第14話:長年の疑問、付与の代償
「ノアさん。今、自分自身で剣を振ったら、どうなるんですか」
ケインの問いかけに、俺は手にした剣の柄をにぎり直す。
「……試してみましょうか」
足を踏みだし、森の中を歩く。やがて、視界をさえぎるように立つ幹の太い木をみつけて、俺たちは足を止めた。見上げれば、枝葉が空の光を覆い隠し、足元には影が落ちている。大人が何人も腕をつないで回しても、とうてい届かないほどの太さだ。
「まず、比較のために」
俺は息を吸い込み、剣を構えた。狙いを定める。誰にも力を分け与えていない状態。ただ自分のためだけに力をつかう状態。
目を閉じ、体の内側に意識をむける。血の巡り、筋肉の収縮、重心の位置。全てが手のひらに集まっていくのを感じる。
一歩を踏みこむ。剣を薙ぐ。
刃が幹をとおりぬけた。抵抗はまるでなかった。水を切ったかのような手応えしか残らない。
数秒の空白があった。
風の音が止む。
斬撃の軌道上にあった幹が、音もなく横にすべっていく。
やがて、均衡を崩した木の上半分が重力に引かれ、ずしりと地鳴りをあげて倒れこんだ。
地面がはねあがり、衝撃で周囲の木々が粉々に砕け散る。空を舞いあがる葉が一瞬にしてすりつぶされ、あたり一面を土埃がおおい尽くした。むせ返るような土の匂いが鼻をつく。
「――ッ」
ケイン、リナ、フィンの三人は、言葉を失ってたちつくしている。息を呑む音だけが聞こえてきた。
正直にいえば、俺も心臓の鼓動がはねあがっている。自分が振るった剣の威力に、俺自身が戸惑っていた。
「これが、誰にも付与していない状態です。たぶん、これが本来の俺の実力だと思います」
「本来の……」
リナが、かすれるような声で繰り返した。
「じゃあ、次は」
俺はふたたび剣を構える。こんどは、意識の矛先をケインへとむける。自分の中に満ちている感覚を、ケインへとつないでいく。流しこむ。
そのまま、同じように剣を振ってみることにした。
「――」
踏みこもうとした足が、もつれる。
腕があがらない。剣の重さに体が振り回され、構えすらまともに取れない。
違う。
まったく違う。
剣の振りかたすら忘れてしまったかのようだ。手足に鉛を巻きつけられたように、体が動かない。泥のなかでもがいている気分だ。荷物持ちとして扱われていた、あの昔の自分に戻ってしまった。
俺が剣を地に落として膝をつくと、フィンが上着のポケットから手帳を取りだし、羽ペンを走らせはじめた。
「どうやら付与している間は、力が抜けてしまうようですね。つまり、ケイン君に付与している間は、ノアさんの実力が――」
「発揮できない、ということですよね」
フィンの言葉を、リナが声のトーンを落として引きついだ。
俺は頷きながら、自分の中で、じわじわと一つの理解が形をなしていくのを感じていた。
「もう一度、確かめさせてください」
俺は念のため、何度か同じ検証を繰り返すことにした。
付与なし。付与あり。付与なし。付与あり。
剣を拾いあげ、振る。そのたびに、結果は寸分たがわずおなじだった。
誰にも力を与えていない時は、呼吸をするように自然に剣が振れる。刃は空を切り裂き、風を呼ぶ。
しかし、ケインに付与している間は、まるでだめだ。足先が地面にひっかかり、腕は震え、まともに立つことすらままならない。
「なるほど……」
声に出してつぶやくと、俺の中で、七年間にわたって抱き続けてきた違和感が、すとんと腑に落ちていくのがわかった。
戦場に立つたび、いつも何かが足りないと歯噛みしていたあの感覚。
荷物持ちとして、要領をえずに馬鹿にされ続けたあの日々。
全部、これが原因だったのか。
かつてのパーティにいた間、俺はつねに、無意識のうちに自分の感覚を誰かにわけ与え続けていたのだ。
呼吸をするのとおなじくらい無意識に。だからこそ、自分自身の実力は、いつも底をついた状態だった。力が空っぽのまま戦場に立っていたのだ。
検証の後、俺とケインは木剣を手に取り、手合わせをすることになった。
ケインが上段から木剣を振りおろしてくる。俺はわずかに半歩だけ後ろに下がり、刃の軌道を避ける。ケインの体勢が崩れたところに、手首を返すだけで彼の胸元に木剣の先をぴたりとあてた。
力はまったくいらない。ただ、最適な動き取ることが出来る。
「本当に、これがノアさんの実力なんですね」
何度打ちあっても俺の体に触れることすらできず、地面に尻餅をついたケインが息を吐いた。彼は目を輝かせながら立ちあがる。
「まったく底がみえないです。とくに足運び、間合いの取りかたが……。まるで俺の動きの先をよんでいるみたいに、剣がそこにあるんです」
息を弾ませてかたるケインの様子に、俺は思わず口元を緩めた。
「ノアさん」
それまで黙って手帳をみつめていたフィンが、笑みを消した顔で口を開いた。彼の視線が、まっすぐに俺を射抜く。
「これ、もしかして。ケイン一人だけじゃなく、パーティの全員に付与していたとしたら――ノアさんの負担は、さきほどの比ではないんじゃないですか」
その言葉が耳に届いた瞬間、俺は息を止めた。
七年間、パーティにいたのは俺だけではない。
最前線で剣を振るうレオン、炎の魔法を放つソレイユ、斥候のキリク、ヒーラーのミリア――四人もの仲間がいた。
もし本当に、無意識のうちにあの四人全員に感覚を分け与え、力を引きあげていたのだとしたら。
レオンの放つ斬撃の威力。ソレイユの炎の扱い。キリクの斥候としての有能さ。ミリアは大抵の怪我は治してくれる。これらは全て、彼ら自身の才能だと思っていた。
しかし、もしそれが、俺が明け渡した力が上乗せされていたとしたら。俺が荷物に埋もれて息を切らしている間、彼らは俺の力を使って立ちまわっていたことになる。
「……そう、かもしれません」
喉からしぼりだした声は、震えていた。
七年間。俺はいったい、どれだけの力を、知らず知らずのうちに手放し続けてきたのだろう。
そしてもし、それが本当だとしたら――。
かつて自分が無能だと呼ばれ、追放された理由そのものが、根底から覆ることになる。俺に力がなかったからではなく、俺が力を与え過ぎていたから、俺は何もできなかったのだ。
「ノアさん、大丈夫ですか? 少し、顔に血の気がありませんけど」
リナの案じる声に、俺ははっと我に返った。彼女がのぞきこむように俺をみつめている。
「いえ、大丈夫です。ただ、ちょっと……」
言葉を濁しながら、俺は自分の手のひらをみつめた。
これまで信じこんできた自分自身の姿が、音を立てて崩れ落ちていく。足元から地面が消え去り、宙に放りだされたかのように、どこをみればいいのかわからない。
その時だった。
ふと、森の奥の方から、空気を震わせるような音が響いてきた。
「今の、音」
ノアが顔をあげ、腰の剣の柄に手をのばす。
木々の向こう側から、なにかが近づいてくる。地面を踏みしめる音が、等間隔に響く。
それはあきらかに、今回の討伐対象である牙猪の足音ではなかった。




