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婚約破棄された悪役令嬢ですが、処刑台の上で敵国皇帝に求婚されました 〜私を捨てた王国は滅びかけていますが、もう知りません〜  作者: 碓氷さゆ


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第26話 再調査の始まり

 王宮の一角にある小会議室は、いつになく張り詰めていた。

 長机の上には、断罪事件に関する資料が並べられている。舞踏会当日の出席者名簿、王太子府の菓子の受け取り記録、ミリア付き侍女たちの証言書、聖堂修復費に関する報告書、そしてリリアーナ・エルフェルト本人の声明。

 どの書類にも、いまや軽く扱えない重みがあった。

 王太子が下した断罪。

 聖女候補が訴えた被害。

 公爵令嬢が求め続けた証拠。

 そのすべてを、王国は一度、処刑台で終わらせようとした。

 だが終わらなかった。

 リリアーナは生きている。

 皇国に保護され、自分の言葉を取り戻し、王国へ声明を返してきた。

 だから今、王国はようやく、見なかったものを見なければならなくなった。


 宰相エドガーは、重い沈黙の中で口を開いた。


「これより、リリアーナ・エルフェルト嬢に対する断罪裁定の再調査を開始する」


 同席しているのは、法務官、財務官マルセル、数名の記録官、そしてエルフェルト公爵ギルベルト。

 王太子アルヴィスの席も用意されているが、まだ空いている。

 その空席を見て、法務官がわずかに眉を寄せた。


「王太子殿下は」

「呼び出しは出している」


 宰相の声は硬かった。


「だが、先に進める。王太子殿下のご到着を待って、記録の保全が遅れるわけにはいかぬ」

「承知いたしました」


 記録官が羽根ペンを構える。

 宰相は最初の書類を手に取った。


「まず、階段からの突き落としについてだ。ミリア・ロゼット嬢は、卒業記念舞踏会の二日前、東回廊の階段でリリアーナ嬢に突き落とされたと証言している」

「はい」


 法務官が別の紙を差し出す。


「ミリア嬢付き侍女三名が、リリアーナ嬢が現場にいたと証言しております」

「時刻は」

「午後三時頃、と」

「その時刻、リリアーナは第三会議室にいた」


 ギルベルトが静かに言った。

 全員の視線が向く。

 ギルベルトは、娘の帳面と別の出席記録を机に置いた。


「神官長補佐、財務局担当官、王太子府記録官との面談記録がある。内容は聖堂修復費の再配分について。開始が午後二時半、終了が午後四時前。出席者三名の署名もある」

「確認を」


 宰相が命じる。

 記録官が書類を受け取り、法務官と共に目を通した。

 やがて法務官の顔色が変わる。


「……署名は正式なものです。王太子府記録官の印もあります」

「ならば、リリアーナ嬢が午後三時に東回廊でミリア嬢を突き落とすことは不可能だな」

「その可能性が高いかと」

「高い、ではない」


 ギルベルトの声が低くなった。


「不可能です」


 法務官は一瞬言葉に詰まり、深く頭を下げた。


「訂正いたします。不可能です」


 その一言が、部屋に重く落ちた。

 階段からの突き落とし。

 断罪の場で最も強く語られた罪の一つ。

 それが、最初の確認で崩れた。


 宰相は次の書類を取る。


「毒入り菓子について」

「ミリア嬢は、リリアーナ嬢から贈られた菓子を口にして体調を崩したと証言しております」

「菓子の現物は」

「……残っておりません」

「毒の種類は」

「診断書には、軽度の腹痛、吐き気、めまいとあります。毒物の特定はされておりません」

「毒入り菓子による殺害未遂、と断じるには弱すぎるな」


 宰相の声に、法務官は返答できなかった。

 マルセルが、財務局から取り寄せた王太子府の納品記録を広げる。


「菓子は王太子府の厨房で用意されたものです。リリアーナ様個人からの贈り物ではありません」

「何だと」

「王太子殿下主催の小茶会用の菓子です。菓子職人の納品記録、厨房の受け取り記録が残っています。リリアーナ様は当日、茶会の席次と予算確認に関わっておられましたが、菓子そのものに触れた記録はありません」

