35話 おふろ2
夕食を作る前に、お風呂に入ることにした。
旅の汚れも、体の疲れも落としたいからね。
やはり、自分の家の風呂が一番落ち着く。
街に居た頃も、風呂には入っていたのだが、
なぜだか、とても落ち着けないのだ。
他人が住んでいる環境だからだろうか。
染み付いた匂いとか違うのかな。
もし、俺が犬だとして、マーキングでもてしまえば、
少しは心の平穏を保てたのだろうか。
ま、犬の気持ちは、理解は出来ないけどね。
理解したいけどね。
猫なら分かるかもしれない。
だってここに、人の言葉を話せる、
猫の化け物がいるのだから。
「何か、良くないを事を考えてはいませんか?」
「そんな訳、無いじゃないか」
そんな話しながら、湯船に浮かんでいる、
ケット・シーを眺める。
器用なもんだ、仰向けになって、水面の上で
ぷかぷかと漂っている。
そんな、ケット・シーが浮かんでいる辺りの水を、
魔力を回転させるように操作して、
水の渦を作って回して悪戯してみたりしている。
けれど、何とも無いのか、ぐるぐると回りながらも、
気持ちよさそうに寝て居る。
こいつ凄いな、目は回らないのだろうか。
気持ち悪くなったりしないのだろうか。
魔力操作も結構慣れたもので、
以前は、はっきりと意識している状態でないと、
思ったように操作できなかったけれど。
今は、自然と操る事が出来る。
自転車を漕ぐ感覚と言えば良いのだろうか。
何となく、魔力の本質を掴めてきたような気がする。
どうせなら、もっと上手く扱えるようになりたいが、
発想が乏しいからなのか、真新しい魔法を、
使えるようになる気が、全くしない。
ぺたっぺたっ
ん? 足音? 兄さんだろうか。
そう思い、風呂の入口に目を向けた。
そして、視界に入ってきた光景が理解できず、
俺の思考が完全に停止してしまった。
「どうしたの?」
そこには、アイリスが立っていた。
産まれたままの姿で。
あー、やっぱり女の子だったんだなぁ……
へー、綺麗なスタイルだなぁ。
肌もぴちぴちで、眩しすぎて直視できそうにない。
などと考えていたら、ケット・シーに、
尻尾で叩かれてしまった。
はっ、そうだ! 流石に、混浴はまずいだろうよ!
「うぇ! 一緒に入ったら不味くない!?」
「そうなの?」
「う、うん。普通、男の子と一緒に入る事って、
良くないって言われたりするし」
「どうして?」
「え……えっと、恥ずかしいから?」
こんな所で、こんな状況で、性教育を始める訳には。
あぁ、でも裸だから色々と説明しやすくて良いかもな……ではない!
どうやら、俺は混乱しているようだ。
しかし、この世界の常識だと、
風呂に入る際の常識って、どうなっているんだろう。
仮に、混浴が当たり前だとしても、男と女だし、
何かあったって、おかしくはない……と思う。
俺は、肉体年齢的には7歳位し、
どうこうしようなんて、考えていないから、
問題は起こらないだろうし、起こすつもりもない。
しかし、アイリスが今後、男と風呂に入るのが、
当たり前の感覚でいるのは、ちょっとどうかと思う。
いや、そんな事を許す訳にはいかない。
「別に、恥ずかしくはないけど」
あぁ……うん。
そういう子なのね。
「ティアも一緒に入ってるって言ってたから、
別にいいかなって」
「んっんー?」
確かに、ティアと一緒に入る事もある。
たまにだけど。
その時は、兄さんとも一緒に入る事がほとんどだし、
すでに兄弟のような仲である。
しかも、どちらかと言うと、あの人達、
俺が、一人でリラックスしたい時に限って、
無理やり入ってくるんだ。
不可抗力である。確信犯ではない。
たとえ、この世界の常識として、
風呂に入る事、その行為が、混浴前提で、
性別、または、人種を超える、正しい行為である、
と言われたとしても、断固として断る。
