第11話:駆け出しパーティ、来訪
「――なるほど。やはり、お前だったか」
扉の向こう側から響いたのは、地を這うように腹の底へと響く声だった。
相手からすれば、こちらの気配がふっと消え去り、また唐突に現れたように感じたのだろう。
「話がしたい。外に出てきてもらえないか」
その言葉に、俺は思わず身を強張らせた。
ためらいながら木製のノブに手をかけ、ゆっくりと扉を押し開ける。そこには、濃紺の生地に金の刺繍が施されたギルドの制服を身にまとった男が立っていた。射抜くような視線が、俺の頭の先から足の先までをくまなく観察している。
「なにか、ご用でしょうか」
「いや、そう身構える必要はない。俺はこの町を束ねるギルドマスターだ。オーウェンという」
「ギルドマスター……」
思わず声が裏返りそうになった。肺の奥の空気が抜け落ちていく。まさか、こんな裏通りにぽつんと建つ一介の相談所に、ギルドマスター自らが足を運んでくるとは、夢にも思っていなかった。
「昨夜の光、それに今の気配を断つ技術。お前、ただの素人ではないな」
オーウェンの瞳は、俺の力量を値踏みするように光を帯びていた。隠し立てをしても見透かされそうな、凄みがある。
「いえ、俺はただの……」
「元荷物持ち、だったか。バーサの婆さんから話は聞いたよ」
すでに過去の素性まで調べ上げられていたことに、背筋を氷が滑り落ちていくような緊張感を覚えた。ごまかしは通用しない。相手は町中の冒険者をまとめる頂点に立つ男なのだ。
俺が言葉を失っていると、オーウェンはそこで一度口をつぐみ、間を置いてからふたたび口を動かした。
「別に責めるためにきたわけではない。ただ、一つだけ言っておく」
周囲の空気が張り詰める。
「この町で、なにか大事を起こす気がないのであれば、俺はこれ以上はお前を詮索しない。それだけ、伝えにきた」
「……ありがとう、ございます」
拍子抜けするほどあっさりと、オーウェンはそれだけを言い残し、踵を返して去っていった。
遠ざかる足音を聞きながら、俺はこわばっていた肩の力をようやく抜いた。額にはじわりと汗がにじんでいた。
それから十数日が過ぎた。
オーウェンがふたたび姿を見せることはなく、相談所での日々も、少しずつ軌道にのり始めていた。迷い猫の捜索や、荷物の運搬といった依頼をこなしながら、波風の立たぬ日々を過ごしていた時のことだ。
「――失礼します」
木製の戸がきしむ音とともに、店の中に入ってきたのは、まだ年端もゆかぬ三人組だった。
先頭に立つのは、腰に使い込まれた剣を提げた少年。その後ろに、周囲の様子をうかがうように視線を配る少女と、杖と厚みのある本を両腕に持つ少年が続く。彼らの身につける装備は傷が目立ち、幾度も手入れを繰り返した形跡がある。
「ここが、相談所……ですよね」
「はい、そうですが」
「よかった。俺たち、駆け出しのパーティで、『暁の雫』っていいます。少しだけ、相談にのってもらいたくて」
剣士の少年、ケインが、緊張をにじませた面持ちで名乗った。
「相談、ですか。どうぞ、そちらの椅子に座ってください」
三人を部屋の隅にある丸椅子に案内すると、ケインがためらいがちに口を開く。
「実は……最近、伸び悩んでいて。依頼の達成はできているんですけど、なかなかギルドのランクがあがらなくて」
「なるほど。具体的には、どういうところで詰まっているんですか」
俺が問いかけると、ケインは視線を床に落とした。
「剣の型は、一通り覚えたつもりなんです。でも、実戦の場にでると、なんていうか……相手との間合いが、うまくつかめなくて」
「私は、敵の気配を読むのが苦手」
隣に座る斥候の少女、リナが、ぽつりとつぶやく。
「魔法の理論は頭に入っているつもりなんですけど、詠唱の精度がどうしてもあがらなくて……」
魔法使いのフィンも、鼻にかかった眼鏡の位置を直しながら言葉を添えた。
三人が抱える悩みを聞きながら、俺は正直、どう答えていいかわからなかった。
俺自身、剣の振り方も魔法の使い方も、誰かからまともに教わった経験などない。ただ最近になって、体が動くようになり、力が使えるようになっただけなのだ。
「うーん……そう、ですね」
腕を組み、考え込む俺に、ケインがふと世間話でもするように顔をあげた。
「そういえば、この町で噂を聞いたんですけど。ここの相談所の人は、実はかなりの腕前を持つ者だって」
「剣の腕に自信があるなら、一度見せてもらえませんか。参考にしたいんです」
ためらいもなく口にした提案だったのだろう。だが、俺は戸惑いを隠せなかった。
「いや、人に教えられるようなものじゃ……」
「お願いします。ほんの少しでいいので」
ケインの勢いに押され、俺はつい、店の裏側に立てかけてあった年季の入った剣を手に取ってしまった。
「じゃあ……ほんの、少しだけ」
外の庭へとでる。
足の裏で土の感触を確かめ、呼吸を整える。頭の中に想定の敵を思い浮かべ、振りやすいように、腕を振り抜いた。
踏み込みとともに腰を回転させ、全身のバネを使って刃を押しだす。
――ビュン、と空気を裂く音が、耳をつんざくようにひびき渡った。剣の軌跡を追うように、つむじ風が舞い上がる。
その場の空気が、一瞬にして凍りついたように動かなくなる。
「……え」
ケインが、口を半開きにしたまま固まっている。瞬きすら忘れているようだった。
「今の……なん、ですか」
震えを帯びたこえでつぶやいたケインが、次の瞬間、勢いよく地面に膝をついた。
「弟子にしてください」
食い気味にすがりつく懇願に、俺は思わず数歩ほど後ずさりした。
「いや、だから、人に教えられるようなものじゃないですって……」
困惑しながらその場をやり過ごそうとする俺をよそに、リナは疑念を隠しきれない顔つきで一歩下がり、フィンは再び眼鏡を押し上げながら、探るような視線をこちらに向けていた。
「まぐれ、では」
フィンの問いかけに、ケインは即座に首を横に振る。
「少しでも剣を振った経験があればわかる。あんな一撃、まぐれで出せるはずがない」
熱を帯びたこえで語るケインの言葉をただ聞きながら、俺は心の中でそっと息を吐きだす。
ほんの一月前なら、誰かに弟子入りを志願されるなど、想像すらできない光景だなと、俺はただ一人、内心で困惑していた。