「ミリア嬢へ運んだ者は」

「ミリア様付きの侍女です」


 その場が、また静まり返った。

 法務官が証言書をめくる。


「しかし侍女は、リリアーナ嬢からの贈り物だと聞いたと」

「誰から聞いた」

「……そこが曖昧です。証言では、リリアーナ様がそう仰ったとミリア様から聞いた、と」

「本人が聞いたのではないのか」


 宰相の声が冷たくなる。


「はい」

「では、毒入り菓子の件も、リリアーナ嬢が菓子を用意した証拠はない。毒物の特定もなく、現物もなく、証言は伝聞に過ぎない」

「その通りです」


 記録官が、震える手で書き留める。

 ギルベルトは、奥歯を噛みしめていた。

 こんなものを根拠に。

 娘は、処刑台へ立たされたのか。


 宰相は、次の資料へ手を伸ばした。


「聖堂不敬について」

「こちらは神殿側からの訴えです。リリアーナ嬢が聖堂修復計画に口を出し、神官長補佐に無礼な指摘をしたと」

「実際の記録は」


 マルセルが、リリアーナの帳面と財務局の写しを机へ置いた。


「リリアーナ様は、第三聖堂の外壁装飾費よりも北部支部と王都正面聖堂の結界石点検を優先すべきだと進言されています。また、修復費の一部が用途不明になっている点を指摘しています」

