55話 闇属性
上等だ。
俺は渡された輪っか状の物を、指輪を人差し指にはめる。
体内で波打っている、今にも暴れだそうな魔力を、力ずくで押さえ込み、禍々しくきらめいている指輪を付けている方の腕へ集める。
そして、一気に流し込んだ。
その指輪のような物は、膨張して、武器のような形に――ならなかった。
指輪は、溶けるように崩れた。
溶けてしまった指輪だったものが、黒く、燃えるように揺らめき、俺の指に纏わりついている。
その纏わりつくものは、体内魔力を、勝手に吸い取っているようだった。
気に食わなくて、一瞬魔力を引っ込めようとしたら、揺らめきが小さくなってゆき、消えてしまいそうな気がして、あわてて再び魔力を供給する。
揺らめきに魔力を注いだら、思ってた以上に大きくなってしまい、慌てて魔力を引っ込める。
炎と同じ様な性質を持っているのだろう。
魔力を燃料として状態を保っていると考えて良さそうだ。
けれど、だから何だって言うんだ。
こんな物、一体どこが武器なんだろうか。
(主様!)
ケット・シーが警告をすると同時に、背後から敵意が襲ってきたのが分かった。
振り返ると、剣を振るおうと構えている、イヌ型の獣が見える。
俺を目掛けて、迫ってくる剣をの視界の隅で捕らえた。
剣で防ごうと考えたのだが、俺の手には、防ぐための剣が無い事に気付き、咄嗟に手で防ごうとして、後悔した。
俺の手が、切り離されてしまう。
剣が、俺の手に当たるだろう距離まで迫っているのが、視界の隅に映る。
剣を振り抜いた獣の動作を見て、俺は切り飛ばされたであろう腕を探してしまった。
落ちていたら、拾おうと思った俺がいるのに気づき、何をしているんだと自分自身を心の中で笑ってしまう。
しかし、地面に落ちていたのは、獣が振るった、剣の切っ先の部分だった。
今さっき、起きた事を思い出した。
有り得ない事が目の前で起こったから勘違いか何かかと思ったんだ。
刃と俺の手が交わる瞬間の、一瞬の出来事だった。
獣が振るった剣の中程の部分と、俺の手が触れた瞬間の事だった。
俺の手と、獣の剣が触れ合った場所、その部分だけが掻き消えた。
正確には、俺の手に纏わりついている、黒く揺らめく何かが触れた部分を喰ったように見えた。
信じられない現象が起こり、ただ、混乱してしまっていた。
獣が再びが俺を襲おうとしているようだ。
先ほどとはうって変わって、殺意とも呼べそうなほどの気迫で。
俺は、周りで起こる一つ一つの動きが手に取るように分かる状況に困惑しながらも、獣が繰り出す蹴りに備える。
揺らめきを纏っている方の手で受け止めようとしたのだけれど、先程の現象が気になってしまって躊躇う。
受け止められるのか、出来るのかが不安だったが、とっさに逆の手を構えたら、すんなり受け止められてしまって、何がなんだか分からなかった。
しかし、このままでは防戦一方になりそうだ。
獣の足を受け止めたまま、軽く地面を蹴り飛び上がった。
そして、宙に浮いている状態で、腰を捻り、回し蹴りで獣の胴体を狙う。
「少しでもダメージが通ってくれれば良いのだが」と考えながら振った足は、獣を通り越し、簡単に振りぬけた。
獣ではなく、スポンジを蹴ったかのような感覚だった。
ふと目線を上げると、獣が吹き飛んでいく様子が視界に映る。
少しして、吹き飛ばした獣が地面に着き、地面を滑っていった。
