろうとしただろう」
「……分かります?」
「動きを見ればな」
図星だった。
身体が傾いたとき、荷物を落とさないように反射的に肩を入れていた。
「仕事の荷物だったら、落としたくないじゃないですか」
「それで逃げ遅れるのか?」
「それは……」
「荷物は替えが利く」
ヴァルターが俺を見る。
「お前は?」
返事は決まっている。
「利きません」
「なら順番を間違えるな」
分かってはいる。
依頼品を壊してしまえば困る。
迷惑もかける。
報酬どころではないかもしれない。
それでも、命と比べる話ではなかった。
「必要なら、捨てていいってことですね」
「状況次第だ。背負ったまま逃げられるならそれでいい」
「無理なら?」
「捨てろ」
即答だった。
「物を守って死ぬな」
「はい」
「もう一度」
ヴァルターが構える。
俺も杖を持ち直した。
◇
それから数日、同じような練習を続けた。
荷物を背負う。
杖を出す。
下がる。
呼ぶ。
それだけ。
ただ、毎回同じようにはならなかった。
正面から来ることもあれば、ヴァルターが途中で向きを変えることもある。
荷物がずれる。
足がもつれる。
杖を払われる。
分かっているのに、押し返してしまう。
「また力比べをしたな」
「しましたね」
「するな」
「はい」
別の日。
「遅い」
「今のは荷物が」
「魔物に言い訳するのか?」
「しません」
「なら動け」
「はい」
さらに別の日。
杖を払われる。
下がる。
荷物が大きくずれた。
今度は無理に立て直そうとせず、背負い枠を肩から外す。
地面へ落とした。
そのままもう一歩下がる。
「助けを!」
ヴァルターの棒が止まった。
「今のはいい」
「荷物、落としましたけど」
「それでいい」
地面の背負い枠を見る。
中身が本物の依頼品だったら、こんなに簡単には割り切れないと思う。
でも、そのための練習なのかもしれない。
本番で初めて決めるよりはいい。
荷物を拾い上げる。
「もう一回お願いします」
「ああ」
◇
数日たっても、戦えるようになった感じはまったくなかった。
ヴァルターに勝てる気もしない。
たぶん、それでいい。
少なくとも、最初のころよりは後ろへ下がることに慣れた。
荷物を背負っているときに何が邪魔になるのかも、少し分かってきた。
何より。
荷物を守ることと、自分を守ること。
その二つがぶつかったとき、どちらを先にするのかは決めておける。
「今日はここまでだ」
「ありがとうございました」
「明日からも続けるなら、無理に毎日来る必要はない」
「いいんですか?」
「仕事をするための訓練だ。訓練のせいで仕事ができなくなってどうする」
「それもそうですね」
相変わらず言われてみれば当たり前のことを、きっぱり言う人だった。
杖を持ち、背負い枠を背負い直す。
「またお願いします」
「ああ」
◇
訓練場からギルドへ戻る。
今日は何か仕事が残っていれば、掲示板を見てから帰るつもりだった。
受付の前を通ると、エルナに呼び止められた。
「ツカサさん」
「はい?」
「訓練、終わりました?」
「今終わったところです」
「ちょうどよかった」
その言葉には少し覚えがある。
「……また何かあります?」
エルナが笑った。
「街の外の依頼が一つ入ってます」
俺は手にした杖を見る。
それから、背中の荷物。
「俺に?」
「まずは内容を聞いてみませんか?」
一瞬だけ考える。
「はい。聞きます」
エルナが依頼票を手元へ引き寄せた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第26話「いつもの村へ」です。
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