「用途不明金」

「はい。財務局でも確認中ですが、神殿への支出の一部に不自然な流れがあります」

「神殿はそれを不敬としたのか」

「おそらくは」


 宰相は目を閉じた。

 聖堂不敬。

 その実態は、神殿の不正、あるいは少なくとも不透明な支出への指摘だった可能性がある。

 しかも、昨日の聖女認定式で結界石は実際に亀裂を生じた。

 リリアーナの指摘は、正しかった。


「……ここまで来ると、断罪ではなく口封じだな」


 宰相の呟きに、部屋の空気が凍った。

 誰も否定できなかった。


 その時、扉が乱暴に開いた。


「何を勝手に進めている!」


 アルヴィスだった。

 顔色は悪く、目元には疲れが滲んでいる。それでも王太子としての威を保とうと、彼は背筋を伸ばしている。

 宰相は立ち上がらなかった。


「殿下。再調査委員会はすでに開始しております」

「私は王太子だ。私抜きで進めるなど」

「殿下の裁定に関する再調査です。殿下は調査される側でもあります」


 アルヴィスの顔が強張った。


「私を疑うのか」

「事実を確認しております」

「リリアーナの言葉を信じるのか」

「信じる、信じないの問題ではありません」


 宰相は静かに言った。


「証拠を確認しているのです」


 その言葉に、アルヴィスは息を呑む。

 それは、かつてリリアーナが何度も求めたものだった。


「殿下」


 ギルベルトが口を開いた。

 アルヴィスの視線が鋭く向く。


「エルフェルト公。貴殿まで私を責めるのか」

「私は、娘を守れなかった責任を負うつもりです」

「ならば黙っていろ! あの女は、王国を捨てて皇国へ」

「王国が先に捨てたのです」


 ギルベルトの声は静かだった。

 だが、部屋の空気を切るほど鋭かった。


「殿下が婚約を破棄し、罪を着せ、処刑台に立たせた。私も止めなかった。王国が、リリアーナを捨てたのです」


 アルヴィスは言葉を失った。

 ギルベルトは続ける。


「娘は戻らないと声明で告げました。それは当然です」

「当然だと?」

「はい」


 ギルベルトは、まっすぐにアルヴィスを見た。


「処刑されかけた相手のもとへ、なぜ戻らねばならないのですか」


 誰も何も言えなかった。

 それはあまりにも単純で、あまりにも当然の問いだった。

 そして、王国の誰もが避けていた問いだった。


 アルヴィスの唇が震える。


「私は……ミリアを守ろうとしただけだ」

「そのために、リリアーナの言葉を聞かなかった」

「ミリアは傷ついていた!」

「リリアーナも傷ついていました」


 ギルベルトの声が、わずかに震えた。


「手首に拘束具の痕を残し、処刑台に立たされ、民衆の前で悪女と罵られた。娘も傷ついていたのです」


 アルヴィスは、反射的に言い返そうとした。

 だが言葉が出ない。

 脳裏に、処刑台のリリアーナの姿が浮かぶ。

 あの時の彼女は、確かに青白かった。

 それでも背筋を伸ばし、最後まで無実を訴えていた。

 自分はその声を聞かなかった。


 宰相が低く告げる。


「殿下。階段からの突き落としについて、リリアーナ嬢には明確な不在証明があります」

「……何?」

「毒入り菓子についても、リリアーナ嬢が用意した証拠はありません。菓子は王太子府の厨房で用意されたものです。聖堂不敬については、神殿支出と結界石点検に関する正当な指摘であった可能性が高い」

