第19話 昨日の兄ちゃんでいい
翌朝、冒険者ギルドへ入ると、掲示板へ向かう前にエルナから呼び止められた。
「ツカサさん」
「おはようございます」
「おはようございます。今日はもう、お仕事決まってますよ」
「……俺が知らないうちに?」
「ガンツさんから伝言です」
なんとなく嫌な予感がした。
「なんて?」
エルナは手元の紙へ目を落とした。
「『昨日の兄ちゃん、街の道は分かるんだろ。だったらこいつ運ばせろ』だそうです」
「名前、覚えてないじゃないですか」
「昨日は呼んでませんでした?」
「仕事中は呼ばれてました」
「じゃあ、忘れたんでしょうか」
「一晩しか経ってないんですけど」
エルナが笑いをこらえている。
「それで、仕事は?」
「昨日処理した素材を、街の工房や店へ届ける仕事です。ガンツさんから、ツカサさんなら任せてもいいと言われています」
「『昨日の兄ちゃん』なのに?」
「そこ、気にしますね」
「名前は大事ですよ」
「でも、仕事ぶりは覚えてもらえてますよ」
それを言われると弱い。
エルナから依頼票を受け取る。
届け先は数か所。
昨日までなら知らない場所もあっただろうが、今は地名を見れば大体の位置が浮かぶ。
「受けます」
「ありがとうございます」
「ガンツさん、もう作業場に?」
「たぶん、とっくに」
昨日の様子を思い出す。
「ですよね」
◇
「遅えぞ!」
解体作業場へ入った瞬間、予想通りの声が飛んできた。
「依頼票に書いてある時間より前です!」
「俺はもっと前から働いてる!」
「それを基準にされたら勝てませんよ!」
「口動かしてねえで、こっち来い!」
昨日と何も変わっていない。
少し安心した。
ガンツの前には、すでにいくつもの包みと木箱が並べられていた。
「今日はこいつを運べ」
「聞いてます」
「革屋、加工場、武器屋。札と届け先は合わせてある」
箱を見る。
赤、白、青。
昨日一日で、少し見慣れた色だ。
「中身は確認しなくていいんですか?」
「する」
「するんですね」
「当たり前だろ。運んでから違ったじゃ話にならねえ」
ガンツが一つずつ蓋を開ける。
「これは皮。革屋」
「はい」
「こっちは角と骨。加工場」
「はい」
「これは武器屋」
「何が入ってるんです?」
「骨と牙」
「同じような物でも、行き先が違うんですね」
「使い道が違うからな」
ガンツは牙を一本持ち上げた。
「形がいいのは加工材に回る。欠けてるのは別だ。骨だって同じ。全部同じ値段になるわけじゃねえ」
昨日、皮を見分けていたときと同じだ。
「ガンツさんが分けるんですか?」
「俺らが分けて、使う奴がもう一回見る」
「二回見るんですね」
「こっちがいいと思っても、向こうが使えねえって言うこともある」
そこは専門が違うらしい。
「じゃあ、ガンツさんでも全部分かるわけじゃないんですね」
「当たり前だろ」
即答だった。
「俺は解体する側だ。武器作る奴のことまで全部分かるか」
「なんとなく、全部『見りゃ分かる』で済ませるのかと思ってました」
「お前、俺をなんだと思ってんだ」
昨日一日働いた感想をそのまま言っただけなのだが。
「まあいい。昨日、街ん中の仕事もいくつかやったって聞いた」
「誰からです?」
「ギルドの姉ちゃん」
エルナか。
「道分かるんだろ?」
「大体は」
「知らなきゃ聞け」
「そこはいつもやってます」
「だからお前にした」
ガンツはもう次の箱を確認している。
「勝手に分かったふりする奴に、売り物持たせたくねえからな」
昨日の仕事を、ちゃんと見ていたらしい。
「……それ、褒めてます?」
「褒めてるに決まってんだろ!」
ガンツにとっては、確認するまでもないことだったらしい。
◇
最初の届け先は革を扱う工房だった。
包みを見せると、職人は受取票を確認してから、その場で皮を広げた。
「お、今日はいいのが入ってるな」
「分かるんですか?」
「そりゃな」
返事までガンツに似ている。
職人は皮の表面を指でなぞった。
「傷が少ない。端もきれいだ」
昨日、ガンツが見ていたところと同じだった。
「毛並みも見るんですか?」
「物による。こいつなら見る」
「触ったときの硬さも?」
職人が俺を見る。
「兄ちゃん、解体場の人間か?」
「昨日だけ手伝いました」
「ああ。それでか」
職人は笑った。
「ガンツに教わったな?」
