41話 アイリスがいる朝食
いつの間にか、長い間話し込んでしまっていたようだ。
そろそろ戻って、朝食の支度をしないと。
きっと、アイリスと仲良くしたいだろうティアが、朝食の支度を手伝いに来るだろう。
そう思い、家路を急ぐ。
「あ、ケット・シー。かわいこぶっても俺には通用しないからね」
「うっ……」
ケット・シーは絶望したような声を出した。
力が抜けたようで、俺の頭の上でぺたんとしょぼくれていた。
正直、かわいこぶられると許してしまいそうになるのが本音だが、前もって忠告する事で、事故を未然に防ぐのだ。
家の前まで来ると、兄さんが庭に出てきているのが分かった。
俺が持っている剣を見ると、むっとした表情で小走り気味に近寄ってきて、剣を返せと俺に手を差し出してきた。
そう言えば、兄さんの剣を借りていたんだったと思い出し、気まずく思ったが、謝りながら返すと、まぁいいさと許してくれた。
兄さんは朝食が出来るまで、外で訓練をするらしい。
俺に負けてなるものかと意気込んでいたが、俺はすでに剣術では敵わないだろうと思いながらも、心の中で頑張れと兄さんを応援し、見送った。
俺は、朝食を作るために台所へと向かった。
アイリスは俺の様子が気になるようで、台所の入り口から顔を半分だけだして、キッチンを覗いている。
気になるのであれば入れば良いのにと思ったが、ここの生活に慣れていないだろうから、無駄に心労を与えるのは良く無いだろうと思って、そっとしておく事にした。
しかし、ちらちらと視界に入る為かなり気になる。
その上、無表情だから、真顔でこちらをみているのがシュールで面白いから笑いそうになる。
勘弁してほしい。
ま、興味があるみたいだし、そのうち声を掛けてくるだろう、その時まで待とうと思い放置する。
玄関を開ける音がして、誰かがぱたぱたとこちらに向かって来ているのが分かった。
この足音は、たぶんティアだろう。
「う? アイリスは何してるの?」
やはりティアだった。
台所の入り口を見ると、野菜が入ったカゴを腕に下げているティアが、小首を傾げながら不思議そうにアイリスを見ていた。
アイリスは体勢を変えず、じとっとした目でティアへ顔を向けたけど、言葉を発する気配はない。
「ふふ。おはよう、アイリス」
「……おはよう」
小さくはあったが、アイリスは返事を返しており、その様子を見たティアは、にこっと笑っている。
その様子がとてもほほえましく、俺はついついにやけてしまう。
しかし、仲良くなるまでは、もう少し時間が必要そうだな。
アイリスとティアには仲良くしてほしいから、お互いに少しずつ歩み寄ってほしいな。
さて、今日のメニューは何にしようか。
といっても朝食はいつも通り、パンとサラダとゆで卵だ。
「じゃあ、ティア。サラダお願いしていい? 僕はパンを焼いて、卵茹でるよ」
「わかったー」
パンは村のパン屋で買っている。
前日に買ったものだから出来たてではないのだが、焼けば十分美味しく仕上がる。
それに、職人の腕が良くパンの品質が良いからなのか、保存に気をつければ、1,2日置いても大丈夫だ。
このパンは、日本にいた頃よく食べていた、甘みを感じやすい白いふわふわのパンとは違い、けっこう固い。
しかし、良く噛んで食べるから満腹感を感じられるし、噛めば噛むほど旨味を感じるから結構気に入っている。
サラダは、農業を営んでいる夫婦から貰った野菜で作っている。
卵、これも同じく貰ったものだ。
ビッグラビットを狩った際に、余った肉を譲っていたらお礼にと貰っているものだ。
ビッグラビットは毎日狩っているわけではなく、2,3日に1度、多く狩れたら場合に譲る程度なのだが、それなのに、ほぼ毎日タダで貰っている。
毎回、タダで貰うのは悪いと伝えたのだが、子供は食べてなんぼだと、押し切られてしまった。
心苦しく感じているのだが、正直とても有り難いので、貰えるものは貰えるうちに貰おうって決めた。
だって、スーパー、コンビニとか無いから、食材を手に入れるのも一苦労なんだもの。
さて、一通り朝食の準備が終わったので、今朝は街で手に入れたコーヒー豆らしきものを試そう。
豆を取り出し、麻袋に放り込んで、麻袋の口をぎゅっとしばって、金槌を用意する。
そして、振りかぶった金槌を麻袋めがけて振り下ろす。
がんがんと何度か叩きつけた所で、豆の様子を見るために袋を覗き込んだ。
ふわっと、豆の豊かな香りがして、思わず顔がニヤけてしまう。
粒の大きさは不揃いではあったが、ほどよい大きさに砕けていた、この位でいいと袋から取り出した。
次はお湯の準備だ。
一度沸騰させた後、湯の中の泡が小さくなる程度になるよう、火を弱めてお湯の温度を調節する。
沸騰したお湯は良く無いって聞いたことがある。
そして、準備したお湯に、さきほど砕いた豆を放り込んだ。
砕けた豆がお湯の中でふわっと踊り、じわっとお湯が豆の色に染まってゆく。
このくらいかなと、黒く染まったお湯を見て火を止める。