俺はその様子を不思議に眺めているだけだった。
(そうだ、止めを刺さないと)
自分が持っていた剣を構えて、地面を蹴った。
あっという間に獣との距離が縮まる。
ちらっと、もう一匹の獣がこちらに迫ってきていたのが見えた。
まずはこっちを相手にしよう。
横から迫ってきている獣めがけて、力を込めて剣を振るった。
獣は、俺の剣を受け止めようと盾を構えている。
しまった、剣での攻撃は悪手だった。
弾かれてでもしたら、隙きができてしまう。
しかし、今更攻撃手段を変えることが出来ない。
次の手、まず、距離を取って――嘘だ、信じられない。
眼の前で、俺の剣が敵の盾を叩き砕いた。
そのまま「返す刃で獣を」と思い、剣を振り払う。
しかし、手応えが一切感じられない。
そして、獣へ、何か傷を負わせられた訳でも無いことに気がついた。
おかしく思い、持つ剣を確認したら、刀身が無くなっていた。
こっちは、揺らめきに喰われたわけではない、砕けたようだ。
剣の半身が、宙を舞っているのに気がついたから、そう理解した。
獣が、もう片方の手で持つ剣で、突き刺すように攻撃して来た。
こっちはどう対処すれば良いのか知っている。だって、前例があるから。
その場から消えるように、揺らめきに喰われた獣の剣は、空振りに終わり、獣はそのままつんのめるようにバランスを崩した。
どう見ても隙だらけだったから、持っていた柄だけの剣を投げ捨て、獣の腹に、思いっきり拳を振り抜いた。
獣は、苦しそうな声を吐いた後、膝を折って、地面に蹲った。
こっちの獣には、それほど恨みはない。
けど、もう片方。
イヌ型の獣に対しては、どうしても感情的になってしまう。
正直、殺してしまいたい。
生物に試すのは、怖いけど、今は手頃の武器を持っていない。
辺りを見渡しても、とくに良さそうなものが見当たらない。
今の俺は、揺らめきしか持っていない。
半分意識を失って倒れている、イヌ型の方へ近寄る。
立ち上がれないようである、そいつを見下ろした。
問題は何処を、”これ”で掴むかだ。
頭はグロいよな……心臓あたりで良いか。
落ちている物を拾うかの様に、目的の物を狙って、手近づける。
「グゴッ――止めてくれないか!」
不思議に思い、声がした方を見た。
そこには、苦痛で表情を歪める、カメ型の獣が居た。
変だな、そいつしか居ないようだけど、なんでそっちから声がするんだろう?
俺は可怪しくなってしまったんだろう。
この状況が、それを証明している。
気を取り直して、イヌ型へ止めを刺そう。
再び、揺らめきを構える。
背後から、何かが駆け寄ってくるのに気が付き、咄嗟に振り返って揺らめきを構えようとして、あわてて止めた。
俺の体に衝撃を感じる。
親近感を覚える匂い。
最近近くで感じたことのある匂い。
ティアだ。
「やめて……!」
と言っても、こいつらを放っておく訳には――
俺は、振り返って獣の方を見る。
「もう、十分だから」
そうなのだろうか。
こいつらは、わざわざここまで来た。
次から、襲ってこないとは限らない。
「すまない。許してもらえないだろうか」
先程聞いた声だ。
声がする方を見ると、やっぱり、カメ型の獣が居る。
「何で?」
不思議でたまらない。
(あ、こいつらが発する言語群を見つけられたので、翻訳出来るようになりました!)
何を言っているんだ、この化け猫。
(以上! ご報告申し上げます!)