裸の付き合いなんて、親密な関係をもつような、
人達だけでやれば良いと思う。
とまぁ、俺はそういった倫理観でいるのだ。
そう、例え、人参を目の前にぶら下げられたとしも、
俺は理性で抑え込める事が出来る紳士なのだ。
そう、紳士的な振る舞いとして、堂々としていよう。
そして、甘い誘惑には、はっきりと「NO!」
と言える人間であろう。
「寒いから、入るわよ」
「あ、はい。どうぞ」
そう言って、ぺたぺたと浴室に入ってきて、
椅子に座り、アイリスは体にお湯を掛けて、
体を洗い始めている。
お手上げだ、俺は一体どうすれば良かったのだろう。
なるべく、アイリスの方を見ないようにしよう。
それが、最低限のマナーだ。
「余計なお世話かもしれないですけど、男の人と風呂に入るのって、色んな意味で危ないから、気を付けた方が良いと思いますよ」
一応、忠告はしておかなければ。
本当に、何か起こってからでは遅いのだ。
「普段、そんな事しないわ」
それなら良かった。
貞操は、自分自身で守って頂きたい。
「あなたは小さいし、特に気にならないかな」
小さい? ナニが?
……俺の年齢の意味としてだよね。
ふぅ、ビックリしぜ。
俺のジョニーの話かと思ってた。
トラウマを植え付けられる所だったぜ。
「そうですか」
アイリスの方を見ている訳にはいかないから、
俺は、渦を作る一人遊びに戻った。
これをやっていると、気を紛らわせられる。
いや、気を紛らわせるなんて、まさか、
まるで、アイリスに興味がある様ではないか。
断じて、そんな事は無い。
前世では、なかなか目に掛かれない美人だとしても、まだまだ、年端も行かぬ小娘だぞ。
でも、体の作りも綺麗だったなぁ。
ティアも負けてないけどね。
「えっと……今日は、ありがとう」
「いえ、たまたまとは言え、
アイリスさんを助けることが出来て良かったです」
俺は、アイリスに背を向けた状態で、
水の渦を作る遊びを続けてながら、そう答えた。
村へ帰る判断が一日でも遅かった場合、
最悪の場合だってあり得ただろうしね。
本当に良かった。
「なんか、その喋り方、気持ち悪い」
「えっ?」
「ティアと話す時みたいに、話せばいいのに」
敬語で話している事か。
出会って未だ、1日も経っていないから、
いきなり言葉を崩すのもなぁ。
あまり、そういう感覚にはなれない。
「あー…はい。慣れたら、そのうち」
「そう、まぁいいわ」
慣れるだろうか。
理由は分からないんだけど、アイリスの前だと、
やけに、緊張してしまう。
アニーやイオが相手だと、あまり気負わず話せるんだけれど、何が違うんだろう。
とぷん、という音とともに、浴槽内の水嵩が増し、
水の渦が掻き消えてしまった。
気づけば、ケット・シーは浴槽の縁におり、
器用に香箱座りをしている。
「やっぱり、裸の方が魔力が体に馴染みやすいわ」
昼間の出来事を思い起こしてみる。
あの光景は、幻想的であり、不可解だった。
アイリスは、体内に魔力を集めたら、髪の色が変わるのだ。
飴細工を作る前の練った飴のように、美しく輝く銀色だ。
「ねぇ」
声を掛けられたのだけど、その声が物凄く近い。
ちらっと声を掛けられた方に、目を向けた。
アイリストの距離がやたらと近い。
中身おじさんの俺には、色々と毒であるだというのに。
「魔力、まだ貰えそう?」
「渡せなくは無いですが……」
実のところ、何時でも、いくらでも渡せるのだが、
様子を見ながら渡そうと考えているため、
おいそれと渡せないと思って貰うように、
振る舞おうと考えている。
「じゃあ、もっと貰えないかな」
「良いですが。でも、なんでそんなに欲しいんです?」
アイリスは、少し考えるような表情をして、
すこし俯いている。
「私、魔力が無いと死んでしまうから」
死ぬ? 魔力が無くなったら?
