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異世界で、まずは仕事から。  作者: こやーん


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第16話 肩の形を覚える

肩は、昨日より痛かった。


 寝て起きれば軽くなっているだろうという見込みは、朝の最初の寝返りで消えた。腕を上げると、肩から背中にかけて、使った覚えのない場所まで文句を言ってくる。


「荷運びしたあとはね、次の日の方が痛いこともあるんだよ」


 朝の食堂で、マルタは俺の箸の上がり方を見ただけでそう言った。


「先に言っておいてほしかったです」


「言ったら休んだかい」


「……いえ」


「だろ」


 それで話は終わった。反論の余地がないのが、一番効く。


     ◇


 部屋へ戻り、ベッドの端に腰を下ろす。


 ――ノア。昨日の七項目、分類するぞ。


『基準を指定してください』


 ――次の仕事でも使うものと、今回限りのものに分けたい。


『確認します。道の情報、観察の手順、聞き取りの手順、荷の扱いは、次も使う側でよいですか』


 ――ああ。村の個別の話と精算の数字は、今回の側だ。


『分類しました』


 こういう作業は、ノアと相性がいい。俺が基準を決めて、ノアが仕分ける。書店の棚替えと同じだ。決めるまでが仕事で、そこから先は手を動かすだけ――いや、今回は手すら動かしていないが。


