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異世界で、まずは仕事から。  作者: こやーん


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第20話 相席、いいですか?

 午前の仕事を終えたころには、腹が減っていた。


 今日の依頼は、商店から倉庫まで小さな荷物を何度か運ぶだけのものだった。


 ローデ村への配達や、昨日までの魔物素材に比べればずいぶん軽い。


 肩当ての出番もほとんどない。


 楽な仕事だった、と言っていい。


 ただし、腹が減ることだけは同じだった。


 昼時の通りを歩きながら、どこで食べようか考える。


 駆け馬亭まで戻るには少し遠い。


 近くには何軒か食事を出す店がある。


 以前なら、値段が分からない店へ入るだけでも少し身構えていた。


 今は入口の札を見て、大体の相場も分かる。


 これなら大丈夫そうだ。


 そう思って一軒の食堂へ入った。


「いらっしゃい!」


 昼時だけあって、店内はかなり混んでいる。


 空いている席を探す。


 ない。


 帰ろうかと思ったところで、


「あ」


 奥から声がした。


「ツカサさん」


 リディアだった。


 小さな二人掛けの卓に、一人で座っている。


「リディアさん」


「お昼ですか?」


「そのつもりだったんですけど、いっぱいですね」


 店内を見回す。


「でしたら」


 リディアが向かいの椅子へ手を向けた。


「相席、いいですか?」


「俺が聞く側じゃないですか、それ」


「あ、そうですね」


 少し笑う。


「では改めて。よかったら、どうぞ」


「ありがとうございます」


 向かいへ座った。


 この世界へ来たばかりのころなら、知り合いと偶然昼食を一緒にするなんて考えもしなかった。


     ◇


「今日は何を頼んだんですか?」


 リディアの前には、すでに深めの皿が置かれている。


 肉と豆、それに細かく切った野菜を煮込んだものらしい。


「日替わりの煮込みです」


「日替わり?」


「余った材料を使うので、毎日少しずつ変わるんです」


「なるほど」


 日本でも似たような店はあった。


「安い代わりに、中身はその日次第です」


「それ、いいですね」


 店員が来たので、俺も同じものを頼む。


「同じのでいいんですか?」


「外れじゃなさそうなので」


「私を試食係にしました?」


「先に食べてる人の意見は大事です」


「商人みたいなことを言いますね」


「最近、周りに商人が多いので」


 オルド。


 リディア。


 仕事で会った職人たち。


 少しずつ影響されているのかもしれない。


 しばらくして俺の皿も運ばれてきた。


 見た目より香辛料の匂いが強い。


 一口食べる。


「おいしい」


「でしょう?」


「一昨日、魔物の解体場にいたので、普通の肉料理が少しありがたく感じます」


 リディアの手が止まった。


「解体場?」


「一昨日、手伝いに行ったんです」


「ツカサさん、最近本当に色々やってますね」


「自分でもそう思います」


「この前はローデ村。その後は売り場のお手伝いでしたよね」


「その次が解体場で、昨日は魔物素材の配達でした」


 リディアが数秒黙った。


「……働きますね」


「そうですか?」


「アルネスに来て、まだそんなに経ってませんよね?」


「そうですね」


「私より色々な仕事をしてる気がします」


「リディアさんは商人という一つの仕事をずっとやってるじゃないですか」


「その一つの中に色々あるんですよ」


「仕入れとか?」


「仕入れ、交渉、運搬、在庫、売り場、集金……」


 指を折っていく。


「やめましょう。昼休みなのに仕事の話になってきました」


「それ、前にも聞いた気がします」


「ツカサさんと話すと、なぜかこうなるんですよね」


「俺のせいですか?」


「半分くらいは」


「残り半分は?」


「私です」


 ちゃんと認めるらしい。


     ◇


 煮込みを食べながら、ふと思い出した。


「そういえば」


「はい?」


「前に、もっとひどい失敗談があるって言ってませんでした?」


 リディアのスプーンが止まった。


「覚えてたんですか」


「『約束の前払い』までされましたから」


「忘れてくれてもよかったんですけど」


「聞かせるつもりがないなら、あんな言い方しないでしょう」


「それはそうなんですが」


 少し困った顔をした。


 珍しい。


「そんなにひどかったんですか?」


「私の中では、かなり」


「聞きたいです」


「楽しそうですね?」


「人の失敗談って、自分じゃなくてよかったと思えるので」


「ひどい理由です」


 そう言いながら、リディアは笑った。


「昔、焼き物をまとめて仕入れたことがあるんです」


「皿とか?」


「食器ですね。普段よりかなり安く買える話があって」


「それは良さそうです」


「私もそう思いました」


 その言い方。


 たぶん、良くなかったのだろう。


「品質も悪くありませんでした。数も揃っていましたし、仕入れ値だけを見ればかなり得だったんです」


「仕入れ値だけ?」


「はい」


 リディアが遠い目をした。


「帰って箱を開けたら、かなり割れていました」


「ああ……」


「道が悪いところを通ったのに、荷造りをいつもと同じにしてしまったんです」


「つまり、運んでる途中で?」


「はい」


 想像する。


 安く仕入れた大量の食器。


 街へ帰って。


 箱を開けて。


 割れている。


 きつい。


「どのくらい?」