「そんなはずは」


 アルヴィスは、机に並ぶ資料を見た。

 どれも、ただの言い訳ではない。

 署名。

 記録。

 納品書。

 証言の矛盾。

 今まで見ようとしなかったものが、そこに積み上がっている。


「ミリアは……」

「ミリア嬢への聞き取りも行う」

「やめろ」

「できません」

「彼女を責めるな!」


 アルヴィスが叫ぶ。

 宰相の目が冷たくなる。


「殿下。ここでなお、ミリア嬢だけを守ろうとなさるのですか」

「私は」

「リリアーナ嬢は、殿下の婚約者でした」


 その一言に、アルヴィスの表情が歪んだ。


「違う。もう違う」

「確かに、殿下は婚約破棄を宣言なさいました。ですが、少なくともあの日までは、彼女は殿下の婚約者であり、未来の王太子妃候補でした」

「……」

「その彼女を、殿下は証拠も不十分なまま断罪した」


 宰相は、はっきりと言った。


「この責任は、避けられません」


 アルヴィスは、椅子の背を掴んだ。

 立っているのがやっとだった。

 責任。

 その言葉が、重くのしかかる。

 王太子として。

 男として。

 かつてリリアーナの婚約者だった者として。

 自分は、何をしたのか。


 その頃、神殿ではミリアへの聞き取りの準備が進められていた。

 控え室で待たされているミリアは、青ざめた顔で両手を握りしめている。

 昨日まで自分を取り囲んでいた神官や侍女たちは、今日はどこか距離がある。

 誰も、以前のように無条件で慰めてくれない。


「ミリア様」


 若い神官が入ってくる。

 その手には証言書の束があった。


「これより、階段からの転落、毒入り菓子、聖堂での件について確認を行います」

「確認って……私は被害者です」

「はい。ですが、証言にいくつか不一致がございます」

「不一致?」


 ミリアの声が尖った。

 若い神官は一瞬ひるむが、すぐに続ける。


「階段から落ちたとされる時刻、リリアーナ様は第三会議室にいた記録がございます」

「そんなの、間違いです」

「出席者の署名があります」

「署名なんて、あとからどうにでも」

「王太子府記録官の印もございます」


 ミリアの唇が震えた。

 なぜ。

 どうして今さらそんな記録が出てくるのか。

 リリアーナは悪役令嬢なのに。

 悪役令嬢なら、みんなに疑われて、誰にも信じられずに消えるはずなのに。


「毒入り菓子についても確認します。ミリア様は、菓子がリリアーナ様からの贈り物だとおっしゃいました」

「そう聞きました」

「誰から」

「……侍女から」

「侍女は、ミリア様から聞いたと証言しています」

「そんな」


 ミリアの顔が強張る。

 若い神官の目が、少しだけ冷たくなる。


「どちらが先にそう言ったのですか」

「覚えていません」

「覚えていない?」

「怖かったんです! 体調が悪くなって、リリアーナ様にずっと意地悪されていたから、きっとそうだと思って」


 涙が出る。

 これは得意だった。

 涙を浮かべれば、誰かが言葉を止めてくれる。

 可哀想だと、これ以上聞くのは酷だと言ってくれる。

 しかし若い神官は、ペンを止めなかった。


「つまり、リリアーナ様が毒入り菓子を贈った場面を直接確認したわけではないのですね」

「……」

「ミリア様」

「分かりません」


 ミリアは顔を覆った。


「分からないんです。怖くて、苦しくて、でも皆がリリアーナ様だって言うから」

「皆、とは誰です」

「……」


 言えなかった。

 だって、最初にそう思ったのは自分だ。

 リリアーナが悪いと思った。

 そうであってほしいと思った。

 そうでなければ、自分はただ王太子に守られる理由を失ってしまうから。


「もう嫌……」


 ミリアは小さく呟いた。


「どうして、全部リリアーナ様の味方になるの……」


 その言葉を、若い神官は聞き逃さなかった。

 記録官のペンが、静かに紙を走る。


 一方、国境砦では、リリアーナがオルガに付き添われて廊下を歩いていた。

 ずっと部屋にいると気が滅入るだろうと、オルガが短い散歩を提案したのだ。

 砦の廊下は広く、壁には黒狼の紋章が刻まれた旗が掛けられている。窓からは訓練場が見え、騎士たちが槍や剣の稽古をしていた。

 王国の宮殿とは違う音。

 金の装飾や楽師の音色ではなく、剣戟と号令。

 それでも、不思議と怖くはなかった。


「少し、お顔色がよくなりましたね」


 オルガが言う。

 リリアーナは自分の頬に触れた。


「そうでしょうか」

「はい。最初に砦へ来られた時は、今にも倒れそうでした」

「ご心配をおかけしました」

「心配はかけるものです」


 さらりと言われ、リリアーナは瞬きをした。


「そうなのですか」

「少なくとも、まったく心配させないように振る舞われるよりは健全です」

「王国では、心配をかけないようにと言われていました」

「王国では、でしょう」


 オルガは静かに言った。


「ここでは違います」

「……はい」


 リリアーナは頷いた。

 ここでは違う。

 その言葉を、何度も受け取っている。

 それでも時折、王国で身についた癖が顔を出す。

 心配をかけてはいけない。

 弱音を吐いてはいけない。

 役に立たなければならない。

 けれど、そのたびに誰かが止めてくれる。

 カイゼルが。