「教わったというか……質問したら、最後には教えてくれました」
「あいつの選別は間違いない」
職人は皮を畳み直した。
「ガンツが上に回したやつなら、大体そのまま使える」
昨日はただの皮にしか見えなかった。
今日は、それを待っている人がいる。
同じ物なのに、少し違って見えた。
◇
二件目は加工場。
角と骨を渡す。
そこでも職人は箱を開け、一つずつ状態を確認した。
「これは細工物に使えるな」
「何になるんです?」
「まだ決まってない。注文次第だ」
「最初から使い道が決まってるわけじゃないんですね」
「決まってる物もあるし、素材を見てから考える物もある」
角を持ち上げ、光に透かすように眺める。
「この辺は削っても厚みが残る。こういうのは使いやすい」
俺が昨日運んでいた物が、これから削られ、形を変えて、誰かが使う物になる。
ゲームなら、魔物を倒した瞬間に、
《素材を入手しました》
で終わる。
店へ売れば、
《売却しました》
でさらに終わる。
でも現実には、その間に人がいる。
倒す人。
運ぶ人。
解体する人。
選ぶ人。
加工する人。
そして、買う人。
アイコン一個にするには、少し人数が多い。
◇
三件目は武器屋だった。
扉を開けると、金属を打つ音が奥から響いていた。
「冒険者ギルドの解体場からです」
「おう、そこへ――」
店主らしい男が振り返る。
「いや待て。ガンツの荷物か?」
「はい」
「じゃあ床に置くな。そこの台へ」
「分かりました」
危なかった。
「ガンツさんからは『武器屋へ持ってけ』しか聞いてませんでした」
「だろうな」
店主はため息をついた。
「昔からあいつは説明が二つ三つ足りねえんだ」
「やっぱり昔からなんですね」
「腕は一流なんだがな」
「置き場所にも理由が?」
「床は湿気ることがある。骨や牙をそのまま置きたくない」
「なるほど」
「ガンツなら分かってる」
「俺は分からないんですけどね」
「そこまで考えて指示する男なら、若いのが苦労してねえよ」
そのとき。
「ツカサさん?」
聞き覚えのある声がした。
振り向く。
「カレンさん」
店の奥から出てきたのはカレンだった。
外仕事のときと同じ装備姿だが、今日はどこかへ出発するところではないらしい。
「ここで何をしてるんですか?」
「配達です」
「また荷物を?」
視線が俺の肩へ向く。
「今回は街の中です」
「そうですか」
わずかに安心したように見えた。
「肩は?」
「まだ少し。でも、肩当てを買いました」
荷袋の帯を見せる。
カレンが少し近づいて見る。
「前より幅がありますね」
「効果はありました。荷物が軽くなるわけじゃないですけど」
「それなら十分だと思います」
似たようなことを鉄鹿装具店でも言われた。
重さそのものは消えない。
でも、少し楽になる。
半日続けば、その少しは大きい。
「それより」
カレンが台の箱を見る。
「魔物の素材ですか?」
「骨と牙らしいです」
「らしい?」
「俺にはまだ見分けがつかないので」
店主が笑った。
「ガンツのところで手伝ってたらしいぞ」
「ガンツ?」
カレンが首を傾げる。
「ああ、知らんか。ギルドの解体場を仕切ってる親方だよ」
「名前は聞いたことがあります」
「仕事はできる。説明はできん」
「それ、褒めてます?」
俺が昨日と同じ質問をすると、店主は笑った。
「両方本当だ」
カレンも少し口元を緩めた。
「それで『らしい』なんですね」
「昨日は『そっち』『向こう』『見れば分かる』で一日終わりました」
「大変だったんですね」
「今日、店主さんから昔からそうだと聞いて安心しました」
「安心するところですか?」
「俺にだけ説明してくれないわけじゃなかったので」
「なるほど」
カレンは納得した。
そこは納得するらしい。
◇
店主が箱の中身を確認している間、カレンと少し話した。
「カレンさんは今日は?」
「装備の手入れをお願いしに来ました」
「自分でするんじゃないんですね」
「自分でできることはします。でも、分からないところまで触ると危ないので」
「カレンさんでも?」
「私でもです」
その答えに、少し笑ってしまった。
「何ですか?」
「いえ。俺も今、それを練習してるところなので」
「練習?」
「分からないことは分かる人に聞く」
カレンは少し考えた。
「前からしてませんでした?」
「そうですね」
「ローデ村でも、かなり聞かれました」
