↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で、まずは仕事から。  作者: こやーん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/35

第19話 昨日の兄ちゃんでいい

 翌朝、冒険者ギルドへ入ると、掲示板へ向かう前にエルナから呼び止められた。


「ツカサさん」


「おはようございます」


「おはようございます。今日はもう、お仕事決まってますよ」


「……俺が知らないうちに?」


「ガンツさんから伝言です」


 なんとなく嫌な予感がした。


「なんて?」


 エルナは手元の紙へ目を落とした。


「『昨日の兄ちゃん、街の道は分かるんだろ。だったらこいつ運ばせろ』だそうです」


「名前、覚えてないじゃないですか」


「昨日は呼んでませんでした?」


「仕事中は呼ばれてました」


「じゃあ、忘れたんでしょうか」


「一晩しか経ってないんですけど」


 エルナが笑いをこらえている。


「それで、仕事は?」


「昨日処理した素材を、街の工房や店へ届ける仕事です。ガンツさんから、ツカサさんなら任せてもいいと言われています」


「『昨日の兄ちゃん』なのに?」


「そこ、気にしますね」


「名前は大事ですよ」


「でも、仕事ぶりは覚えてもらえてますよ」


 それを言われると弱い。


 エルナから依頼票を受け取る。


 届け先は数か所。


 昨日までなら知らない場所もあっただろうが、今は地名を見れば大体の位置が浮かぶ。


「受けます」


「ありがとうございます」


「ガンツさん、もう作業場に?」


「たぶん、とっくに」


 昨日の様子を思い出す。


「ですよね」


     ◇


「遅えぞ!」


 解体作業場へ入った瞬間、予想通りの声が飛んできた。


「依頼票に書いてある時間より前です!」


「俺はもっと前から働いてる!」


「それを基準にされたら勝てませんよ!」


「口動かしてねえで、こっち来い!」


 昨日と何も変わっていない。


 少し安心した。


 ガンツの前には、すでにいくつもの包みと木箱が並べられていた。


「今日はこいつを運べ」


「聞いてます」


「革屋、加工場、武器屋。札と届け先は合わせてある」


 箱を見る。


 赤、白、青。


 昨日一日で、少し見慣れた色だ。


「中身は確認しなくていいんですか?」


「する」


「するんですね」


「当たり前だろ。運んでから違ったじゃ話にならねえ」


 ガンツが一つずつ蓋を開ける。


「これは皮。革屋」


「はい」


「こっちは角と骨。加工場」


「はい」


「これは武器屋」


「何が入ってるんです?」


「骨と牙」


「同じような物でも、行き先が違うんですね」


「使い道が違うからな」


 ガンツは牙を一本持ち上げた。


「形がいいのは加工材に回る。欠けてるのは別だ。骨だって同じ。全部同じ値段になるわけじゃねえ」


 昨日、皮を見分けていたときと同じだ。


「ガンツさんが分けるんですか?」


「俺らが分けて、使う奴がもう一回見る」


「二回見るんですね」


「こっちがいいと思っても、向こうが使えねえって言うこともある」


 そこは専門が違うらしい。


「じゃあ、ガンツさんでも全部分かるわけじゃないんですね」


「当たり前だろ」


 即答だった。


「俺は解体する側だ。武器作る奴のことまで全部分かるか」


「なんとなく、全部『見りゃ分かる』で済ませるのかと思ってました」


「お前、俺をなんだと思ってんだ」


 昨日一日働いた感想をそのまま言っただけなのだが。


「まあいい。昨日、街ん中の仕事もいくつかやったって聞いた」


「誰からです?」


「ギルドの姉ちゃん」


 エルナか。


「道分かるんだろ?」


「大体は」


「知らなきゃ聞け」


「そこはいつもやってます」


「だからお前にした」


 ガンツはもう次の箱を確認している。


「勝手に分かったふりする奴に、売り物持たせたくねえからな」


 昨日の仕事を、ちゃんと見ていたらしい。


「……それ、褒めてます?」


「褒めてるに決まってんだろ!」


 ガンツにとっては、確認するまでもないことだったらしい。


     ◇


 最初の届け先は革を扱う工房だった。


 包みを見せると、職人は受取票を確認してから、その場で皮を広げた。


「お、今日はいいのが入ってるな」


「分かるんですか?」


「そりゃな」


 返事までガンツに似ている。


 職人は皮の表面を指でなぞった。


「傷が少ない。端もきれいだ」


 昨日、ガンツが見ていたところと同じだった。


「毛並みも見るんですか?」


「物による。こいつなら見る」


「触ったときの硬さも?」


 職人が俺を見る。


「兄ちゃん、解体場の人間か?」