あとは、豆が沈殿したら、上澄みだけすくい取ってポットに入れるだけだ。
コーヒーを飲むのにも一苦労である。
コーヒーミルなどの道具があれば便利なんだが、そんな物は無いし、このコーヒーっぽいものを飲む人も少ないようで、淹れ方もよく分からなかった。
完全に我流ではあるものの、なんとか形にはなって一安心だ。
コーヒーの香りに、うっとりとしていたら、気になったのであろうティアが近づいてきた。
「なんかいい匂いするー」
顎に人差し指を添えながら、俺が淹れているコーヒーを不思議そうに覗き込んでいる。
興味があるようだ。
「飲んでみる?」
「うんっ」
「じゃあ準備するよ。もう朝食できるし、みんな呼ぼうか」
「はーい」
俺が朝食を配膳している間に、ティアに呼ばれた皆が食卓についた。
今日は何をしようかと皆と話しながら、食事をする。
「サラダ美味しいね、ドレッシングがいつもと違うのかな?」
「ふふふー。昨日お母さんと一緒に作ったんだ。サバーナの実を混ぜてみたんだよっ」
サバーナとはオレンジに近い果実だ。
サバーナ甘みと酸味が、サラダととても良く合っている。
そんな話を聞きながら、アイリスの方を見た。
俺達が作った朝食はお気に召しただろうか。
魔力以外の事に関しては、表情がほとんど変わらないから感情が読み取りにくい。
食事をしている今も表情に変化がないから、どのように思っているのか良く分からない。
手を休めること無く、もしゃもしゃと食べているから、嫌いでは無いと思うのだが。
そんな事を考えながら、コーヒを啜る。
うん、思った以上に上手く淹れる事が出来たと思う。
確実にインスタンスの物より美味しいと思う。
俺は、俺を褒めてあげよう。頑張ったぞ俺。
うんうんと頷きながらコーヒーを啜っていたら、ティアがコーヒーに口をつける所が目に入った。
「けっこう美味しいねー、これ好きかも」
ティアはイケる口なんだろう。
カップを両手で持っているティアは、目を細めながらふぅっと息をついている。
分かる分かる、緊張がほぐれてリラックス出来るよね。
「なんだそれ」
「コーヒーだよ。ちょっと苦めのお茶みたいなものかな?」
へぇーっと言いながら、俺が飲んでいるコーヒーをじっと見つめている。
兄さんも興味があるのだろうか。
「試しに、兄さんも飲んでみる?」
「そうだな」
兄さんのカップにこぽこぽとコーヒーを注いでいたら、目線を感じた。
顔を上げると、こちらを凝視しているアイリスと目があった。
こぼしてはいけないと、再度、注いでいるカップに目を戻して注いでいる間も、ずっと目線を感じる。
注ぎ終わったので、コーヒーが入っているポットを元の位置に戻した。
アイリスはコーヒーが入っているポットをじっと見つめている。
「アイリスもいる?」
そう俺が聞いたら、アイリスは小さく頷いた。
アイリスのカップにも、コーヒーを注いであげる。
「苦い……これ、美味しいか?」
兄さんは苦手なようだ。
眉を寄せて、手に持っているカップを訝しげに見つめている。
「そう? 甘みを感じるくらいだよー」
「甘み? そんなことないぞ」
「わたしの家で出てくるお茶よりか、全然苦くなくて、渋くないもん」
え、コーヒーより苦くて渋いお茶?
コーヒーを好んで飲んでいる俺が言うのも何だが、コーヒーを上回る苦味で、かつ渋味がある飲み物とか飲みたいとは思わないな。
あ、そうか。兄さんが今感じてる事が、今俺が考えていることなのかも。
「好き嫌いが分かれるからね」
俺は、無理しなくていいよと兄さんに言って、コーヒーが残っているカップを受け取った。
さて、アイリスはどうだろう。
見た目大人のアイリスは、スマートに飲んでいる所が容易に想像できる。
喫茶店でコーヒー片手に読書とかしそうだもんな、と考えながらアイリスへと目を向けると、ちょうどカップに口を付けている所だった。
ちびちびっとコーヒーを飲んだあと、テーブルの上にカップを戻した後、無表情でコーヒーを見た。
「うわっ、不味っ」
そう言いった瞬間にしかめっ面になり、この世の飲み物ではないと語っている目でコーヒー見ている。
っく……予想が外れた。
しかし、基本表情が変わらないアイリスが、ここまでの表情を変えるって、コーヒは、アイリスの口によほど合わないんだろう。
「うん……好き嫌いがあるからね」
そりゃ人には好き嫌いがあるけどさ、そんな顔されるとさ、なんかさ、悲しい気持ちになるよ?
あからさまに拒否反応を起こしているアイリスに、少しショックを受けてつつもコーヒーも受け取り、今俺の手元にあるコーヒーが注いである3つカップを呆然と見つめる。
「大丈夫だよ? わたしは気に入ってるよ?」
「う、うん。なんかありがとう」
ティアの優しさで、すこしばかり元気を取り戻すことが出来た。
ここまで読んで貰った上に、ブックマークも貰えて心より感謝しております。
なんと言いますか、もうちょっと読める文章に出来ればと思っております……