 クララが。

 オルガが。

 それは、リリアーナが少しずつ変わるための手すりのようだった。


 訓練場の近くを通った時、騎士の一人がリリアーナに気づき、礼をした。


「リリアーナ様」


 他の騎士たちも動きを止め、次々と頭を下げる。

 リリアーナは少し戸惑った。


「あの、訓練中に申し訳ありません」

「いえ。先日の魔物襲撃の際は、星の光で我々を助けていただきました」

「私は、少しだけ」

「その少しに救われました」


 騎士は真剣に言った。

 リリアーナは言葉に詰まる。

 王国では、自分の働きは当然だった。

 感謝されることは少なかった。

 まして、自分が誰かを救ったと言われることなど。


「……お役に立てたのなら、よかったです」


 そう言うと、オルガが隣でそっと目を細めた。

 リリアーナは慌てて言い直す。


「いいえ、違いますね。私が、そうしたかったのです」

「リリアーナ様?」


 騎士が不思議そうにする。

 リリアーナは少しだけ微笑んだ。


「助けられたのなら、嬉しいです」


 騎士たちの表情が和らいだ。

 その中の一人が、勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございます」

「こちらこそ」


 リリアーナも軽く礼を返す。

 それは、公爵令嬢としての完璧な礼ではなく、自然な感謝の返礼だった。


 歩き出してから、オルガが言った。


「今の言い直しは、とてもよろしかったです」

「そうですか」

「はい。役に立ったかどうかではなく、ご自身がどう思ったかを口にされました」

「……少し、恥ずかしいです」

「慣れます」

「慣れるでしょうか」

「慣れていただきます」


 その言い方があまりにもきっぱりしていて、リリアーナは小さく笑った。


 その頃、カイゼルは執務室で王国からの再調査報告を読んでいた。

 ラウルが向かいに立ち、腕を組んでいる。


「階段の件は崩れましたね」

「ああ」

「毒入り菓子も、かなり怪しい。聖堂不敬は、むしろ神殿の不正疑惑」

「予想より早い」

「リリアーナ様の声明が効いています。王国側で、あれを無視できる人間が減った」


 ラウルは軽く肩をすくめた。


「それにしても、リリアーナ様は本当に記録を残しておられたんですね」

「彼女らしい」

「ええ。悪女というより、優秀すぎる監査官ですよ」

「王国はその監査官を処刑しようとした」

「致命的ですね」


 カイゼルは報告書を机に置いた。

 金色の瞳が冷たく光る。


「次は神殿が動く」

「声明を皇国の圧力と言い出しているようです」

「ならば、リリアーナ本人の筆跡、魔術師の記録、古文書写しを出す」

「それでも認めなければ?」

「神殿が星霜の加護へ干渉しようとした証拠を突きつける」

「かなり追い詰めますね」

「まだ足りない」


 カイゼルの声は低かった。


「リリアーナは処刑台に立たされた。王国は、それに見合う責任をまだ取っていない」

「陛下、怒っています?」

「当然だ」


 ラウルは少しだけ笑った。

 だが、すぐに表情を引き締める。


「神殿が焦れば、直接的な手に出る可能性があります。リリアーナ様の身柄を狙うか、星飾りを狙うか」

「警備は」

「増やしています。オルガ殿の周囲、クララ嬢の周囲も」

「よし」

「ただ、リリアーナ様は、守られすぎると自分のせいだと思われるかもしれません」

「……分かっている」


 カイゼルは眉間に皺を寄せた。

 守りたい。

 しかし、囲い込めば王国と同じになる。

 それを彼は学び始めていた。

 面倒だと思う。

 戦場で敵を斬る方がよほど簡単だ。

 だが、リリアーナに関してだけは、簡単な道を選ぶわけにはいかなかった。


「説明する」

「それがよろしいかと」


 ラウルは頷いた。


「それと、陛下」

「何だ」

「リリアーナ様、少し笑うようになりましたね」

「……そうか」

「ええ。先ほど訓練場で騎士たちと話しておられました。最初の頃より、ずっと自然に」

「そうか」


 カイゼルの声は変わらなかった。

 だがラウルは見逃さない。

 彼の目元が、ほんのわずかに緩んだことを。


「嬉しそうですね」

「ラウル」

「はい、黙ります」


 即座に口を閉じる。

 しかし、顔は笑っていた。


 その日の夜、王国の再調査委員会では、最初の中間報告がまとめられた。

 階段の件。

 毒入り菓子の件。

 聖堂不敬の件。

 いずれも、リリアーナの有罪を裏付ける証拠は不十分。

 むしろ、複数の証言や記録に矛盾がある。

 処刑命令は正式に停止。

 断罪裁定は再審対象。

 ミリア・ロゼットおよび関係侍女への追加聴取。

 王国神殿への記録開示要求。

 王太子アルヴィスへの裁定経緯の聴取。


 その報告書が国王の執務室へ届けられた時、グランベルク王国国王エルネストは長い沈黙の後、深く息を吐いた。


「……王国は、何を裁いたのだ」


 誰も答えられなかった。

 答えは、まだ出ていない。

 だが一つだけ、もう明らかになりつつあった。

 王国は、悪役令嬢を裁いたのではない。


 王国自身の愚かさを、処刑台へ立たせていたのだ。

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