39話 魂の魔力の扱い
ブックマークありがとうございます。
引き続き楽しんでもらえるよう、努力したいと思います。
いろいろと試行錯誤しているため、所々見苦しいところがあると思いますが、生暖かい目で付き合っていただけると嬉しいです。
さて、このまま渡すべきだろうか。
良いか悪いかで言えば、きっと良くない気がする。
魔力を渡すだけであれば、先日のように流し込むだけで良いだろうが、今回は魂の魔力だ、今まで通り渡せば良いような単純な話ではないだろう。
「だめかな?」
「う……ちょっと待ってね」
かわいく、困ったような、悲しそうな表情をして問いかけられると、とてもじゃないが俺の心はたえられない、簡単に揺らいでしまう。
美人の悩ましげな表情はずるい、凶器と言っても過言ではない。
今すぐにでも、ほいっと渡したい気持ちになるが、ぐっとこらえるんだ。
理性を取り戻すため、あたまを左右に振る。
俺、頑張れ。簡単に陥落するわけにはいかない。
耐えろ。耐えるんだ。
すこしばかり、頭を捻ったものの、答えが出そうに無い。
俺には必要ないと言った手前、やっぱり渡す事が出来ないと言うのは良くないと思う。
俺だったら、いい気持ちにはなれないし、流石にやっぱやーめたってのは俺がやりたくない。
うむぅ。
(ケット・シー。アイリスに魂の魔力をあげても良いのだろうか。今まで渡していた魔力とはモノが違うと思うんだけど)
俺に問いかけられたケット・シーは、顎に手を当てて、考えるように視線を上に向けてている。
(まぁ、魔力の質としては、普通の魔力とそんなに変わらないんで、渡してしまっても問題は無いと思いますけどね)
そう言って、うーんと唸りながら、再度考えるような表情のまま、宙をくるくると回っている。
ケット・シーの言う事をそのまま受け取れば、問題無さそうではある。
アイリスにとっては、魔力があればあるほど良いだろうと思うし。
この間、森で出会った時、今にも死にそうな状態を見たからなおさらだ。命に関わる問題なのだ。
出し惜しみをして倒れられたら、とても心臓に悪い。
「本当にこれ、いる……?」
そう言って、ゆらゆら揺れる魂の魔力へ目を向ける。
ケット・シーは、やや困ったような表情をしてこちらを見ている。
「出来れば欲しい」
悲しげにそうな表情で訴えかけるのは止めてくれないだろうか。
なんか俺が悪いことをしているような気分になる。
これ以上、アイリスの表情を見ていると、冷静な判断をしかねると思い、俺はアイリスから視線をそらした。
しかし、このままうじうじと考え込んでも仕方がない。
ケット・シーは問題ないと言っているし、渡してしまった方がお互いのためでもある気がする。
もう後に引けるような空気では無い。
「そこまで言うんだったら、アイリスに譲ろうかな」
「ありがとう!」
アイリスは、ぱっと表情を明るくして、嬉しそうに立ち上がった。
ここまで喜ばれると、こちらも渡し甲斐があるというものだ。心置きなく譲ってしまおう。
「でもこれ、どうやって渡せば良いのかな」
単純な疑問では有るのだが、渡し方が全くわからない。普段は自分が持っている魔力を、移動するように相手に渡しているだけなのだが、魂の魔力の扱い方はさっぱり分からない。
なんせ、俺が持っているわけでは無く、そこにあるだけなのだから。
「触ってみれば良いと思う」
物は試しだ。アイリスの言う通り、とりあえず直接触る方法で試してみるしか無いと思う。
「そうだね、試してみようか」
そう言うと、アイリスは不安な表情をしながら、恐る恐る魂の魔力に近づいた。
アイリスが近づくと、ケット・シーは、すっと魂の魔力から離れる。
魂の魔力は、先程ケット・シーが持っていた位置から動かず、ふよふよと漂っている。
俺は、結果というか、魔力を取り込む過程がどうなるか分からないため、なんとなく魂の魔力との距離を縮めて、何が起こっても良いように身構える。
といっても、何が起こるか全く想像がつかないため、気休めでしか無いのだが、ただ眺めていて何もしないよりかマシだと思う。
アイリスは、魂の魔力の前に立って、少しずつ手を近づけてゆく。
アイリスの手が魂の魔力の寸前まで来ると、人魂に似た魔力の塊が、大きくゆらっと揺れた。
突然動いた魂の魔力に驚いたようで、アイリスはびくっと一瞬手を引っ込めたが、魂の魔力はゆらっと揺れた程度で、他には何も起こらなった。
再度、アイリスが手を近づけると、魂の魔力が再度ゆらっと揺れて、アイリスの方へ近づいていく。
魂の魔力はアイリスを受け入れるように、優しく揺れているように見える。
俺は、何も起こりそうに無いその状況に安堵しながらも、警戒を緩めず、目の前で起こる様子をじっと観察する。
アイリスは近づく魂の魔力を受け入れるように、ふわっと、魂の魔力に手を重ね目を閉じ、全て受け入れるように身を委ねているようだ。
アイリスの手と、魂の魔力は完全に触れ合っている。