「迷惑でした?」
「いいえ」
即答だった。
「じゃあ次も聞きます」
「どうぞ」
「次があるんですか?」
「私は、また機会があればと言いました」
真顔だ。
「覚えてたんですね」
「言ったことは覚えています」
「俺もです」
「それなら問題ありませんね」
何が問題ないのかは、少し分からなかった。
ただ。
次に一緒に外へ出ることを、カレンは普通のこととして話している。
それは悪くなかった。
「兄ちゃん、確認終わったぞ」
店主に呼ばれる。
「はい」
受取票を受け取った。
「ガンツに言っとけ。次はもう少し長い骨があれば回してくれって」
「長い骨ですね」
「ああ。種類はあいつなら分かる」
また説明が一つ足りない気がする。
「何に使うか聞いても?」
「補強材だ。注文が入ってる」
「分かりました。それも伝えます」
目的まで聞いておけば、少なくとも俺は忘れにくい。
「じゃあ、カレンさん。また」
「はい。また」
店を出る直前。
「ツカサさん」
「はい?」
「今度は、前より荷物の背負い方も良くなってそうですね」
「肩当てだけじゃ駄目ですか?」
「それをちゃんと使えるように背負わないと意味がありません」
「……次も指導が入りそうですね」
「必要なら」
少し笑っていた。
たぶん。
◇
解体場へ戻ると、ガンツはまだ働いていた。
「戻りました」
「遅え!」
「三か所回ってきたんですよ!」
「分かってる!」
「じゃあ言わないでください!」
「で、問題あったか?」
切り替えが早い。
「全部受け取ってもらえました。革屋は状態がいいって言ってました」
「そうか」
「加工場も問題なし。武器屋からは、次に長めの骨があれば回してほしいそうです。補強材に使う注文が入ってるって」
そこで初めて、ガンツの手が止まった。
「長めか」
「種類はガンツさんなら分かるって」
「だったら最初からそう言え」
「今、最初からそれを言いましたよね?」
「そうか?」
「そうです」
若い衆が横で笑っている。
ガンツは気にせず、近くの札を一枚取った。
「次に入ったら分けとく」
「お願いします」
「あと?」
「以上です」
「よし!」
終わったらしい。
「ツカサ」
「はい」
「また配達あったら頼むぞ」
「俺でいいんですか?」
「昨日より説明しなくて済む」
「配達中はガンツさんの説明、ほとんど関係ないですけど」
「細けえことはいいんだよ!」
やっぱり褒め方が独特だった。
◇
ギルドへ戻り、エルナへ完了を報告する。
「お疲れさまでした」
「無事に全部届きました」
「よかったです」
受取票を確認しながら、エルナが言う。
「ガンツさん、ツカサさんならまた頼んでもいいそうですよ」
「もう本人から言われました」
「あ、そうなんですね」
「名前はまだ怪しいですけど」
「呼ばれてませんでした?」
「今日はずっとツカサでした」
「じゃあ覚えてるじゃないですか」
言われてみればそうだった。
朝の「昨日の兄ちゃん」は何だったんだ。
「……覚えてるなら最初から名前で頼んでほしいですね」
「照れくさかったんじゃないですか?」
「ガンツさんが?」
二人で少し考える。
「違いますね」
「違うと思います」
意見が一致した。
報酬を受け取り、硬貨をしまう。
昨日、自分が運んだ素材。
今日、それを待っている人たちのところへ届けた。
魔物を倒す冒険者だけで、この街が成り立っているわけではない。
解体する人がいて。
加工する人がいて。
使う人がいる。
その間を運ぶ仕事もある。
そして、その途中で知っている顔に会うこともある。
「じゃあ、また明日」
「はい。お疲れさまでした、ツカサさん」
ギルドを出る。
この街へ来たばかりのころより、歩く道が増えた。
仕事をした場所も増えた。
顔を知っている人も増えた。
昨日の兄ちゃん。
今日は、ちゃんとツカサと呼ばれていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
昨日はただの「魔物の素材」に見えていたものも、運ばれ、選ばれ、加工され、誰かが使う物になっていく。
そしてツカサ自身も少しずつ、「昨日の兄ちゃん」ではなく、名前で仕事を頼まれる側になってきました。
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