37話 エルダーコックの魂の魔力
「主様、どうしました?」
その魔力の塊を眺めながら、俺は、あたまの中で思考をぐるぐると回していると、ケット・シーに声を掛けられた。
そう言えばこの前、と言ってもどれほど前か忘れてしまっているほど前になるのだが、確かに俺はこの魔力の塊を見たことがある。
しかし、いつだろうか。
「おーい、あるじさまー」
ケット・シーに再度声を掛けられて、俺は、はっとしてケット・シーに目を向けた。
「ごめんごめん。それ、どこかで見た事あるような気がしてね」
その、どこかで見たことがある、それを俺は再度見つめていていると、その様子を見ていたケット・シーが、小首を傾げてこちらを見つめている。
「何言ってるんですか。以前、ビッグラビットを倒した時、主様にお渡ししたじゃないですか」
思い出した。
初めて魔物に出会った時。
ビッグラビットを倒し時に、ケット・シーに渡されたのが、この魂の魔力と言われる、不思議な輝きを放つ魔力の固まりだ。
「エルダーコックを倒した時、他の方も居たし、ばたばたしてしまって、なかなかお見せする機会がなかったのです」
そうか、あの時、俺は気を失ってしまったんだ。
「ビッグラビットより、少しばかり大きい程度の魔力ですが、ないよりはマシかと思いまして、持っていました」
そうであった。
ビッグラビットを倒した時、魂の魔力を渡され。
だが、微力な魔力過ぎて、全くと言っていいほど変化がなかった。
だから、ケット・シーと話した結果、もう必要ないと言うことで、初めて受け取ったとき以来、魂の魔力を受け取ることが無かったから、ここ最近は見る事が無かったのだ。
「これ、いります? いらないのなら、ぽいしちゃいますが」
ケット・シーが何を言っているのか理解できず、俺は一瞬呆けてしまった。
その際、目線を少し斜め上に向けてしまったため、山から昇る太陽を直視してしまった。
少しばかり顔を顰めながらも、お蔭で意識が現実に戻り、はっとしてケット・シーへ向き直す。
俺は今、絶対、頭悪そうな顔をしていただろう。
そして俺は気づいた。
振り下ろされる寸前であろう、魔力をもっている方とは逆の、ケット・シーの腕が俺の顔の前にあった。
それに気づき、腕を軽く上げて、ケット・シーの腕を制する。まったく油断がならない。
「え、ぽいって、捨てちゃうの?」
「えぇ、エルダーコックの魂の魔力ですが、ビッグラビットより少し大きいくらいで、対して効果が無いと思いますし」
ビッグラビットと対して変わらない程度のものであれば、確かに必要無いのだろう。
いや、果たして本当に必要の無い物という事で、処理して良いのだろうか。
俺は手に持ったままの剣が重いことに気づいたので鞘に収めて、地面に置きながらも、頭を掻いた。
「ぽいしたら、勿体無いと思うんだけどな」
ケット・シーは、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「うーん。本当に、主様には必要無いんですよね。大きさ、量で言えば、良くてもビッグラビット、10匹分くらいですし」
「へぇ……じゃあ、その魂の魔力って放ったらどうなるの?」
「ある程度時間が経ったら、空気中の魔力に混じるように消えてしまいますね。煙が空中にもやっと消える感じで」
「前倒してから、大分時間が経っていると思うんだけど、魂の魔力って結構その形を保っていられるんだね」
「いえ、霧散しないように、わたしが預かっていました」
ケット・シーはそう言いながら、挙げ続けた腕が疲れたんだろう、いまでは魂の魔力をお手玉代わりにして、左へ右へ投げるようにして遊んでいる。
エルダーコックの魂なるものが、猫のお手玉にされているそれを見て、魔物ながらもとても気の毒に思う
不思議な話だ。
生前の世界では――いや、生きているんだけどさ――魂が有る無しって、無神教である俺には全く縁が無かった。
それに、教典もまともに読んだこと無いし、興味もなかった。
死んだら、ただただ無になるだけだと考えていた。
しかし、魂が持つ魔力って物が存在するからには、同時に魂が存在するって事になるんだろう。
魔物の魂、存在するであろう人間の魂。
本当に不思議な話である。
「そういえば、今までは渡されていなかったと思うし、見えなかったんだけど、他の魂の魔力ってどうしてたの?」
「基本的には、意識して存在させようと思わないと、このように見えませんからね。肉体から抜け出すタイミングで、掻き集めるように魔力をぎゅっと纏めるんですよ。そうしない場合は、自然と消え去ってしまいます」
死んでなお、ケット・シーに良いように扱われる、魂の尊厳は無いのだろうかと考えたが、そもそも、俺が養分とするための行為だと気づき、魂の尊厳とか見てみないふりをしようと決めた。今日決めた。
申し訳ないが、無神論者で良かったと心から思う。
俺が魂を尊ぶ何かしらの団体に所属していたら、どう感じていただろう。
自由な思想の下、のびのびと育ててくれた両親に感謝をしよう。
少しずつ白む明け方の空を、ぼうっと眺めながら、そう考えて、いたらケット・シーの掲げた腕が、ちらっと視界に入った。
「聞いてます?」
俺は、はっとしてケット・シーの方へと視線を戻す。
危ない所だった、あと少し遅れていたら、あのもふっとした腕に叩かれていただろう。
「き、聞いてるよ。昨日のシチューはなかなかの出来だったと思う」
余計なことを考えていたら、記憶がすぽっと抜けてしまった。しかし、聞いていなかったとは言えないのだ。
「……聞いていなかったんですね」
ケット・シーにじとっとした目で睨まれた。
ごめん。聞いてたんだけど、余計なことを考えてしまったから、何の話か分からなくなってしまったんだ。
「はぁ。魂の魔力が消えるか消えないか、扱いについてですよ。やろうと思えば主様にも出来ると思いますよ」
「そうなの?」
「えぇ、練習次第というか、慣れですかね。試してみますか?」
そう言って、ケット・シーが森の方を見ていた。
多分、魔物をケット・シーセンサーで探しているんだろう。
しかし今は、魔物を狩るつもりもないし、一括りにして良いか分からないが、生物である魔物を、特に意味もなく実験材料として扱うが事が、まだ俺には難しい。
しかし、ケット・シーの魔物の扱い軽いな!
「いや、また今度の機会にするよ」
「そうですか、手頃の魔物が何匹か居るのに残念です」
うん、ケット・シーの毒がに掛からず済んで良かった。
無駄に実験材料にならずに済んだ魔物達よ、次会う時まで静かに暮らしていてほしい。
危害を加えなければ、無駄に殺しはしないから。
「さて、この魂の魔力どうしますかね」
「そうだなぁ。一応貰っておいても良いんだけど、大して意味のない物って聞くとなぁ……」
両手で魂の魔力を持ちながら、空中でくるくると前転するように回っているケット・シーを眺めながら、うじうじ考えてしまう。
ガチャ。
その音がした方、家の玄関の方へ目を向け、ゆっくりと開くドアを見つめてた。
ゆっくりと開くドアの影から、すらりとした体の持ち主が少しづつ現れる。
完全に開き切る前には気づいていたが、そこから現れたのはアイリスだった。
そして、突然の事で驚いて固まっていた俺の頭に、ケット・シーの猫パンチが炸裂した。




