40話 お説教
俺たちは、家まで声が届かない、人が通らない場所へ移動する事にした。
アイリスや兄さんだったり、ティアや近所の人に、ケット・シーと俺が話している所を見られてはいけない。
念話で話せば良いのだけど、どうしても難しくもある。
雑談程度であれば、剣術の稽古をしながらでも念和でコミュニケーションと取る事は出来るのだけど、真剣な話をするために考えながら話すとなると、意識をケット・シーに向けなければならないから、どうしても動きがぎくしゃくしてしまう。というか、ほとんど動かなくなる。
それに、念話中は周りに悟られないように、ポーカーフェイスを崩す訳にいかないからすごく疲れる。
ケット・シーと、真剣に念話している様子を他人に見られたら……想像しただけでも震える
庭で呆然と立ち尽くしている不思議男子が、ある一点を、無表情でただただ見つめ続けているのだから。
そんなやべぇやつと立ち会ったら、俺だったら恐怖に恐れ慄いて、変なやつ認定を下すだろう。
アイリスに可哀想な変な子って思われてしまう。
兄さんやティアにもどう思われるのか。
あ、あの二人からは既に、変なやつって思われてるから良いか。良くないけど。
ケット・シーの場合は、何かしら琴線に触れる話題になったら、うっかり声を出してしまうと思う。
と言うか、前科一犯だ。さっき声出してたし。
いや、覚えていないだけで、もっとあったかもしれない。もっと自重してほしいものだ。
どこだか忘れたけど、3度目の有罪判決が下されたら終身刑になる国だってあるんだ。
なんだったかな、確か野球の用語に近かった気がするんだけど。
ストライクだかボールだか、そんな名前だったような。
まぁいいさ。そんな事より話を進めなければ。
家から大分離れており、周りにはこれといって何も無い原っぱだから問題ないだろう。
ケット・シーにも、人の気配がしたらすぐ伝えるように言ったし、大丈夫だと思う。
さて、尋問始めようじゃないか。
俺は、そこに胡座を掻いてケット・シーをじろっと見つめた。
「さっきの事だけど」
「にゃーん。にゃんのことにゃのわからないのにゃ」
猫招きの動作で、ぶりっ子ポーズをしているケット・シーがとてもかわいい。
もう許してしまって良いのではなかろうか。そうだ、許すべきなんだろう!
いや、俺は何を考えているんだ。
ケット・シーに俺は心を奪われかけたが俺は、自分に活を入れ、正気を取り戻す。
油断していた。うっかり許してしまう所であった。
油断も隙もあったものではない。
先程の事を無かったことにすることは出来ないのだ。
「そんなポーズで俺を誤魔化せると思ったら大間違いだ」
誤魔化される寸前だったんだけどね。
ケット・シーはガーンとショックを受けた表情になっているが、あの程度で誤魔化せると思ってたのだろうか。俺はそこまでちょろい男ではないぞ。
誤魔化される寸前だったんだけど。
「俺に嘘をついて騙そうとしたよね」
「騙すという表現は違うと思います! 主様以外に、魂の魔力を渡したらどうなるか気になっただけです!」
そう言って、可愛くぷりぷりと怒ったように俺を見て訴えかけている。
しかし、俺はそんな可愛く訴えかけられた所で、簡単に誤魔化されてはいけないのだ。
油断したらすぐボロを出すケット・シーには、ゴツンと釘を刺さねばならないだろう。
しかし、気になったからって人間で試そうとか、どこのマッドサイエンティストだよ。
「アイリスに何かあったらどうするつもりだったんだ
?」
ケット・シーはうむぅっとむくれている。
説教するのは好きではないのだが、強めに言っておかないと、迷惑被るのは俺だ。
そのうち、適当な誤魔化しでは済ま無くなるに違いない。
「それは、大丈夫かなぁと思いまして」
「大丈夫かなって……」
とても、申し訳なさそうに言っているのは分かる。
それなりに反省しているのだろう。
ねちねち言うのは俺が疲れるから、簡単に済ませたい。
「何かする前、思うことがあったら全部俺に話してくれよ、今までは誤魔化せたけど、今後どうなるか分からないし」
「ごめんなさい……」
ケット・シーは反省したようで、悲しげな表情をしながら、項垂れている。
さて、話を変えよう。
