第26話:三人への依頼:商隊護衛
「三人だけで、ですか」
「はい。ギルドマスターが、直接指名してきたらしくて」
ギルドからの指名依頼。それ自体は珍しいことではない。だが、メンバーを指定してくるとなれば話は別だ。
事の真意を確かめるため、俺たちは連れ立ってギルドへと向かった。
石造りのギルド本部に足を踏み入れる。冒険者たちの喧騒を抜け、奥の階段を上った先にある応接室の扉を叩いた。
「――来たか」
中に入ると、分厚い木机の向こうでオーウェンが待ち構えていた。手にした書類の束を机に置き、腕を組む。その顔には、いつもの笑みはない。ギルドマスターとしての、真剣な視線が俺たちを射抜いていた。
「隣町までの商隊護衛依頼だ。距離もそこまで離れていないし、街道の危険度も知れている。ただ――」
オーウェンは、ケイン、リナ、フィンの顔を順に見渡した。
「今回は、ノアが同行しない形で受けてもらいたい。他のメンバー三人だけの『暁の雫』としてだ」
その言葉に、室内の空気が張り詰めた。俺の隣で、三人が息を呑む気配がする。俺自身も、腹の底に冷水を浴びせられたような感覚があった。
「オーウェン様、それは……」
異議の声を上げようとした俺を、オーウェンは片手で制した。
「ケイン、リナ、フィン。お前たちの実力や、最近の立ち回りの噂は、俺の耳にも入ってきている。そろそろ、自分たちだけの力を試す頃合いだと思ってな」
オーウェンの言葉を受け、俺は口を閉ざした。彼の言う通りかもしれない。俺は、彼らをサポートし続けてきた。だが、いつまでも俺の庇護下に置いていては、本当の意味での自立は遠のく。過保護になり過ぎていた自分の在り方を、見直す時が来たのだろう。
俺は一度目を伏せ、そしてゆっくりと首を縦に振った。
「いい機会だと思います。皆さん、どうですか」
俺が問いかけると、三人は互いに顔を見合わせた。口元を引き結ぶケイン。静かに目を伏せるリナ。杖を握る手に力を込めるフィン。彼らの表情には、隠しきれない緊張が滲んでいたが、同時に、逃げずに立ち向かおうとする決意の色も宿っていた。
「……分かりました。やってみます」
ケインが一歩前に出て、真っ直ぐにオーウェンを見据えて答えた。
出発の朝。町を囲む石壁の門前には、朝日を浴びる商隊の馬車が並んでいた。馬のいななきと、御者たちの怒声が飛び交う中、俺は三人の出発を見送るために立っていた。
「ノアさん、本当に来ないんですか」
背袋を背負い直しながら、ケインが視線を下に向けて尋ねてきた。普段の彼にはない、すがるような響きが混じっている。
「はい。今回は、皆さんだけでやり遂げてください」
「でも、もし道中で何かあったら……俺たちだけで対処できるか」
「冒険者として生きるなら、遅かれ早かれ負わなければならないリスクでしょう。それに、俺は皆さんがそれを乗り越えられると信じています」
俺の言葉に、ケインは唇を噛んだ。その横で、リナが静かに口を開く。
「ノアさんの付与、なしで行くんですよね」
「はい。今の皆さんの実力を、俺自身もこの目で、いや、結果として知りたいんです」
俺が告げると、三人の空気が変わった。リナは腰の小太刀の柄に手を当て、フィンは杖を抱え込むようにして息を吐き出す。ケインは顔を上げ、両手で自らの頬を叩いた。
「行ってきます」
振り返ることなく歩き出した三人の背中を、俺は門が閉まるまで見守り続けた。
三人が旅立ってからというもの、俺は相談所で普段通りの仕事をこなしていた。書類を整理し、訪れる新人冒険者の相談に乗る。だが、手元は動いていても、思考の片隅には常に彼らのことがあった。
「……大丈夫、だよな」
書類から目を離し、窓の外の空を見上げて呟いた。
「なんだい、子離れできない親みたいな顔をして」
カウンターの向こう側から声が掛かった。薬草の納品に訪れていたバーサ婆さんが、杖をつきながら俺の顔を覗き込んでいる。口元には、呆れたような、それでいて面白がるような笑みが浮かんでいた。
「いえ、そんなつもりは……」
「まあ、手塩にかけて育てたんだ。心配になるのも道理さ。でもね、あの子たち、あんたが思っている以上に、地に足をつけて歩けるようになっているんじゃないかい」
バーサ婆さんのしわがれた声に、俺は肩の力を抜いた。俺が信じなくてどうする。彼らはもう、俺の後ろに隠れているだけの初心者ではないのだ。
しかし、その夜、ベッドに入っても、俺はなかなか眠りにつくことができなかった。天井の木目を見つめたまま、何度も寝返りを打つ。ようやく浅い眠りに落ちたと思ったら、翌朝、目を覚ます。
俺は冷水で顔を洗い、無理やり相談所の扉を開けた。その日一日、依頼をこなし、笑顔を作って応対しながらも、心の底で三人が無事に帰還することだけを祈り続けていた。
数日後の夕暮れ時。
相談所の扉が、勢いよく開け放たれた。
「ノアさん。ただいま戻りました」
そこに立っていたのは、泥と埃にまみれ、あちこち負傷した三人の姿だった。革鎧は所々裂け、マントは汚れで元の色が分からない。だが、先頭に立つケインの声には、疲労を上回るだけの熱がこもっていた。
「お疲れ様でした。怪我の具合は……道中、何かあったんですね」
俺が立ち上がって駆け寄ると、ケインは道中でのことを話し始めた。
「実は……二日目の夜に、盗賊の群れに襲撃されたんです」
「盗賊……」
「はい。数も十人は下らなくて、正直、一瞬どうなるかと思いました」
興奮冷めやらぬ様子で、ケインが身振り手振りを交えて続ける。
「でも、俺たちだけで乗り切ったんです。ノアさんの感覚付与、一切なしで」
その言葉に、俺は足を止めた。十人以上の盗賊。付与なしの三人で立ち向かうには、あまりにも分が悪い相手だ。
「ケインが真っ先に飛び出して陽動をかけ、盗賊たちの陣形を分断してくれました」
リナが、壁に寄り掛かりながら淡々と状況を補足する。
「私が風の動きと気配を頼りに、背後から迫る奇襲の動きを察知して、先に潰して」
「俺が、無詠唱で足止めの魔法を連発して、二人の死角をカバーしたんです」
フィンが、泥だらけの杖を握りしめながら、誇りを持って言い切った。
互いの動きを見て、補い合い、危機を脱した。誰かに指示されたわけでもなく、彼ら自身が考え、動いた結果だ。
俺は三人の顔を順番に見つめた。その瞳の奥には、以前のような駆け出しではない。自分たちの力で生き抜いたという、本物の冒険者の光が宿っていた。
胸の奥から、言葉にならない熱いものが込み上げてくる。俺は視線を床に落とし、一つ深呼吸をしてから、再び彼らに向き直った。
「よくやりましたね。本当に」
飾る言葉は見つからなかった。ただ、事実として彼らが成し遂げたことを称賛したかった。
「ノアさんの、これまでの教えがあったからです」
ケインが、泥で汚れた顔をほころばせ、歯を見せて笑った。
「皆さんが、生きて帰ってきてくれたことに何より安心しました、ただ怪我は治しておきましょうね」
俺は、彼らに治療魔法を使う。そうしている時、気持ちが、数日前よりもはるかに軽やかだった。彼らはもう、大丈夫だ。そう確信できるだけの証が、ここにあった。




