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第12話:剣神の一振り

「お願いします、弟子にしてください」


膝をつき、頭を下げたまま動こうとしない。


俺は困り果てて、後頭部をかいた。息を吐きだしても、ケインが顔をあげる気配はない。


「いや、本当に、俺は剣なんてほとんど振ったこともないんで……」


「でも、今の一振り、明らかに……」


「一度きりの結果で、実力を判断するのは時期尚早かと」


フィンが眼鏡のふちを指で押しあげながら、俺とケインの間に割って入った。彼の声は、熱をもったケインの言葉に水を差すように響く。


「フィン、お前なあ……」


ケインが恨みがましい声をだす。


「でも、正論でしょう」


リナも腕を組み、フィンの言葉にうなずいた。彼女は壁に背を預け、呆れたように肩をすくめている。


仲間であるはずの三人が、それぞれ違う反応を見せている。俺は内心で安堵の息をもらした。あの場しのぎの剣撃をまぐれとして扱ってもらえるなら、それに越したことはない。


「そう、ですよ。きっとまぐれです。それより、皆さんの依頼の件、なにかお力になれれば……」


話を逸らそうとした俺だったが、ケインは床から顔をあげ、こちらへ詰め寄ってきた。


「じゃあ、一度でいいので、一緒に依頼に同行してもらえませんか。それで、本当にまぐれかどうか、確かめさせてください」


「いや、俺は別に、パーティに入るつもりは……」


「一度きりでいいんです。お願いします」


俺から視線をそらそうとしない瞳を向けられ、言葉に詰まる。こういう押しの強さに、俺は昔から断りきれない性質だった。


「……わかりました。一度きり、ですよ」


「ありがとうございます」


ケインは弾かれたように立ちあがり、ふたたび深く頭をさげた。


翌日、俺は彼ら『暁の雫』に同行し、町外れの森へと足を運んだ。


討伐対象は、牙猪。突進にさえ気をつければ、命の危機にひんすることはまずない相手だ。


「じゃあ、まずは俺が前にでます」


森の中を進むうち、獣の匂いと、草をかき分ける音に気づいた。茂みの奥で、なにかが地面を蹴る音が聞こえる。

このまま近づけば危ない。


ケインが息をのみ、腰の剣を鞘から引き抜く。柄を握りしめる彼の手の甲に血管が浮きあがり、その背中から余裕のなさが伝わってくる。


その時、俺の脳裏にふと、ある考えが浮かんだ。


「……ケイン君、その前に、ここから離れて、試しに素振りを一回だけ見せてもらえませんか」


「え、はい。わかりました」


俺の言葉に首をかしげながらも、ケインは剣を上段に構え、息を吐きだすと同時に振り下ろした。


その瞬間、俺は息をのんだ。


空気を切り裂く音が、昨日俺が見せた一振りにそっくりだった。


地面を踏みしめる足の角度。手首を返す速度。腰から剣先へと伝わる力の流れ。


全てが、まるで何十年も才あるものが修練を積んだ者のように、無駄が削ぎ落とされていた。


剣の神がその身に宿ったかのような、完成された一撃。


「……え」


ケイン自身も、自分の手のひらと剣の柄を交互にみつめている。


「な、今の、なんか……変じゃなかったですか」


「今の、明らかにおかしいですね」


リナも眉間にしわを寄せ、ケインの手元から目を離さずにいる。


「まさか、ノアさんと一緒にいるだけで、こんな……」


フィンがぽつりとこぼした言葉。


それが、俺の心の奥底に沈んでいた記憶のふたを叩き開けた。


一緒にいるだけで。


やはりこれが答えなのだろうか。


けれど、追放された後、レオンが自分の剣の刃をみつめながら「変じゃなかったか」とつぶやいていた姿が、まぶたの裏によみがえる。あの時、彼は自分の手首をさすりながら、首をひねっていた。


そして、きょうのケインの一振り。


「……ちょっと、待ってください」


俺は声を絞りだした。


「今の一振り、もう一度、やってもらえますか」


「は、はい」


ケインがふたたび剣を構える。


今度は、俺は自分の内側に意識を向けながら、その動作の始まりから終わりまでを目に焼き付けることにした。


ケインが踏み込み、剣を振り抜く。


やはり、同じだ。


風を切る音が鳴り響く。昨日までの彼には決してだせなかったはずの剣筋。


「……今の、やっぱり俺のスキルが原因か」


口の端から、自分の声が漏れでていた。


「え。ノアさん、なにか言いました」


「いえ、なんでもないです」


ごまかすように首を振りながらも、頭の中では無数の記憶が渦を巻いていた。


七年間、かつてのパーティにいた頃。


レオンが放つ剣撃は、彼自身が持つ天賦の才だと思っていた。ソレイユが操る魔法も、彼女は才能があるから、天才だからだと信じて疑わなかった。


だが、もしそれが。


俺がそばにいるだけで、無意識のうちに彼らへなにかを「与えて」いたのだとしたら。


「ノアさん」


ケインの呼ぶ声で、俺は我に返った。


「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと、確かめたいことができまして」


彼らには、俺が今なにを考えているのか見当もつかないはずだ。


けれど、俺の中では、長年くすぶり続けていた違和感の正体に、ようやく手が届きそうな予感が膨らんでいた。


「もう少しだけ、検証に付き合ってもらえますか」


「検証、ですか。もちろん構いませんけど」


首をひねるケインから一歩距離を取り、俺は目を閉じた。


胸の奥で波打つ自分の鼓動の音を聞きながら、心の中で一つの言葉を紡ぎだす。


もし本当に、俺がなにかを『与えている』のだとしたら。


それを、断ち切ることもできるはずだ。


俺は呼吸をとめ、意識の糸をきつく引き結ぶように念じた。


(感覚付与、しない)


まるで、流れていた川の水をせき止めるかのように。あるいは、開いていた扉を鍵をかけて閉ざすように。


俺の中から周囲へと漏れだしていた『なにか』を、完全に遮断する。


目を開ける。


ケインが三度、剣を振り下ろそうとした。


直後。


ガツン、と。


金属が地面にぶつかる音が、森の静寂を破った。


ケインの手から滑り落ちた剣が、土の上に転がっている。


彼は自分の空になった手のひらを、信じられないものをみるかのようにみつめていた。

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