「聞きます?」


「聞かない方がよさそうですね」


「そうしてください」


 かなりだったらしい。


「安く買えたことが嬉しくて、その後にかかる手間をちゃんと考えてなかったんです」


「運ぶところまで含めて仕入れだった、と」


「そうです」


 リディアは俺の皿を指した。


「たとえば、この料理が半額でも、家へ持ち帰る途中で半分こぼしたら安くないでしょう?」


「ものすごく分かりやすいですね」


「食事中なので」


「ただ、今それを例にされると急に皿を落としそうで怖くなります」


 リディアが笑う。


「ちゃんと持ってください」


「今日の教訓ですね」


「違います」


     ◇


「その失敗、オルドさんなら怒りそうですね」


「どうでしょう」


「知ってるんですか?」


「もちろんです。商売をしていれば、名前くらいは」


 やはり商人同士のつながりはあるらしい。


「でも、あの人なら『次は割れないように運べ』で終わりそうです」


「ちょっと分かります」


「ツカサさんも、オルドさんのところで働いたんですよね」


「倉庫と、この前は売り場を」


「解体場にも行って、素材も運んで……」


 リディアが改めて数える。


「本当に、この街のあちこちに行ってますね」


「仕事でですけどね」


「それでもですよ」


 俺は煮込みを一口食べる。


「最初は、仕事を見つけないとって思ってたんです」


「はい」


「身分証も必要だったし、宿代も食事代もかかるし」


 この街へ入った日のことを思い出す。


 何が普通なのかも分からなかった。


 硬貨の価値も。


 宿の相場も。


 冒険者ギルドがどんなところなのかも。


「今も、お金は必要ですけど」


「それはみんな必要です」


「ですよね」


「ツカサさんも、そこは同じでしょう?」


「かなり」


 二人で笑った。


「でも最近は、仕事を探す理由が少し変わった気がします」


「どう変わりました?」


 すぐには答えが出なかった。


 昨日のガンツ。


 今日のエルナ。


 武器屋で会ったカレン。


 オルド。


 マルタ。


 ベルク。


 ロイド。


 知っている顔が浮かぶ。


「この街のことを知りたい、が増えたのかもしれません」


「仕事をして?」


「はい。働くと、普通に歩いてるだけじゃ入らない場所へ行くので」


「それは分かります」


 リディアが頷く。


「商人も似ています。仕入れに行くと、その土地のことを覚えますから」


「だからローデ村にも詳しかったんですね」


「仕事で何度も行きましたから」


 仕事で知った場所。


 仕事で知った人。


 それが少しずつ、生活の一部になる。


     ◇


 食事を終え、店を出る。


「ごちそうさまでした」


「同じ物を食べただけなのに?」


「おすすめしてもらったので」


「では、どういたしまして」


 昼の通りは人が多い。


 リディアは午後から仕入れ先へ行くらしい。


 俺は特に次の予定を決めていない。


「ツカサさん」


「はい?」


「さっき、この街のことを知りたいって言ってましたよね」


「言いました」


「それなら今度、仕事じゃないところも見てみるといいですよ」


「仕事じゃないところ?」


「ずっと働いてばかりでしょう?」


 言われてみれば。


 働く。


 装備を買う。


 食べる。


 寝る。


 また働く。


「遊ぶ場所もあるんですか?」


「もちろん」


「この街に?」


「アルネスを何だと思ってるんですか」


「生活する場所?」


「間違ってはいませんけど」


 リディアが笑う。


「市場だって、買い物しなくても面白いですし。季節によって屋台も変わります。広場で演奏してる人もいますよ」


「知らなかった」


「ほら」


 少し得意そうだ。


「まだ知らないこと、いっぱいあるでしょう?」


「ありますね」


「仕事で知るのもいいですけど、それだけじゃもったいないですよ」


 なるほど。


 この世界で生活する。


 その中には、働くことだけじゃなく。


 楽しむことも入っている。


「じゃあ、今度教えてください」


 そう言ってから、少しだけ言い方を間違えた気がした。


 リディアがこちらを見る。


「私が?」


「詳しそうなので」


「仕事じゃなくても?」


「……嫌なら自分で探しますけど」


「嫌とは言ってません」


 少しだけ間があった。


「都合が合えば、案内しますよ」


「お願いします」


「はい」


 リディアはいつものように笑った。


「では、また」


「また」


 別れて、宿へ向かう。


 見慣れ始めた道を歩く。


 この角を曲がればギルド。


 もう少し行けば白鹿商会。


 あちらの通りには鉄鹿装具店。


 門へ向かう道も分かる。


 店の名前。


 人の顔。


 仕事のやり方。


 最初は何一つ知らなかった街に、知っているものが増えている。


 そして今日。


 仕事ではない、この街のことを教えてくれる約束まで増えた。


 アルネスはまだ、知らない街だ。


 でも。


 知らないだけの街では、もうなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。


仕事をするための街から、少しずつ「暮らしていく場所」へ。


働いて、人と知り合って、今度は仕事ではない時間の約束もできました。

ツカサにとって、アルネスの見え方も少しずつ変わってきています。


次回から、物語は次の章へ進みます。


本作はカクヨムにも掲載しています。

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