第18話 見りゃ分かるだろ
冒険者ギルドへ入ると、俺はいつものように掲示板へ向かった。
「ツカサさん」
依頼票を一枚取ろうとしたところで呼ばれた。
振り向くと、受付のエルナがこちらを見ている。
「はい」
「まだ仕事、決めてませんよね?」
「今から選ぶところです」
「でしたら」
エルナは手元の紙を一枚持ち上げた。
「一つ、お願いしてもいいですか?」
「お願い?」
少し意外だった。
「どんな仕事ですか?」
「ギルドの解体作業場です」
「……解体」
思わず紙より先にエルナの顔を見る。
「大丈夫です。ツカサさんに魔物を切ってもらうわけじゃありません」
「それを聞いて安心しました」
「そんなに嫌そうな顔をしなくても」
「刃物を渡されて『今日からこれを』と言われるところまで想像しました」
「さすがにそこまで無茶な仕事は紹介しませんよ」
エルナが笑う。
「専門の職人さんがいます。お願いしたいのは、その補助です。素材の運搬や仕分け、空箱の準備、清掃ですね」
「それなら、できそうです」
「そう思って声をかけました」
エルナは依頼票を俺の前へ置いた。
「今日は持ち込みが多くて、人手が足りないんです。急な募集なので、普段の補助作業より報酬も少し上乗せされています」
「それはありがたいですね」
「そこだけ反応が早いですね」
「仕事内容を聞いてから喜んでるので、健全です」
「そういうことにしておきます」
エルナは小さく笑ってから、少し真面目な顔に戻った。
「それと、ツカサさんはこれまで、倉庫も配達も荷運びもやっていますよね。昨日は売り場の手伝いも」
「そうですね」
「依頼の記録を見ると、分からないことを勝手に進めない、と何度か書かれています」
「また仕事ぶりを読まれてる……」
「受付ですから」
「分かってはいるんですけど、慣れませんね」
「悪いことは書かれてませんよ」
「それはよかったです」
「解体場って、置き場所を間違えると困る物も多いんです。初めての人へ頼むなら、ツカサさんがいいかなと思って」
一瞬、返事が遅れた。
仕事を探しに来て、条件に合う依頼を紹介されたことはある。
でも今日は少し違う。
困っているから、手伝ってほしい。
その相手として、自分を思い出してもらったらしい。
「分かりました」
俺は依頼票を受け取った。
「やります」
「ありがとうございます。助かります」
エルナが、ほっとしたように息をついた。
「場所は裏手です。入口まで案内しますね」
「エルナさんが?」
「同じギルドですから。すぐそこですよ」
受付を出るエルナについて歩く。
今日の仕事は、自分で掲示板から選んだものではない。
誰かから頼まれた仕事だった。
それが少しだけ、嬉しかった。
◇
「……忙しそうですね」
「そうですね」
「では、頑張ってください」
「エルナさん?」
「私は受付がありますので」
「さっきまで頼もしかったのに」
「入口まで案内すると言いました」
確かに言った。
「ツカサさんなら大丈夫です」
「その言葉、こういうときに使うものですかね」
「たぶん」
エルナは笑って戻っていった。
入るしかない。
◇
中は、想像以上だった。
大きな作業台。
水の入った桶。
並べられた刃物。
吊るされた皮。
木箱に積まれた角や骨。
若い男たちが何人も、その間を忙しそうに動いている。
そして奥には、まだ処理途中らしい魔物の姿もあった。
異世界へ来た以上、いつか魔物の素材を見ることはあると思っていた。
ゲームなら、
《魔物の牙×3》
で済む。
現実の牙三本は、もっと生々しい。
当たり前だが、最初からきれいな袋に入ってはいなかった。
「おい、兄ちゃん!」
「はい!」
「そこで止まるな、邪魔だ!」
「すみません!」
慌てて壁際へ寄る。
声の主は、五十歳くらいの男だった。
短く刈った髪には白いものが混じり、腕まくりした前腕は太い。
腰にはいくつもの刃物。
その一本を使っている最中なのに、目は作業場全体を見ている。
「ギルドから来た手伝いか?」
「はい。ツカサと――」
「よし、そこの箱持ってこい!」
名前は最後まで聞いてもらえなかった。
「どの箱ですか?」
「そこだよ!」
指された先を見る。
三つある。
「三つあります」
「四角いやつ!」
全部四角い。
「……どれですか?」
「あ?」
男が俺を見る。
俺も見る。
「お前、初めてか?」
「今それを言おうとしてました」
「そうか! 悪かった!」
謝るのが早い。