「昨日だけ手伝いました」


「ああ。それでか」


 職人は笑った。


「ガンツに教わったな?」


「教わったというか……質問したら、最後には教えてくれました」


「あいつの選別は間違いない」


 職人は皮を畳み直した。


「ガンツが上に回したやつなら、大体そのまま使える」


 昨日はただの皮にしか見えなかった。


 今日は、それを待っている人がいる。


 同じ物なのに、少し違って見えた。


     ◇


 二件目は加工場。


 角と骨を渡す。


 そこでも職人は箱を開け、一つずつ状態を確認した。


「これは細工物に使えるな」


「何になるんです?」


「まだ決まってない。注文次第だ」


「最初から使い道が決まってるわけじゃないんですね」


「決まってる物もあるし、素材を見てから考える物もある」


 角を持ち上げ、光に透かすように眺める。


「この辺は削っても厚みが残る。こういうのは使いやすい」


 俺が昨日運んでいた物が、これから削られ、形を変えて、誰かが使う物になる。


 ゲームなら、魔物を倒した瞬間に、


 《素材を入手しました》


 で終わる。


 店へ売れば、


 《売却しました》


 でさらに終わる。


 でも現実には、その間に人がいる。


 倒す人。


 運ぶ人。


 解体する人。


 選ぶ人。


 加工する人。


 そして、買う人。


 アイコン一個にするには、少し人数が多い。


     ◇


 三件目は武器屋だった。


 扉を開けると、金属を打つ音が奥から響いていた。


「冒険者ギルドの解体場からです」


「おう、そこへ――」


 店主らしい男が振り返る。


「いや待て。ガンツの荷物か?」


「はい」


「じゃあ床に置くな。そこの台へ」


「分かりました」


 危なかった。


「ガンツさんからは『武器屋へ持ってけ』しか聞いてませんでした」


「だろうな」


 店主はため息をついた。


「昔からあいつは説明が二つ三つ足りねえんだ」


「やっぱり昔からなんですね」


「腕は一流なんだがな」


「置き場所にも理由が?」


「床は湿気ることがある。骨や牙をそのまま置きたくない」


「なるほど」


「ガンツなら分かってる」


「俺は分からないんですけどね」


「そこまで考えて指示する男なら、若いのが苦労してねえよ」


 そのとき。


「ツカサさん?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り向く。


「カレンさん」


 店の奥から出てきたのはカレンだった。


 外仕事のときと同じ装備姿だが、今日はどこかへ出発するところではないらしい。


「ここで何をしてるんですか?」


「配達です」


「また荷物を?」


 視線が俺の肩へ向く。


「今回は街の中です」


「そうですか」


 わずかに安心したように見えた。


「肩は?」


「まだ少し。でも、肩当てを買いました」


 荷袋の帯を見せる。


 カレンが少し近づいて見る。


「前より幅がありますね」


「効果はありました。荷物が軽くなるわけじゃないですけど」


「それなら十分だと思います」


 似たようなことを鉄鹿装具店でも言われた。


 重さそのものは消えない。


 でも、少し楽になる。


 半日続けば、その少しは大きい。


「それより」


 カレンが台の箱を見る。


「魔物の素材ですか?」


「骨と牙らしいです」


「らしい?」


「俺にはまだ見分けがつかないので」


 店主が笑った。


「ガンツのところで手伝ってたらしいぞ」


「ガンツ?」


 カレンが首を傾げる。


「ああ、知らんか。ギルドの解体場を仕切ってる親方だよ」


「名前は聞いたことがあります」


「仕事はできる。説明はできん」


「それ、褒めてます?」


 俺が昨日と同じ質問をすると、店主は笑った。


「両方本当だ」


 カレンも少し口元を緩めた。


「それで『らしい』なんですね」


「昨日は『そっち』『向こう』『見れば分かる』で一日終わりました」


「大変だったんですね」


「今日、店主さんから昔からそうだと聞いて安心しました」


「安心するところですか?」


「俺にだけ説明してくれないわけじゃなかったので」


「なるほど」


 カレンは納得した。


 そこは納得するらしい。


     ◇


 店主が箱の中身を確認している間、カレンと少し話した。


「カレンさんは今日は?」


「装備の手入れをお願いしに来ました」


「自分でするんじゃないんですね」


「自分でできることはします。でも、分からないところまで触ると危ないので」


「カレンさんでも?」


「私でもです」


 その答えに、少し笑ってしまった。


「何ですか?」


「いえ。俺も今、それを練習してるところなので」


「練習?」