俺は、ワイルドコック戦の時、魔力が枯渇してしまったが、気を失う程度で済んだけどな。
「私、魔力が少しずつ体から漏れてしまっていて。
体内の魔力が尽きてしまったら、命を保てないようになってるの」
まるで、充電池みたいだ。
って思ったら失礼か。
「私は、欠陥品なのよ」
「そんな……物みたいな言い方でしなくても」
アイリスの表情に少し影が落ちたように見えた。
心の中でだが、充電池とか思ってしまい、
とても申し訳なく思う。
「だから、身体に魔力を貯めないといけないの。
空気中にそれなりの魔力があっても、
自然と身体に貯まる魔力は微々たる物で、
キミがくれるほど、大量に、都合よく貯める事が出来ないのよ」
なるほど、理由は分かった。
命に関わる問題なのであれば、出し惜しみしている場合ではないだろう。
「聞いた話なのですが、魔力を集めすぎると、
最悪、身体が爆発してしまうらしいので、
大量に渡すのもどうかなと思っていて。
だから、様子を見ながらゆっくりと、
少しづつ渡したいんです」
「そうなの……分かったわ」
分かってもらえらしい。
人殺しなんかに、なりたくない。
「そういえば、家に帰らなくて、良いんですか」
俺にそう問いかけられたアイリスは、
とても不思議そうな顔をしている。
「帰らないといけないの?」
どういう事だろう。
事情があるのなら、無理して帰る必要なんて、
無いと思いはするけれど。
「や、家の人とか、知り合いの人とか、
心配しないのかと」
「心配……しているのかしらね?
私は失敗してしまったから、用済みだと思うけど」
用済み? なんか物騒な単語ではないか?
「……えっと、人に追われているとかですか?」
「どうなのかしらね、そんな事は無と思うけど」
考えるように、天井を見上げているアイリス。
湯に浸からないように、髪を後ろに束ねている。
先ほどとは、印象ががらっと変わり、
これはこれで美しい。
「そもそも、失敗する事が前提の実験だったから、
私は消耗品みたいなものね」
「消耗品……」
えー。実験って何だよ。
問題が起こる匂いが、ぷんぷんするんですけど。
「帰る所は無いし、行く当ても、特に無いわ」
「……」
そうか、アイリスは一人なのか。
ここまで来て、急に放り出す訳にはいかないだろう。
けれど、抱えている問題がある事も分かった。
しばしば出てくる単語から考えると、割と物騒な気がする。
「大丈夫、長居しないようにするから」
「そんな、魔力の事もあるんで、
気にしなくて良いと思ますよ。
当分ここに居ればいいかと」
「……ありがとう」
そう言って、アイリスは少し笑ったように見えた。
ほんの少しの変化だったけど、いつもどことなく、
影が落ちている表情よりは、素敵だと思った。
「じゃあ、僕は先に上がります。ごゆっくり」
「あ、待って」
立ち上がろうとした所、急に腕を引っ張られてた。
俺はバランスを崩してしまい、倒れ込むように湯船へ突っ込んでしまった。
「やっぱり、このくらい近い方が良いわ」
「……」
しばらく、アイリスの肌の感触を、かなり近くに感じながら、気まずさと心地よさと共に湯船に浸かる事になってしまった。
正直の所、あまり嬉しくなく変な気分でもあった。
アイリスは明け透けで、恥じらいも無いからだろうか。
しかも、のぼせてしまうし、ケット・シーには小言を言われるしで、散々であった。
俺は疲労で一杯の体を引きずって、晩御飯を作る。
みんな美味しいと食べてくれたから、とても嬉しかったけど、睡魔のため、食事しながらも机に突っ伏しそうだった。
そのお陰か、布団に入ったらすぐ寝付くことが出来た。




