第24話「あと数秒だけ」
翌日、俺はギルドの受付でエルナに声をかけた。
「ヴァルターさん、今日いますか?」
「いますよ。訓練ですか?」
「少し相談したいことがあって」
エルナは一度、俺の杖へ視線を落とした。
「分かりました。訓練場にいると思います」
◇
訓練場では、ヴァルターが若い冒険者の動きを見ていた。
俺に気づくと、顎を少し上げる。
「どうした」
「昨日、魔物に襲われました」
ヴァルターの表情は変わらない。
「怪我は」
「ありません」
「なら話せ」
俺は昨日のことを説明した。
カレンと一緒にいたこと。
二体の魔物が出たこと。
一体が俺の方へ来たこと。
杖を前へ出して距離を作り、その間にカレンが入ってくれたこと。
話し終えると、ヴァルターは短く言った。
「昨日、お前は自分を守った」
「でも、倒したのはカレンさんです」
「だから何だ」
思わず黙る。
「お前の仕事は魔物を倒すことだったのか?」
「違います」
「荷物を運ぶことだったな」
「はい」
「カレンの仕事は?」
「護衛です」
「仕事をしたのはどっちだ?」
「……二人とも、ですか」
「そうだ」
簡単な話だった。
なのに、昨日からどこか引っかかっていた。
魔物を倒せなかった。
カレンに助けてもらった。
それを、失敗に近いものとして考えていたのかもしれない。
「それで、もう少し練習したいです」
「戦いたいのか」
「違います」
そこはすぐに否定した。
「昨日みたいなとき、助けてもらうまでの数秒を、もう少し確実に作れるようになりたいです」
ヴァルターはしばらく俺を見る。
「あと数秒か」
「はい」
「なら、やることは同じだ」
訓練用の長い棒を一本取って、俺へ投げる。
「構えろ」
「今からですか?」
「何をしに来た」
「……相談です」
「終わった」
「ですよね」
◇
ヴァルターが踏み込む。
俺は棒を前へ出した。
横から払われる。
棒の先がずれた。
反射的に元へ戻そうとする。
その瞬間、肩へ軽く棒を当てられた。
「何をしてる」
「構えを戻そうと」
「武器を正しく構える競技をしているんじゃない」
ヴァルターが一歩下がる。
「払われたなら、その分下がれ。お前の目的は何だ」
「逃げることです」
「なら逃げろ」
もう一度。
棒を前へ出す。
払われる。
今度は構えを戻さず、一歩下がる。
ヴァルターがさらに詰める。
もう一歩。
「そうだ」
何度か繰り返す。
うまくできるときもあれば、足がもつれるときもあった。
昨日は一度できた。
でも、一度できたことと、次もできることは違う。
またヴァルターが踏み込んでくる。
今度は正面から棒を押された。
反射的に押し返しかける。
「力比べをするな」
「はい」
「お前より強い相手だったらどうする」
「負けます」
「なら張り合うな」
押し返すのをやめ、その分だけ足を後ろへ動かす。
距離が開く。
「そうだ」
もう一度。
棒を出す。
下がる。
また来る。
さらに下がる。
「声も出せ」
「声?」
「近くに護衛がいるなら呼べ」
昨日は、カレンの名前を叫んだ。
考えてやったわけではなかった。
「一人で何とかする必要はない」
「はい」
もう一度構える。
ヴァルターが踏み込む。
棒を出す。
払われる。
下がる。
「助けを!」
「遅い」
「そこもですか」
「危なくなってから遠慮してどうする」
「確かに」
もう一度。
◇
しばらくして、ヴァルターが棒を下ろした。
「今日はここまでだ」
「思ったより疲れますね」
「後ろへ下がるのは慣れていないからな」
俺も棒を下ろす。
「次からは、その杖と荷物を持ってこい」
「荷物?」
「街道で襲われるとき、お前は手ぶらなのか?」
「たぶん違いますね」
「なら普段に近い状態でやる」
「分かりました」
訓練用の棒を返す。
――ノア。
『はい』
――今の訓練、記録して。
『訓練内容を記録しますか?』
――ああ。頼む。
『記録します』
次は、荷物を持った状態。
どうやら今日より楽にはならなさそうだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第25話「逃げるための練習」です。
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