第2話:最強剣士、天才魔法使い
「来る!!」
さけんだのは俺だったのか。それとも自分ののどからこぼれ落ちた悲鳴だったのか。
ただ、燃えさかる炎の向こう側、葉がかさなりあう闇の中から、闇よりも濃いかたまりがいくつも飛び出してきたことだけはたしかだった。
鼻をつく獣の匂い。土をけりあげる足音。
月の光をあびて、むきだしの牙が反射してうかびあがる。魔狼の群れだ。
数は、五、六――いや、もっといる。地面をはうような姿勢で、やつらは俺たちの首すじにねらいをさだめ、よだれをしたたらせていた。
血にうえた瞳が、たき火の光をうつしてぎらぎらと輝き、刃をあてられたかのように殺気が肌を突きさす。俺の足は、地面に縫いつけられたように動かなかった。
「なんだノア、見張りの――」
毛布をけりとばし、舌打ちとともに体を起こしたレオン。まぶたがもちあがった次の拍子に、彼の瞳から眠りの気配は完全にとびさっていた。殺意をむけられた戦士の目だ。
「ちっ、かこまれてんな」
いうがはやいか、レオンの右手が剣の柄をにぎりしめ、一閃、夜の空気をきりさいた。
その一振りに、俺は息をのむ。
切っ先がえがく軌跡が、地面をけるつま先の角度、腰の回転、肩から腕へと伝わる力の流れ、手首を返す拍子、襲いかかる獣ののどぶえへ刃をあてる手順――そこに、いっさいの迷いがない。
真っ先にとびかかってきた狼が、声をあげる暇もなく地面に崩れ落ちた。肉を断つ音。血の匂いが風にまじる。
「あいかわらず、化け物じみてますね……」
口からこぼれ落ちた俺のつぶやきに、レオンは口のはしをゆがめて笑いをもらすだけだった。
返す刀で、二匹目の獣の胴を両断する。血しぶきが月明かりに照らされ、染みとなって地面に散った。
「ソレイユ、後ろから詠唱を!」
「いわれなくても!」
すでに叩き起きていたソレイユの指先には、光の術式が構築され始めていた。くちびるが動く速度が、常軌を逸している。言葉の羅列が空気に干渉し、世界の持つ法則を書きかえていく。
空気の温度が一気にはねあがる。火の粉とはちがう、魔力のはばたきが彼女のまわりに渦をまいていた。
ほんの数回のまばたきの間に、彼女の手のひらから炎の槍がうみだされた。
放たれた熱の固まりは、夜の闇をやきこがしながら、空気を切り裂いてすすむ。狙いをたがわず、三体の狼の体をつらぬいていく。
獣の毛がこげる匂いがあたりに充満した。断末魔のうなりごえが森にこだまする。
「な……今の詠唱、半分もとなえてなかったですよね……」
「才能よ、才能。あんたにはわからないだろうけどね」
あごをあげて髪をかきあげるソレイユ。無力さを感じるほかないが、事実その通りだった。
俺には、あの瞬きするほどの判断も、術式の選び方も、まるで見当がつかない。
魔力を操る感覚など、一生を費やしても理解にたどりつけないだろう。
どうして、こうも違うのだろうか。
同じ人の子のはずだ。同じ夜を歩き、同じ火をかこんでパンをかじってきたはずだ。
レオンの剣も、ソレイユの魔法も、まるで生まれながらにして正解を頭の中にすりこまれているかのように、迷いというものがない。
最適の動き。最適の魔力配分。それらを息を吸うようにやってのける。
それなのに俺ときたら、武器をとっても、手首の返し方を忘れて、まごついてしまうというのに。
才能の壁。それは、どれだけ手をのばしても指先すらふれることのできない、断絶だった。
「よし、かたづいたな」
最後の一体が地面に倒れ伏すのを見届け、レオンが剣を鞘におさめた。それが、戦いの終わりをつげる。
「にしても、こいつら足並みがそろってなかったか? ただの獣にしちゃ、動きがまとまりすぎてる」
キリクがあごに手をあてながら、足元にころがる死骸のひとつを靴の先でつつく。
「気のせいじゃない? 疲労がたまってるだけよ」
ソレイユが口元をおさえてあくびをもらしながら答えたが、キリクの視線だけは、まだ油断なく森の闇をにらみつけていた。
「念ためだが俺は、少しレオンと話がしたい――ノア、火の番任せたぞ」
「あ、はい。……お疲れ様でした」
俺はたき火のそばに座りなおしながら、二人の戦いぶりを頭の中で繰り返していた。
息をのむばかりの動きだった。そう素直に感嘆の念をいだく。
と同時に、ずっと前から思っていた、じわりと胸の奥にひろがる感覚があった。
ねたみではない。うらやむ気持ちともちがう。
もっと近いのは――そう、まるで自分を形づくるなにかが、根こそぎむしりとられたような、ひっかかりだ。
戦いの間、俺はただ荷物持ちとして見ていただけのはずだ。
それなのに、なぜか体の芯がひえきって、泥のように重たくなっている。剣の柄をにぎってもいないのに、指先が鉛になったように動かない。
息を吸うたび、肺の奥がひきつるように痛む。
まるで俺たちの間に、見えない管がつながっていて、俺の体から活力を吸いあげて、彼らの動きを隙のないものにしているような。
俺の迷いや失敗をいけにえにして、彼らの正解がうみだされているような。
そんな妄想すら頭をよぎる。
(……気のせい、だよな)
考えてもいつもの結論しか出ない。考えてもしょうがない、荷物の点検でもしていよう。まず水袋の中身を確認しなければ。
そう思いなおして、地面から腰を浮かせた時だった。
視界の端が、ぐらりとゆれた。
「――っ」
膝から一気に力がぬけ落ちる。俺は思わず地面に手をついてしまった。土の温度が手のひらから伝わってくる。
戦ってもいないのに、どうしてこんなに――疲労が体をむしばんでいるのだろうか。




