第5話:追放宣告
たき火の薪が、パチンと爆ぜる音がする。火の粉が夜の闇に舞い上がり、テントの布を照らしては、また闇の中へ溶けていく。俺は息の音を殺していた。土の匂いと、煙の匂いが鼻先をかすめる。
少し離れた場所で、仲間たちが円になって座っている気配がある。
「なあ。あいつ、そろそろ潮時かもな」
薪の音の隙間を縫って、レオンの声が俺の耳に届く。声の響きには、かすかに迷いの色がにじんでいた。
「潮時って、ノアのことか?」
キリクの声から、いつものおどけた調子が抜け落ちている。
「ああ。……荷物持ちとしちゃ悪くない。だが、今日みたいなことがあると、な」
「今日のは、ノアのせいと決まったわけじゃ」
ミリアが言葉を返す。その響きには、反発の色がまじっていた。だが、それに応えたソレイユの声が、ミリアの言葉をふさいだ。
「でも実際、陣形が崩れたのは事実でしょ。私たちの動きに、隙があっちゃいけないのよ」
言葉の端々に、胸をなでおろすような響きがまじっているのを、俺の耳は逃さなかった。
ああ、そうか。
自分の中で、何かがすとんと腑に落ちた。
俺という原因があれば、皆安心できるのだ。誰の腕が落ちたわけでもない。ただ、荷物持ちの動きに問題があっただけ。そう思うほうが、心にかかる負担がずっと少ないのだろう。
俺は、自分の役割を悟った。敵の攻撃を防ぐ盾でも、敵を討ち倒す剣でもない。ただ、失敗を引き受ける器になればいい。
責める気はおきなかった。ただ、事実を事実としてのみこんだだけだった。俺は、布を一枚、首元まで引き上げ、目を閉じる。風が、木々の葉を揺らす音だけが響いていた。
夜が明け、あたりがうっすらと白みを帯びてくる。森の木々の隙間から、朝の光が差し込みはじめた。俺はいつも通りに起きだし、朝食のしたくにとりかかった。恐らくこれが最後だと思いながら。
鍋に水をはり、干し肉と野菜を刃物で細かくきざんで放り込む。火の加減をみながら、灰を棒でよける。七年間、雨の日も風の日も、毎日繰り返してきた手順だ。鍋から立ちのぼる湯気が、朝の空気に溶けていく。
そこへ、背後から足音が近づいてきた。
振り返ると、レオンは頬の筋肉をこわばらせ、唇を真一文字にむすんでいた。
「ノア。ちょっと、話がある」
「はい」
火にかけていた鍋を石の上にずらし、俺は立ち上がった。何を言われるか、すでにわかっている気がした。
「率直に言うぞ」
「お前、パーティを抜けてくれないか」
予感していたはずなのに、いざ言葉にされると、胸の奥から熱がひいていく感触があった。指先がかすかに震え、呼吸のリズムが崩れる。
「すまないが……お前がいると、足かせになるんだ」
「……そう、ですか」
俺は、それだけを口にした。
言い返す言葉は、一つも浮かんでこない。心当たりなら、いくらでもある。荷解きの手順を間違えたこと。野営のしたくでもたつき、舌打ちをされたこと。そして今言われた通り、パーティの足かせになってしまっていたこと。
「むいていなかったんでしょうね、俺は」
へりくだるでもなく、ただの事実として、俺はそう呟いた。
その言葉を聞いて、なぜかレオンのほうが顔をそむけ、視線をそらした。
「……すまない」
「いえ。今まで、拾ってもらっただけでも、十分でしたから」
嘘のない本心だった。行くあてもなかった十五歳の俺を、からかうような形とはいえ、それでも拾ってくれた。荷物持ちとしてでも、七年もここにいさせてくれた。それだけで、お釣りがくるくらいだ。
自分の寝床に戻り、荷物をまとめる俺に、ミリアだけが声をかけてきた。
「ノア、本当にいいの?」
ミリアの眉が寄せられ、声が上ずっている。
「自分でもわかってたことです」
使い込まれた革の鞄に、自分の私物を詰め込んでいく。水筒、刃物、数着の布の服、七年間でたまった現金。火をおこすための道具。たったこれだけだ。七年間の積み重ねは、鞄一つにあっさりと収まってしまった。
「怒ってないの? こんな、急に……」
「怒るような話じゃないですよ。実際、役に立てていなかったのは事実ですし」
俺が答えると、ミリアは唇をかんで、何かを言いかけた。だが、結局それ以上は言葉を続けなかった。
荷物を背負い、パーティの面々に目を向ける。
レオンは目をそらし、ソレイユは腕を組んだまま口をつぐむ。キリクだけが、軽く手をあげて「ま、息災でな」とだけ告げた。
どういうわけか、涙は出ない。歯を食いしばる気にもならない。ただ胸の奥に、ぽっかりとした穴があいたような、音の消えた想いだけがあった。
「お世話になりました、さようなら」
頭を下げ、俺は背を向けた。
森を抜ける道を歩き出す。七年間、息をするように背負い続けてきた荷をおろし、かわりに、これからどう生きていけばいいのかわからないという、形のない負担を背負うことになった。
一歩、また一歩と足を踏み出す。靴の底が、土と草を踏みしだく音がする。背中にかかる重さがないことに、かえって違和感を覚える。
王都を出て、どこか人のまばらな町にでも行こう。
そう考えながら歩き出した俺の背中に、ふと、視線が刺さった。
立ち止まり、振り返る。そこには、パーティの荷物置き場のそばで、自分の剣を鞘から抜くレオンの姿があった。
レオンは首をかしげ、刃の輝きを見つめている。手首を返し、柄の感触をたしかめるように指を動かした。
そして、レオンが腕を振り下ろす。風をきる音が、かすかに響く。
レオンは動きをとめ、じっと自分の手元を見つめた。
「……あれ? なんか、今の一振り、いつもと違わなかったか?」
その呟きは、俺の耳にだけ、輪郭をともなってはっきりと届いた。