「左端だ。青い札の箱!」
「これですね」
「そう、それ!」
箱を持っていく。
「ここですか?」
「そこじゃねえ、こっち!」
「どこです?」
「俺の横!」
「最初からそう言ってください!」
「細けえな兄ちゃん!」
笑われた。
どうやら、怒ってはいないらしい。
「親方、その人今日初めてなんすから!」
若い衆の一人が声を上げる。
「分かってるよ!」
「今知ったじゃないですか!」
「うるせえ! お前は手ぇ動かせ!」
なるほど。
俺にだけこうではないらしい。
◇
男の名前はガンツ。
この解体作業場を仕切っている親方だった。
教えてもらったのは、本人からではない。
若い衆からだった。
「ツカサ! そいつ向こう!」
「向こうのどこですか!」
「骨んとこ!」
「骨の箱、二つあります!」
「白い札!」
「分かりました!」
運ぶ。
「次、その桶!」
「赤いやつですね!」
「そうだ!」
少しずつ分かってきた。
ただ。
「それ寝かせんな!」
まだ突然、意味不明の指示が飛んでくる。
「これですか?」
「それ!」
「どうしてです?」
「汁が回る!」
「何の汁です?」
「今説明してる暇あるか! 立てろ!」
「はい!」
立てる。
少しして手が空いたところで、ガンツを捕まえた。
「さっきの、どうして寝かせたら駄目だったんですか?」
「さっきの?」
「汁が回るって言ってたやつです」
「ああ」
ガンツは一瞬だけ考えた。
「中に残ってるもんが片方に寄ると、傷みやすくなる」
「なるほど」
「だから立てる」
「それを最初に教えてもらえると助かります」
「見りゃ分かるだろ」
「分からないから聞いてるんですよ」
「面倒くせえな、お前!」
ガンツは笑いながら、次の作業へ戻っていった。
嫌われた感じはしない。
たぶん。
◇
昼前。
二枚の大きな皮が作業台へ並べられた。
見た目はほとんど同じだ。
ガンツは一目見て、
「右は上。左は下」
と言った。
「何が違うんですか?」
「見りゃ分かる」
「その答えは禁止にしません?」
「なんでだよ」
ガンツが皮を持ち上げる。
「ほら、ここ裂けてる」
「……本当だ」
端に小さな裂け目があった。
「こっちは毛並みも悪い。触ってみろ」
言われた通りに触れる。
右の方が柔らかい。
「違いますね」
「だろ?」
「でも、言われないと分かりませんでした」
「そりゃ慣れてねえからだ」
あっさり言われた。
「慣れれば分かるようになります?」
「毎日触ってりゃ嫌でもな」
「どのくらいで?」
「知らん」
「そこは感覚なんですね」
「仕事なんてそんなもんだろ」
そう言って、ガンツは二枚の皮を若い衆へ渡した。
「こっちは革屋。そっちは補修材の方!」
「はい!」
迷いがない。
ガンツは説明が上手い人ではない。
でも、判断が遅れたところは一度もなかった。
◇
午後、大きめの箱を運ぶ仕事が回ってきた。
「ツカサ! それ二人で持て!」
「一人じゃ無理ですか?」
「持てる持てねえじゃねえ! 落として傷つけたら値が下がる!」
「なるほど」
若い衆と一緒に持ち上げる。
肩へ重さが掛かる。
一昨日買った肩当てが、その下に入っている。
重い。
楽ではない。
ただ、帯が一点へ食い込む感じは前より弱かった。
「……おお」
「どうしたんすか?」
一緒に持っている若い男が聞く。
「肩当てを一昨日買ったんです」
「効いてます?」
「少し」
「よかったじゃないですか」
「銀貨二枚でした」
「じゃあ、効いてもらわないと困りますね」
「本当に」
「お前ら! 箱持ったまま話してんな!」
ガンツの声が飛ぶ。
「はい!」
「親方、ツカサさんが肩当て買ったらしいっすよ!」
「知らねえよ!」
「聞いてくださいよ!」
「置いてから話せ!」
もっともだった。
◇
その後も仕事は途切れなかった。
「親方、また来ました!」
「見りゃ分かる! 荷台の奥から降ろせ!」
「なんで奥から?」
「上の先に取ったら崩れるだろ!」
「あ、はい!」
「ツカサ、そいつ赤!」
「赤札の箱ですね!」
「おう!」
気づけば、ガンツの指示が最初より分かるようになっていた。
「そいつ向こう!」
手元を見る。
白い札。
細長い骨。
「白札の骨箱ですね」
「そうだ!」
運ぶ。
「分かってきたじゃねえか!」
「ガンツさんの『向こう』が何種類あるのか分かってきました」
「一個しかねえよ!」
「少なくとも三つありますよ」
近くの若い衆が吹き出した。
「親方、俺も最初そう思いました!」