しばらくして、魂の魔力がアイリスを受け入れたように、手のひらにすっと馴染むように消えた。
すると、銀色に輝く髪が一瞬輝き、風にそよぐようにふわっと揺れた。
俺は、美しくあり、儚げな様子に見蕩れて、その場に固まってしまった。
(うーん、不思議ですねー。正直どのような結果になるか全く分からな無くて、ひやひやしていたんですけど、こうもすんなり事が済むのは想像してませんでしたね)
「……えっ?」
「えっ?」
ケット・シーのその言葉で意識が現実に戻った。
そして、聞き逃す所だった。
ケット・シーのその言葉を。
「結果がどうなるか全くわからない」そう聞こえた。いや、そう言っていた。
こいつ、さっき大丈夫とか言ってたのに、実際にはどうなるか分から無かったとか曰いやがった。
ケット・シーを軽く睨むと、やばっといった気まずそうな顔をして背中を向けた。
きっと、自分の好奇心から起こる現象が見たいがために、俺の背中を押すような事を言って、自分の都合の良いように事を進めたのだろう。
最近ケット・シーの性格が分かってきたのだが、油断していた。
こいつは基本的に、この世界で起こる事、もっと言うと人間の事はあまり興味が無いように見受けられるのだ。
人間がどうなろうと、俺の身に起こる事以外はどうなっても良いような節がある。
俺は軽くため息を吐き、今問い詰めても仕方無いと、アイリスへ目線を戻した。
アイリスはゆっくりと目を開けて、不思議そうにこちらを見た。
「今、何か女の子のような声がした」
え? ケット・シーの声が聞こえたのだろうか。
そんな馬鹿な、ケット・シーの声が聞こえる事は無いはずなんだけど。
そう思って、ケット・シーの方を見た。
ケット・シーは両手で、口をおさえている。
その様子を不思議に思い、さきほどの状況を思い出す。
そうだ、さっきケット・シーは声に出して俺の言葉に反応していた。……あとでお説教だ。
「俺は何も聞こえなかったけどな。いつもと違う魔力を受け入れたからかなぁ。不思議な事もあるもんだね」
適当な事を言ってるのは、重々承知ではあるのだが、無理やり押し通すしか無い。
俺は目線をアイリスから逸らして、これ以上は何も受け付けませんアピールをする。
なんかごめん。
「え、でも、確かに聞こえたんだけどな」
アイリスには、不思議そうにしながらも、俺がそれ以上受け答えする気がないと感じたのか、再度、追求することはなかった。
「まぁ良いか」
どこか納得していないような顔をしているが、俺はこれ以上は何も言えない。断固拒否である。許してほしい。
「そ、そうだ。体調は変わった様子とか無いかな?」
アイリスは確かめるように、自分の体を見下ろしている。
「特に変わったことは感じないと思う」
アイリスの体に問題が起こらなかった事に、ほっとする。何か良くないことが起こったらどうするんだと思い、ケット・シーを軽く睨んだ。
ケット・シーは気まずそうに、申し訳なさそうに顔をそらしている。追求は後にしよう。
今はアイリスの状態を確認したい。
「そう……なら良いんだけど」
「けど不思議。遠くに何かの気配を感じる様な、不思議な感覚がする」
そう言って、目線をどこかへ向けている。
きっと今回、魂の魔力を受け入れた影響だとは思うんだけど、何の気配を感じているのだろうか。
アイリスが向いている方は、俺たちがよく狩りをしていた森がある。
あの森は、魔物が生息していて、人間が暮らすような環境では無い。
人間が居るとしても、父さんや、ティアのおじさんが、治安維持のためにたまに狩りを行う程度で、今は俺たちが訓練のために使うくらいのものだ。
だから、村人が森へ踏み込む事はそうそう無いはずだ。
どうしたものかと、ケット・シーの方を見た。
不思議そうな表情で、なにやら考えているようだ。
(うーん、何が何やらさっぱりですね)
ケット・シーが分からないのであれば、俺に分かるはずもない。
今すぐ答えが出ないのであれば、今後、注意深く経過を観察して、なるべくはやく問題に気づくようにするしかないと思う。
そう考えていたら、アイリスがくちゅんとくしゃみをした。
服を着込んでいないアイリスには、明け方の気温の中長居すると良くない。風邪を引いてしまうかもしれない。
「寒いでしょ。家の中に入ったほうが良いよ」
「そうだね」
「俺はもう少し訓練してから戻るよ」
俺はそう言いつつ、ケット・シーのほうを見た。
ケット・シーは俺の視線に気づいたようで、こちらを見て軽く頷いた。
「分かった。中で待ってるね」
そう言って、アイリスは軽く手をふって、家の中に戻っていった。
俺はアイリスを見送り、ケット・シーの方を見て、ニコッと作り笑いをした。
「さて、何か弁解したかったりするかな?」
俺にそう言われたケット・シーは、うっとたじろぎ、少しずつ距離をとろうとした。
俺は逃すまいとケット・シーのしっぽを掴んだ。




