第23話 もう少しだけ
しばらくして、ようやく手の震えが収まってきた。
カレンが近づいてくる。
「手、見せてもらっていいですか?」
「もう大丈夫ですよ」
「念のためです」
「はい」
杖を持っていた手を差し出す。
カレンが手のひらと指を確認した。
「腫れてはいませんね。ただ、あとで痛くなるかもしれません」
「分かりました」
カレンが手を離す。
「初めてなら、あれくらいで十分ですよ」
「かなりギリギリでしたけど」
「それでも、教わった通りに下がれました」
そこまで言ってから、カレンが少し眉を寄せる。
「だからって、自分から試しに行くのは駄目ですよ」
「しませんよ」
「本当に?」
「今のをもう一回やりたいと思ってるように見えます?」
カレンが俺の顔を見る。
「見えませんね」
「でしょう?」
「かなり疲れた顔してます」
「そこまでですか」
「はい」
言われて頬を触る。
自分では分からない。
ただ、身体全体が重くなったような感じはあった。
たった数秒。
それだけだったのに。
「魔物はどうするんですか?」
倒れている二体を見る。
「素材として持ち帰れる部分もありますけど、今日は積み荷が優先です」
「じゃあ?」
「場所と特徴をギルドに報告して、今回はそのまま戻りましょう」
「分かりました」
俺たちの仕事は討伐ではない。
荷物をアルネスまで戻すことだ。
「行けそうですか?」
「はい」
今度は迷わず答えた。
「じゃあ、戻りましょう」
◇
荷車が再び動き出す。
さっきまでと同じ道なのに、少し違って見えた。
草むらが揺れるたびに目がいく。
木の陰も気になる。
自分でも分かるくらい、周囲を見すぎていた。
「ツカサさん」
「はい」
「前」
「あ」
危うく街道の端へ寄りすぎるところだった。
「すみません」
「警戒するのは悪くないですけど、足元も見てくださいね」
「さっきまでカレンさんが周りを見てた意味が、ちょっと分かりました」
「分かりました?」
「何もいないか確認してたんですよね」
「はい」
「でも、全部怪しく見えます」
カレンが少し笑う。
「最初はそんなものですよ」
「カレンさんも?」
「今でも気になるときはあります」
「そうなんですか?」
「ありますよ」
当然のように答える。
「怖くなくなるわけじゃないんですね」
「怖くないものが増えるだけです」
少し考える。
「どういうことです?」
「知っている魔物なら、どれくらい危ないか分かります。逃げた方がいいのか、戦えるのかも判断できます」
「知らないものが怖い?」
「それもあります」
カレンは前を見たまま言った。
「だから、分からないものに無理に近づかないのは大事です」
「それ、戦闘以外でも同じですね」
「そうかもしれませんね」
荷車の車輪が土を踏む。
しばらく、誰も話さなかった。
◇
途中で一度だけ休憩を取った。
荷物の縄を確認する。
緩みはない。
割れ物の箱も動いていなかった。
「よし」
「何がよしなんです?」
カレンが水を飲みながら聞いてくる。
「荷物です。無事そうなので」
「さっき魔物に襲われたのに、そっちも気になるんですね」
「仕事なので」
「真面目ですね」
「カレンさんに言われると複雑だな」
「どういう意味です?」
「そのままの意味です」
「分かりません」
真顔で言うので、俺の方が笑ってしまった。
こうして普通に話せるくらいには、気持ちも戻ってきた。
ダリオも荷台を確認する。
「問題なさそうだな。このまま行けば、明るいうちには着く」
「残った荷物は明日ですよね」
「ああ。セルジュとハンスは今日は向こうで待つ。朝になったら、修理できる職人と荷車、それから交代できる護衛も連れていく」
「分かりました」
街道に出るなら、誰でも危険は同じだ。
◇
それからは何も起きなかった。
アルネスの外壁が見えたとき、思っていた以上にほっとした。
「帰ってきた……」
「まだ門ですよ」
「それでもです」
「まあ、分かりますけど」
カレンも少し笑っている。
門では、帰路で魔物二体と遭遇したことだけを報告した。
討伐済み。
怪我人なし。
門番は場所を確認すると、俺たちを通した。
街へ入る。
人の声がする。