「お前まで余計なこと言うな!」
「ほら、二人目ですよ!」
「全員手ぇ動かせ!」
怒鳴っている。
でも、誰も怯えてはいなかった。
ガンツ自身も、誰より動いている。
若い衆が間違えれば、その場ですぐ止める。
「そっち混ぜんな!」
「すみません!」
「謝る前にこっち移せ。次から気をつけろ!」
「はい!」
それで終わり。
後から蒸し返すこともない。
仕事ができる人間というのは、もっと考えて、慎重に、一つずつ判断するものだと思っていた。
ガンツは違う。
見て。
決めて。
もう動いている。
考えていないようにすら見える。
でも違うのだろう。
長い間同じ仕事を続けて、考えなければ分からなかったものが、考える前に分かるようになっている。
書店でもあった。
箱を持っただけで、
「これは雑誌だな」
と分かる人。
平台を見ただけで、
「明日これ足りなくなるぞ」
と言う人。
理由を聞くと、
「見れば分かる」
としか答えてくれない。
昔は、それが少しずるいと思っていた。
十八年経ったころには、自分も似たようなことを言っていたかもしれない。
「ツカサ!」
「はい!」
「ぼーっとすんな!」
「すみません!」
感心している場合ではなかった。
◇
夕方。
「よし! 今日はここまで!」
ガンツの声と同時に、若い衆の動きが変わった。
終わった。
と思ったら違った。
桶を片づける。
刃物を洗う。
作業台へ水を流す。
床を掃く。
「終わりじゃないんですか?」
「終わるから片づけんだろ!」
「それ、今日一番分かりやすい指示ですね」
「お前な!」
ガンツが笑う。
「ツカサ、そこ水流してくれ!」
「はい!」
言われた場所へ水を流す。
朝は、どこへ何を置けばいいのかも分からなかった。
今なら、空いた箱の場所くらいは分かる。
若い衆が運んできた箱を見て、通路から少しはみ出しているのが気になった。
「これ、こっちへ寄せますね」
「おう。その方が明日楽だ」
ガンツの返事が、今度はすぐ返ってきた。
片づけが終わるころには、外はだいぶ暗くなっていた。
「ツカサ」
帰ろうとしたところで呼ばれる。
「はい」
「明日も暇なら来い」
「また手伝いが必要なんですか?」
「必要ならギルドに出す」
ガンツは腰に手を当てた。
「今日みてえに、一から全部言わなくて済む奴が来た方が楽だからな」
「今日、全部言ってもらった覚えはないんですが」
「言っただろ!」
「半分くらい『そっち』でしたよ」
「通じるようになったんだからいいじゃねえか!」
そういう問題だろうか。
でも。
「機会があれば、また来ます」
「おう!」
ガンツはそれだけ言うと、
「おい! その桶そこじゃねえ!」
すぐ若い衆の方へ走っていった。
最後まで忙しい人だった。
◇
表へ戻ると、まだエルナが受付にいた。
「お疲れさまでした、ツカサさん」
「なんとか終わりました」
「どうでした?」
「『見れば分かる』と何度も言われました」
エルナが吹き出した。
「ああ、ガンツさんですね」
「有名なんですか?」
「初めての人には、だいたい言ってます」
「やっぱり」
「でも、仕事はすごいでしょう?」
「すごかったです」
そこは迷わず答えられた。
「俺には何を見て判断してるのか、ほとんど分かりませんでしたけど」
「長いですからね、あそこで働いて」
「説明する前に身体が動いてる感じでした」
「ツカサさんとは、ちょっと違うタイプですね」
「かなり違います」
俺は考えてから続けた。
「でも、勉強になりました」
「それなら、お願いしてよかったです」
エルナから報酬を受け取る。
「今日は急だったので、本当に助かりました」
「また困ってたら声かけてください」
言ってから、自分でも少し驚いた。
この街へ来たばかりのころは、自分の仕事を探すことで精いっぱいだった。
今は。
誰かが困っているなら、その仕事をやってみてもいいと思える。
知らないことばかりなのは変わらない。
でも今日、その知らない場所にも、一つ知っている顔が増えた。
ガンツ。
たぶん次に会っても、
「そいつ向こう!」
から始まるだろう。
今度は少しくらい、どの「向こう」か分かる気がした。
お読みいただき、ありがとうございます。
解体作業場で出会ったのは、「見りゃ分かる」が飛び交う現場を仕切る親方・ガンツ。
説明の仕方はツカサと正反対ですが、長年の経験から迷わず判断する現地のプロでした。
本作はカクヨムにも掲載しています。




