54話 再び
気がつけば、村の端にある、小川をまたぐ橋の下に居た。
湿気で少しジメジメしていて、カビのような匂いがする。
気分の高揚がまだ収まらない。
心臓の音が脳にまで響いている。
「何だって言うんだよ」
口から溢れるのは、悪態だけで、気持ちがさらに沈んでいく。
「ありきたりな言葉になってしまいますけど……気にしないでください、わたしが居ますから」
何処かで聞いたことのあるような言葉だ。
ああ、そうだ、昨日、俺がティアに掛けた言葉だ。
確かにありきたりだ。
「うん、ありがとう……」
膝に顔を埋めたまま、ケット・シーの言葉に返事をする。
俺はこんな所で何をしているんだろうか。
あの場から逃げ出す必要があったのだろうか。
良く良く考えると、変な行動だったような気がする。
けれど、実際、今は誰の顔も見たくない。
誰の言葉も聞きたくない。
思いっきり叫んで、このまま川に飛び込んでしまいたい。
飛び込んだ所で、びしょ濡れになるだけだろうけど。
だって、水底はすぐそこに見えて、飛び込んだ勢いの余り、足を骨折してしまいそうなほどに浅い。
「魔力の流れをゆっくりさせるイメージで操ると、落ち着くと思いますよ」
ケット・シーに言われた通り、体内魔力の流れがゆっくりなるよう操作する。
確かに、さっきよりか落ち着いた気がする。
俺って、本当化け物じみてるな。
「あーあ、こんなんじゃ、皆の所に戻り辛いじゃ無いか」
「恥ずかしい限りですねえ。まるで青春の1ページでしたよ。さあ、このまま夕日に向かって走り出すのです! 明日の希望のために! 主様の次回作に期待させてくださいよ!」
「まだ、真っ昼間だし。次回作とか、もう一回転生させる気なの?」
今は、ケット・シーの皮肉が心地よい。
気分が少しばかりか軽くなる。
「どうやって、戻ったものかね。いっその事、このままどっかに消えてしまう?」
「私は良いですけどね。別にこの場所、未練なんて有っても無いというものです」
「ケット・シーはそうだよな」
どうしたものか。
食材でも買って食事でも用意して待ってようか。
それで良いような気がするな。
だって、あの場所を離れたのって、気分が悪くなったってのが理由だしな。
他人から見たら、大した事では無いか。
食材、何が残ってたっけな。
チュイロのが余ってたな。
そろそろ使わないと、傷んで使いものにならないしな。
出汁が足りないから、物足りない感じになるだろうけど、ラタトゥイユでも作ろうか。
ビッグラビットの肉はひき肉にして、ハンバーグにしてみよう。
そう言えば、こっちに来てから一度も作ってないな。
盲点だった。
ひと工夫加えるなら、キッシュ形式で試してみたいけど……
生地を用意するのが少し億劫だな。
でも良いか、試しに作ってみよう。
「主様! 反応ありです! 例の奴等らです!」
奴等? あ、あの獣みたいのか。
「こちら側に、すごい勢いで近づいて来ています! この勢いだと、村の中へ入って来ます!」
なんで今。
しかも村へ。
本当、何でだろう。
「どこに向かってるの?」
なぜだかとても冷静な自分に驚いた。
さっき、魔力の流れを落ち着かせたからだろうか。
「このまま直進すると……さっきの丘の方角です!」
丘。
さっきまで俺が居た場所だ。
そして、今、恐らく皆が居る場所だ。
俺は胸がざわつくのを感じながらも、体内魔力を活性化し、両足を急かし
て丘へ向かった
◇
そこには奴等がいた。
獣のようだけれど獣ではない。
日本の足でしっかりと直立している、人間のような獣。
彼奴等だ。
自分が今、気が立っているのが分かる。
初めて、明確な殺意を相手に向けているかもしれない。
「セリニス、なんで来たの!?」
ティアが、悲痛の叫びの様な声を上げる。
お互い臨戦態勢で、今にも飛びかかりそうな勢いを感じる。
「困ったさ。さっき一度使ってしまったから、次の発動までもう少しかかりそうさ……!」
カイルが言うと、なぜか軽い問題の様に聞こえてしまうのだが、その表情から察するのであれば、焦燥の極限といった様で、冷や汗が溢れ出ているのが分かる。
「わたし一人じゃ無理よ! イオは、前線に出すわけにはいかないし……」
この場で、まともに前線で、戦えそうなのは、良く分からない男と、アニーだろうか。
しかし、アニーは中衛よりの戦力だ。
カイルやティアの様に、最前線で戦えるような力を持っていないはずだ。
「一応、体術は練習してるけど……こんな相手、無理よ!」
魔力の渦を感じる。
一度、感じた事がある、激しい魔力の渦。
怒り狂ったように、この場の空気が乱れれる。
「アイリス、止めろ! この一帯が、使い物にならなくなる!」
少しばかり、乱れた空気と魔力が収まった。
「何で」
そう言ったアイリスの表情はとても険しく、怒りに満ちている。
「あいつら、許さない」
ふたたび、場の魔力が乱れる。
「アイリス、僕、この場所、お気に入りなんだ」
ふっと、場の乱れが収まった。
アイリスはこちらを見て、困ったよう表情をした。
俺がカタをつける。
この、命と引き換えにしたとしても。
今度は間違えない、本当の全力で彼奴等を仕留めてやる。
体内の魔力が、激しく揺れ動いているのを感じた。
今にも、弾けてしまいそうなほど、膨れ上がっている。
(主様! いけません! それ以上は体が――)
構わない。
俺がどうなろうと、この場にいる友人たちは守ってみせる。
活性しかした魔力のせいなのか、周りの、様々な気配が、より鮮明に感じられる。
「おい」
男が視界に入った瞬間、こちらを一瞥して、一瞬、顔を顰めたのが分かった。
「使って見せろ。お前が危険な存在では無いと、有用さを示して見せろ」
男は懐をまさぐり、何かを取り出した。
指先に引っかかっているソレを、弾くように、こちらへ飛ばしてきた。
先程の鎖のような腕輪とは違う物が、飛んでくる。
それは、小さく、輪っか状になっていて、手に収まった瞬間、見た目とは異なる質量で驚き、落としてしまう所だった。
「それ、誰も使えた試しが無いんだけどな。使えそうなのが、それしかねえ」
男は獣の方を睨みつけながら、話し続ける。
「そいつは、ひと癖あるらしくてな、属性は――」
男は、冷たく、俺を突き放すように言い放つ。
「闇だ」
ままならないものですな