店が並んでいる。
いつも見ている景色なのに、今日は妙に安心できた。
◇
ダリオの倉庫へ到着すると、まず荷物を下ろした。
「これはこっち」
「はい」
「その箱は慎重にな」
「分かりました」
最後の箱を置く。
割れ物もその場で確認した。
「全部無事だ」
「よかった……」
思わず息が漏れた。
「そんなに気にしてたのか?」
ダリオが笑う。
「途中でかなり揺れたので」
「ちゃんと積めてたから大丈夫だ」
「積み方を教えてもらったからですよ」
「聞いてくれる方が、こっちもやりやすかった」
ダリオが依頼票へ完了の印を入れる。
「助かった。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
荷物を運んだだけではない。
何を先に運ぶのか。
どう積むのか。
分からないことを聞きながら決めた。
それが役に立ったなら、悪くない。
◇
冒険者ギルドへ戻ると、エルナが俺たちを見て少し驚いた顔をした。
「おかえりなさい。大丈夫でした?」
「見ただけで何か分かります?」
「カレンさんがいるのに、ツカサさんが杖をずっと握ってるので」
言われて手を見る。
無意識だった。
「ああ……途中でちょっと」
カレンが横から報告する。
「帰路で低級魔物二体と遭遇しました。討伐済みです。怪我人と積み荷の被害はありません」
「ツカサさんも?」
「怪我はないです」
「戦ったんですか?」
「戦ったというほどでは……」
どう説明すればいいか迷う。
「一体がこっちに来たので、杖で距離を作って下がりました。そのあとはカレンさんが」
エルナがうなずく。
「それなら十分です。今回の依頼は魔物討伐じゃありませんから」
「はい」
今度は素直にうなずけた。
「依頼は問題なく完了しています」
エルナが依頼票を確認する。
「報酬はこちらです。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
銀貨を受け取る。
仕事が終わった。
その事実に、ようやく肩の力が抜けた。
◇
ギルドを出る。
カレンも一緒だった。
「今日は疲れました?」
「かなり」
「荷物ですか?」
「今日は魔物です」
「ですよね」
カレンが軽く笑う。
「でも」
俺は杖を見る。
「持っててよかったです」
「でしょう?」
「ヴァルターさんにも礼を言わないと」
「それがいいと思います」
そこで少し考える。
「もう少し練習した方がいいですかね」
カレンが俺を見る。
「戦いたいんですか?」
「違います」
そこはすぐに否定した。
「今日みたいなときに、もう少し動けるようにはなっておきたい」
魔物を倒したいわけじゃない。
冒険者らしく戦いたいわけでもない。
ただ。
次もカレンがすぐ近くにいるとは限らない。
助けてもらうまでの数秒。
その数秒だけでも、自分で作れるようにはなっておきたい。
「それなら、いいと思います」
カレンがうなずく。
「ヴァルターさんに相談してみたらどうですか?」
「そうします」
「ただし」
「分かってます」
「まだ何も言ってませんけど」
「一人で魔物を探しに行くな、でしょう?」
カレンが少し黙った。
「……分かってるじゃないですか」
「今日一日でかなり言われましたから」
カレンが笑う。
「じゃあ、私は何も言いません」
「その方が助かります」
ギルド前で別れる。
「今日はありがとうございました」
「はい。また」
「また?」
「また機会があれば」
「それ、便利ですね」
「本当にそう思って言ってますよ」
「分かってます」
今度は、俺も素直にそう言えた。
カレンと別れ、宿へ向かう。
杖を握る手には、まだ少しだけ違和感が残っている。
何もできないままではなかった。
でも、次も同じように動けるとは限らない。
助けてもらうまでの、ほんの数秒。
その数秒くらいは、自分で作れるようになっておきたい。
もう少しだけ。
自分を守れるようには、なっておきたい。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、第24話「あと数秒だけ」です。
本作はカクヨムにも掲載しています。