 仕分けを眺めていて、一つ気づいた。


 「荷の扱い」の項目に、カレンに教わった背負い方の記録がある。紐の締め方、荷の重心、休憩の取り方。全部次も使う側だ。


 つまり、荷を背負う仕事は、これからもある。


 つまり、この肩の痛みも、これからもある。


 教わった背負い方で、ましにはなった。それでも半日で肩をやられたのは、教わり方の問題ではなく、道具と俺の肩の問題だ。


 ――ノア。今日の予定を一つ追加してくれ。買い物だ。


『追加しました。購入予定の品はありますか』


 ――肩に食い込まない何か、だな。あるかどうかも含めて、店で聞く。


     ◇


 昼前の通りは、人の流れが緩やかだった。


 露店の呼び声。パンの匂い。荷車が石畳を鳴らして追い越していく。二日前まで、この景色は「早く仕事を探さなければならない街」だった。今日は少しだけ違って見える。


 腰の袋には、ローデ村への仕事で得た報酬が入っている。


 街中の仕事でも金は稼いだ。だが今回の金には、十八キロの重さと、まだ残っている肩の痛みがくっついている気がした。


 同じ銀貨のはずなのに、袋が少し重い。


 いい重さだった。肩と違って、これは痛くない。


 《鉄鹿装具店》の看板は、すぐに見つかった。


     ◇


「おう。この間の」


 店員は俺の顔を覚えていた。正確には、顔というより。


「靴、ちゃんと馴染ませてから行ったな。歩き方で分かる」


 足元を見て言われた。この街の人たちは、どうも人の歩き方ばかり見ている。


「それで、今日は何だ」


「配達の仕事で、十八キロを半日背負いました。荷の紐が肩に食い込んで、まだ痛みが残っています。ああいうのを、道具でましにできませんか」


「できる」


 店員は即答して、棚の奥から何かを取ってきた。


 革と厚布を重ねて縫った、掌より少し大きいくらいの帯だった。両端に革紐が付いている。


「肩当てだ。荷の紐でも背負い枠の帯でも、当たる場所に巻いて縛る。中に厚布が入ってるから、当たりが柔らかくなる」


 手に取ると、思ったよりしっかりしていた。表は革で、裏は起毛した布。紐が食い込んでいた場所を、これが受けてくれるわけか。


「細い紐が食い込むんですよね。前の仕事でも、本を詰めた鞄の紐が細いと、同じ重さでも肩が死にました。幅の広い帯の鞄は、ずいぶん楽だったのを覚えています」


「そういうことだ。重さは変わらん。受ける面が広がるだけだ」


 店員は先に釘を刺した。


「言っとくが、痛みが消えるわけじゃないぞ。荷が軽くなるわけでもない。食い込みと擦れが減って、前より少しましになる。それだけだ」


「十分です。その『少しまし』が半日続くわけですから」


「分かってるじゃないか」


 店員は肩当てを俺の肩へ当て、位置を直した。


「巻くときは、骨のてっぺんに載せるな。少し首側だ。てっぺんに載せると、歩くたびにずれる。あと、革は最初は硬い。当たりが出るまで、家で紐に巻いて手で揉んでおけ」


「当たりが出る、というのは」


「革がお前の肩の形を覚えるってことだ」


 値段は銀貨二枚だった。


 袋から銀貨を出して、数えて、渡す。ただそれだけのことに、妙な手応えがあった。


 ローデ村まで背負った十八キロ。その仕事で得た金の一部が、次に同じような仕事をするときの肩を守る道具に変わる。


 金がぐるりと回って、稼いだ場所へ戻っていくような感覚だった。


「使ってみて当たりが変わったら持ってこい。縫い直してやる」


 それが店員の、見送りの言葉だった。


     ◇


「ツカサさん」


 店を出たところで、声をかけられた。


 リディアだった。布の鞄を肩に掛けて、通りの向こうから歩いてくる。仕入れの帰りなのか、鞄はふくらんでいる。


「お買い物ですか」


「はい。これを」


 包みを開いて見せると、リディアは一目見て言った。


「あ、肩当てですね。買ったんですね」


「……分かります?」


「分かりますよ。荷物を背負う仕事してますから」


 リディアは当然のように言って、断ってから肩当てを手に取った。縁の縫い目を指でなぞり、革を軽く曲げ、裏の布を確かめる。手つきが完全に商人だった。


「縫いがしっかりしてます。革もいい厚みです。いい買い物だと思います。……たぶん」


「たぶん?」


「装具は専門外なので」リディアはあっさり白状した。「でも、荷紐まわりの道具は商人も使うので、そこは分かります」


「今回の配達で、肩をやられまして」


「でしょうね。歩き方が昨日、少し変でした」


 この街の人たちは、本当に人の歩き方ばかり見ている。


「でも、いい順番ですよ」リディアは肩当てを返しながら言った。「使ってみて、困って、それから買う。逆の人、多いんです。最初に道具だけ揃えて、使わない物にお金を眠らせちゃう人」


「耳が痛いような、痛くないような」


「ツカサさんは違うでしょう。……私は、そっち側でした」


「リディアさんが?」


「初めての仕入れの話、しましたっけ。荷崩れが怖かった話の、続きなんですけど」


 リディアは少し遠い目をした。


「安く売ってもらえる品があったんです。それで、安いから得だと思って、持てるだけ買いました。荷崩れしそうになりながら運んで――半分も売れないうちに、傷ませました」


「日持ちが」


「しない品でした。安かった理由も、たぶんそれです」リディアは苦笑いした。「安く買えば得、とは限らないんですよね。売れる速さと、置いておける日数も、値段のうちなので」


 ああ、と思った。


 それは、知っている痛みだった。


「書店でも、ありました。売れると思って多く仕入れた本ほど、残るんです。話題の本を山積みにして、話題が終わっても山だけ残ってる、というのを何度も」


「本も傷むんですか」


「傷むというか、古くなります。話題の本は特に、旬を過ぎると急に動かなくなるので」


「一緒ですね」リディアは少しうれしそうに言った。「扱う物は違っても、失敗の形は同じなんですね」


「同じですね。多すぎる仕入れは、運ぶ肩も、置く場所も、金も、全部痛める」


「それ、今日の肩当てにつながる話ですか」


「つなげたつもりはなかったんですが」


「つながってましたよ」


 リディアは笑って、それから、思い出したように付け足した。


「今のは、約束の前払いです。ちゃんとした失敗談は、もっとひどいのがあるので」


「もっとひどいのがあるんですか」


「あります。それはまた今度」


 じゃあ、と言って、リディアはふくらんだ鞄を揺すり上げ、歩いていった。


 もっとひどいのがあるのか。


 少し怖いような、聞きたいような話だった。


     ◇


 夜、部屋で肩当てを荷袋の紐に巻いてみた。


 店員に言われたとおり、位置は骨のてっぺんより少し首側。革紐を縛り、荷袋を持ち上げて、肩に載せる。


 中身が軽いので、正直、効果はよく分からなかった。


 分からなかったが、紐の細さが肩に立たない感じは、確かにあった。十八キロでどうなるかは、十八キロを背負ってみなければ分からない。


 ――ノア。持ち物に肩当てを追加してくれ。銀貨二枚。《鉄鹿装具店》で購入。


『追加しました。分類は装備でよいですか』


 ――装備だ。当たりが出たら、体の一部かもしれないが。


『装備として記録します』


 ――冗談なんだけどな。


『承知しました』


 肩当てを外し、机の上に置く。使い込まれていない革は、まだ他人の顔をしている。店員の言い方を借りるなら、こいつはまだ、俺の肩の形を覚えていない。


 覚えてもらうには、背負うしかない。


 明日はギルドへ顔を出して、掲示板を見てみよう。次にどんな仕事があるかは分からないが、荷を背負う仕事なら、こいつの出番だ。


 早く背負ってみたい、と思っている自分に気づいて、少し笑った。


 肩は、まだ痛いのに。

お読みいただき、ありがとうございます。


仕事で痛めた肩をきっかけに、次の仕事へ備える道具を手に入れたツカサ。


経験して、困って、それから必要なものを選ぶ。

少しずつ、この世界での働き方も形になってきました。


本作はカクヨムにも掲載しています。

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