アイリスが変わったことを言っていた。
ケット・シーに確認したい事がある。
「アイリスが、何かの気配を感じるって言ってたんだけど、あれって魔物の気配だよね。森の方を見てたし」
ケット・シーはうーんと唸って、森の方を見ている。
「そうですねぇ。恐らくそうだと思いますよ。森の方には人の気配は無いですしね」
やはり、魔物の気配とみて間違い無いだろう。
俺が以前、ビッグラビットの魂の魔力を受け取った時は、特に変わった様子もなく、魔物の気配を感じるようになる事は無かった。
魔力の操作に慣れてきたけど、魔物や、人の気配を感じ取れるような兆候は全く感じない。
今後も変わらず、魔物を探す時にはケット・シーセンサーに頼るしか無いだろう。
「本当、不思議ですね。魂の魔力を体内に吸い取る事が既におかしくて、魔物の気配を感じるなんてなおさらおかしいです。普通の人間ではありえません」
「ありえない? 言い切れるほど?」
「はい。魔物の気配や、人の気配を感じる事、それって別の言い方をすれば、体のから溢れ出す魔力だったり、魂から溢れ出してる魔力の気配を感じ取る事が出来るという事です」
ケット・シーが言うには、生物はみな魔力を持っており、大小あるが、その魔力は常に身体から溢れ出ているそうだ。
ケット・シーはその魔力を感じ取って、生物がどこに居るだとかが分かるらしい。
ケット・シーがありえないと言うほど珍しい事なんだろう。
ここ最近の色々な人と出会ってきたけど、魔法を使え事すら珍しいしように感じる。
その上、魔力を操作する事に慣れている俺ですら、遠くの魔力を感知する事が出来ない時点で、ありえないと言われるくらい珍しい事なんだろうって事は、なんとなく分かる。
「まぁ、主様も訓練すれば出来ると思うんですけどね。方法は分かりませんけど」
出来るの?
けど方法が分からないって。それって、出来るとは言わないのではないのだろうか。適当だな。
「森の方、あれだけ遠くまで感じ取るのは、わたし達と同じ種類の存在くらいしかいないと思うんで」
「ケット・シーと同じ種類の存在って?」
「えぇ。この世界では神獣と言われたり、妖精と言われたり様々ですね。そんな存在の事です」
以前聞いたような言葉、神獣。
神話や、おとぎ話に出てくる存在。
普通の人間には認知出来ない、感じ取ることの出来ない存在だ。
見える事は特別であると言えるのだけど、それと同時に見えてはいけない存在らしい。
ある国によっては必要以上に崇められる存在であったり、ある国によっては忌避され、疎まれ、排除される存在でったりする。そう父親に教わった。
変わった存在が見えることを、一概に喜んで良いわけでは無いようだ。
「はぁ……だとしたら、アイリスは神獣や妖精と同じ類の存在って事なのかな」
「同じとは言え無いでしょうけどね。気配は完全に人間と同じですし」
そう言いながら、難しい顔をしているケット・シーは、俺の頭に乗っかって、ふぅっと息を吐いた。
「空中に浮き続けるのって、ちょっと疲れるんですよね」
そうなんだ。魔力を使い続けているからかな。
「そんな感じで、主様みたいに魔力を操ったり、わたしみたいに気配を感じ取れたりするほどに、魔力に適正があるような、特別な人間は居るはずがないのです」
「ふむ」
アイリスが普通の人間でない。
そんな事、魔力を原動力として生きていると聞いた時点で、薄々感じてはいたが、ケット・シーから見てありえないと言われてしまうほど、アイリスの存在は普通の人間と比べて、どこか一線超えている存在なのかもしれない。
アイリスの扱いには気をつけないと、何が起こるか全く予想がつかない。
助けるつもりで、手助けをしたつもりでも、差し出した手が差し出がましくなって、大事になってしまう事もありえるのだろう。
アイリスの話を聞いているだけでも、彼女が生きて来た環境が穏やかではないことが分かる。
どうしたものかと思い、ふと空を見上げると、山の間から覗いていた太陽が、完全に顔をだして、かんかんと俺を照らしつけている。
明け方のひやっとする感覚は既に無く、だいぶ暖かい。
アイリスがお腹をすかせて待っているかも。
兄さんも起きる頃だろうな。
そろそろ戻らないと。