ビシッと敬礼している。格好いい。
しかし、なぜ、今なんだ。
「もやが消えた、良かった――」
涙目のティアが抱きついている。
「目が、まだ黒い……」
少しばかり、恐怖が混じった目でこちらを見ているティアを不思議に思い、首をかしげた。
「もう、大丈夫――って、ずっと何もなかったんだけどな……」
「嘘。だって、黒い何かが憑いてて……」
ちらっとケット・シーを見る。
(ほんの少し混ざったみたいですけど、問題ないでしょう)
混ざる? 何の事か全く分からない。
「おい、本当に何ともないのか?」
「え。あ、はい。ずっと普通ですけど」
「まだ大丈夫なのか……」
含みのある言葉だな。
「俺達は、探し物がしていただけだ。もう、ここへは来ない。見逃してくてないか」
ああー……
言葉が分かるようになったのは良いけど、返事が出来そうに無いんだけど。
困ったな。
目だけ、獣の方を見ていると、剣を抜いた音がした。
男が剣を構えているのが分かった。
「さて、どうするか」
男は、少しずつ獣の方へにじみよって行く。
殺すのか。あいつらを。
言葉が分かるようになって、急に、敵意というか、殺意を向けられなくなった。
痛めつけたから、気分がスッキリしてしまった事も、ひとつの理由な気がする。
(こいつらと、話、出来る?)
(念話の応用で可能でしょう。声に魔力を込めながら、理解できる言葉を乗せるイメージです)
(……難しくない?)
いきなり、そんな事ができる気がしないし、この状況で獣と話すのって、怪しまれることこの上無い。
「こ、殺すの……?」
「それも、有りだな」
「でも……」
「逃しちまうと、また襲われるかもしれないんだぞ。この前は、運が良く助かったが、次は無い。最悪死んじまうんだぞ」
ティアは目を伏せ、眉をしかませている。
迷っているようだ。
男が言っている正論は理解しているが、気持ちの整理がついていないといった所か。
「あの」
「なんだ?」
「実力的には、僕が倒せるだろうし、責任は持つんで今回は逃せば良いかと……」
「また、あれが出来るのか?」
「きっと出来るかと……次があったら、僕が、方を付けます」
「……そうか。助けてやらないからな。肝に銘じとけ」
「はい」
ティアは、安心したように息を吐いている。
「師匠、僕らも気を回すさ。セリニス、変だと思ったら、すぐギルドに報告するのさ」
「うん、ありがとう」
男は、抜いた剣を鞘に収めて、かるくため息を吐いた。
カメ型の方が、安心したような表情をした。
そうだ、こいつらをどうするか。
少し話をしてみたい。
みんなに居られたら、話が出来無い。
なんで、こんな辺鄙な場所に来たのか。
俺達を狙っているような行動を取るのか。
「ええっと、こいつらは僕が最後まで見るから、みんな先に帰ってくれると――」
「僕らも、一緒に見届けるさ」
「人質を取られたら、さすがにね、万が一って事が――倒すのが難しくなるだろうし」
「万が一って言ったらセリニスも危ないじゃない、なおさら、私達も一緒に居たほうが良いでしょ?」
「そ、そうだけど、ほら、さっき僕が言ってた責任を果たすという意思を示すためにもさ」
イオは胡乱な目つきで、こちらを睨みつけている。
そんな目で見ないでくれ。
「大丈夫なの?」
すぐ隣で声がした。
ティアはまだ、ひしっとしがみついている。
「だ、大丈夫だよ」
すごく近い。
昔から一緒にいることが多いく、馴染んでいると言っても、気まずく無い訳ではない。
しかも、こんな目が多い場所だとなおさら
「先に帰っててよ。大丈夫だから」
ティアを両手で引き剥がしてなだめる。
「ここは男を立てると所なのさ! そう! 僕は気が利く男――いてぃ」
カイルはアニーに頭を叩かれている。
「引き上げるぞ。そいつは、セリニスに任せる」
「え、でも。まだ、危ないよ……セリニスが心配だから」
「セリニスが、同処理するのが気になる。そいつらも、戦意はなさそうだしな」
「ティア、大丈夫。任せて」
「なら良いけど……」
しぶしぶだが、納得してくれた様だ。
「じゃあ、セリニス。後は任せたさ」
「うん。任せて」
皆、少し不安そうな表情ながらも、引き上げて行った。
さて、この獣達をどうするか。
冷静に話が出来れば良いのだが。