「分からないことは分かる人に聞く」


 カレンは少し考えた。


「前からしてませんでした?」


「そうですね」


「ローデ村でも、かなり聞かれました」


「迷惑でした?」


「いいえ」


 即答だった。


「じゃあ次も聞きます」


「どうぞ」


「次があるんですか?」


「私は、また機会があればと言いました」


 真顔だ。


「覚えてたんですね」


「言ったことは覚えています」


「俺もです」


「それなら問題ありませんね」


 何が問題ないのかは、少し分からなかった。


 ただ。


 次に一緒に外へ出ることを、カレンは普通のこととして話している。


 それは悪くなかった。


「兄ちゃん、確認終わったぞ」


 店主に呼ばれる。


「はい」


 受取票を受け取った。


「ガンツに言っとけ。次はもう少し長い骨があれば回してくれって」


「長い骨ですね」


「ああ。種類はあいつなら分かる」


 また説明が一つ足りない気がする。


「何に使うか聞いても?」


「補強材だ。注文が入ってる」


「分かりました。それも伝えます」


 目的まで聞いておけば、少なくとも俺は忘れにくい。


「じゃあ、カレンさん。また」


「はい。また」


 店を出る直前。


「ツカサさん」


「はい?」


「今度は、前より荷物の背負い方も良くなってそうですね」


「肩当てだけじゃ駄目ですか?」


「それをちゃんと使えるように背負わないと意味がありません」


「……次も指導が入りそうですね」


「必要なら」


 少し笑っていた。


 たぶん。


     ◇


 解体場へ戻ると、ガンツはまだ働いていた。


「戻りました」


「遅え!」


「三か所回ってきたんですよ!」


「分かってる!」


「じゃあ言わないでください!」


「で、問題あったか?」


 切り替えが早い。


「全部受け取ってもらえました。革屋は状態がいいって言ってました」


「そうか」


「加工場も問題なし。武器屋からは、次に長めの骨があれば回してほしいそうです。補強材に使う注文が入ってるって」


 そこで初めて、ガンツの手が止まった。


「長めか」


「種類はガンツさんなら分かるって」


「だったら最初からそう言え」


「今、最初からそれを言いましたよね?」


「そうか?」


「そうです」


 若い衆が横で笑っている。


 ガンツは気にせず、近くの札を一枚取った。


「次に入ったら分けとく」


「お願いします」


「あと?」


「以上です」


「よし!」


 終わったらしい。


「ツカサ」


「はい」


「また配達あったら頼むぞ」


「俺でいいんですか?」


「昨日より説明しなくて済む」


「配達中はガンツさんの説明、ほとんど関係ないですけど」


「細けえことはいいんだよ!」


 やっぱり褒め方が独特だった。


     ◇


 ギルドへ戻り、エルナへ完了を報告する。


「お疲れさまでした」


「無事に全部届きました」


「よかったです」


 受取票を確認しながら、エルナが言う。


「ガンツさん、ツカサさんならまた頼んでもいいそうですよ」


「もう本人から言われました」


「あ、そうなんですね」


「名前はまだ怪しいですけど」


「呼ばれてませんでした?」


「今日はずっとツカサでした」


「じゃあ覚えてるじゃないですか」


 言われてみればそうだった。


 朝の「昨日の兄ちゃん」は何だったんだ。


「……覚えてるなら最初から名前で頼んでほしいですね」


「照れくさかったんじゃないですか?」


「ガンツさんが?」


 二人で少し考える。


「違いますね」


「違うと思います」


 意見が一致した。


 報酬を受け取り、硬貨をしまう。


 昨日、自分が運んだ素材。


 今日、それを待っている人たちのところへ届けた。


 魔物を倒す冒険者だけで、この街が成り立っているわけではない。


 解体する人がいて。


 加工する人がいて。


 使う人がいる。


 その間を運ぶ仕事もある。


 そして、その途中で知っている顔に会うこともある。


「じゃあ、また明日」


「はい。お疲れさまでした、ツカサさん」


 ギルドを出る。


 この街へ来たばかりのころより、歩く道が増えた。


 仕事をした場所も増えた。


 顔を知っている人も増えた。


 昨日の兄ちゃん。


 今日は、ちゃんとツカサと呼ばれていた。

お読みいただき、ありがとうございます。


昨日はただの「魔物の素材」に見えていたものも、運ばれ、選ばれ、加工され、誰かが使う物になっていく。


そしてツカサ自身も少しずつ、「昨日の兄ちゃん」ではなく、名前で仕事を頼まれる側になってきました。


本作はカクヨムにも掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。