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L.E.O.N.-鋼のマリオネット-  作者: 逆凪
【第4章:境界のクロス】

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因果の目詰まり(後編)

すべてを塵に還す古竜の咆哮が、二人を真っ白な論理の虚無へと叩き落とした、その刹那。


死。それはこの檻の世界において、最も簡潔で、最も厳密な理のはずだった。

だが、二人の魂が暗闇で引き絞り、レオンが右腕の力で無理やり確定させた禁忌の契り――【存在統合】の絶対因果が、理の深層から牙を剥いた。


世界は、死に絶えた二つの亡骸を前に、数式の答えを出そうとした。レオンが魂の力を引き絞り、遅延させた死亡判定に気付かぬまま。


[SYSTEM: Partner Lost > L.U.N.A]


[SYSTEM: Existence Restoration Start > L.U.N.A]


[SYSTEM: Restoration Complete]


トクン、と。


レオンの胸が、小さく跳ねた。

白く弾け飛んだ世界の中心で、停止していた心臓が、一瞬だけ生々しい鼓動を刻む。

しかし、その心臓が送り出した血流が全身へ巡るより早く、同期された【双魂の契り】は、世界の数式に容赦のない「別の答え」を要求する。


[SYSTEM: Partner Missing > L.E.O.N]


ルナが存在しない。

片方が存在する限り、もう片方も絶対に存在し続けなければならない。

存在しない以上、世界の道理は、即座に彼女の存在を復元しなければならない。


物理計算の帳尻を合わせるため、世界はレオンへと流れ始めたわずかな生命の熱量を、そのままルナの肉体へと送り直した。


レオンの鼓動が、不自然な冷気と共に停止する。その熱を強引に奪い取るようにして、今度はルナの胸が大きく跳ね、彼女が息を吸った。


「っ……ぁ……!」


純白の光の中で、彼女の青い瞳が開く。

だが、彼女が息を吹き返したその瞬間、今度は隣にいるべきレオンの肉体が虚無へと融解している。


[SYSTEM: Partner Missing > L.U.N.A]


[SYSTEM: Existence Restoration Start >L.E.O.N]


ルナに満ちたばかりの命の灯火が、今度は濁流となってレオンの肉体へ流れ込む。

レオンが息を吹き返す。

それと引き換えに、ルナの肉体が崩れ落ちる。


鼓動。


停止。


鼓動。


停止。


ミリ秒。コンマ数ミクロン。

世界が感知し得る最小の時間単位の中で、一つの生命のエネルギーが、二人の肉体の間をバケツリレーのように超高速で往復し始める。


互いの命は、一瞬たりとも自分のものにはならなかった。


世界は、契約の絶対命令に従って二人を強引に生かそうとし、

世界は、古竜の放った即死ダメージの物理判定に従って二人を死なせようとする。

生かそうとする理と、死なせようとする理。

その二つの絶対命令が、同じ瞬間に、全く同じ処理優先度で、互いを真っ向から否定し始めたのだ。


「……レオン。」


本物の温もりを帯びた声だった。


「……いる。」


しかし、レオンがその言葉を紡いだ次の瞬間には、声の主であるルナの身体は光へと溶けて消えていた。


「ルナ。」


レオンが、狂おしい叫びと共に腕を伸ばす。

彼の腕の中へ、数ミリ秒遅れて、再び彼女の細い肉体が現れる。


だが抱き締めた直後、その愛おしい身体は砂のようにボロボロと崩れ、今度はレオン自身の四肢の輪郭が、灰色の世界を覗かせて薄れていく。


存在が、入れ替わる。

死と生が、反転し続ける。


一瞬だけレオンがこの世に現れ、次の瞬間には彼が消えてルナが現れる。

まるで激しく明滅する蝋燭の炎のように、二つの魂が世界の境界線の上で激しく摩擦を起こし、火花を散らす。


それでも。

二人は、互いを強く抱き締めることだけは、絶対にやめなかった。


砂となって崩れ、光となって溶けていく腕。

その隙間に、自らの実在する全感覚を滑り込ませるようにして、消え去る刹那のコンマ数秒の抱擁を重ねる。

死すらも生ぬるいと感じるほどの、引きちぎれるような激痛。魂をヤスリで削られる存在の反復運動。だが――お互いの存在を物理的に削り合うその絶対的な摩擦の痛みこそが、お互いが今、確かに「生きている」ことの究極の証明だった。


「怖い……。」


ルナの、震える声が耳元に響く。


「私……消えてない……?」


レオンは、組み立てのズレでボロボロに砕けた腕にありったけの力を込め、現れた彼女の細い背中をさらに強く、強く抱き寄せた。


「消えてない。」


「でも……。」


「俺が覚えてる。」


「世界は……?」


レオンは、凍りついた空に向かって、静かに首を振った。


「世界なんか信じるな。」


「俺が君を知っている。」


「君が俺を知っている。」


「それだけで、俺たちはここにいる。」


ルナは、現れては消える刹那の暗闇の中で、涙を流しながら深く、深く頷いた。


「……うん。」


「離さない。」


「絶対に。」


二人の本物の魂が交わした、その最後の誓い。

それが、崩壊しかけた世界にとって、決定的な最後の引き金となった。


秒間数万回に及ぶ、死と蘇生の無限再帰計算。

秒間数万回の往復による認知の飽和。限界を超えた再帰計算に対し、世界の統べる最深部システムは、これ以上の死亡判定の保留が不可能であると検知した。処理は破綻した。世界は、異常の温床となった異物そのものを物理的に抹消するため動き始める。


[SYSTEM: Delete Pending]


[SYSTEM: Delete Avatar > L.E.O.N-01]


不要となった、整合性の取れない個体を強制的に回収し、存在を抹消する。

それは、異常が発生した際に世界に組み込まれた、ごく当たり前の冷徹な後始末だった。


だが。


世界がレオンを完全に削除しようとした、まさにその瞬間。

二人の頭上を結ぶ、あの血のように太くなった青い因果の鎖が、激しい火花を散らして応答した。


[Twin Soul Protocol: PHASE_III > Partner Required]


削除対象であるレオンは、現在同期されている契約相手「ルナ」の、絶対的な存在条件を満たしている。

対象の消滅は、契約相手の消滅論理と衝突。

削除を、一時中断する。


世界は処理を巻き戻した。

ならば、と。

世界は矛先を変え、ルナの側から削除を試みる。


[SYSTEM: Delete Avatar > L.U.N.A]


[Twin Soul Protocol: PHASE_III > Partner Required]


削除失敗。


削除失敗.


削除失敗。


[Status: Linkage Unresolved Null Avatar]


世界を統べる完璧な数式は、創世以来初めて、自分自身の発した「削除」という絶対命令を、何一つ完遂できなくなった。

お互いがお互いの存在を絶対的に保証し合うという、解くことのできない因果の輪。


そこへ、破綻した世界をさらに追い詰めるように、別の因果が割り込んでくる。


[SYSTEM: Raid Reward Distribution]


他の神々が続けていた古竜の討伐、世界が、生存者の存在を確認しようとする――。


[SYSTEM: ERROR > Survivor Data Acquisition Failed]


対象が存在しません。


対象が存在します。


……存在しません。


取得失敗。再取得。


存在しています。


存在しません。


存在しています。


存在しません。


ピキ、ピキピキ、ピキィィィィィン――!!!


空が、悲鳴を上げるように激しく軋んだ。


赤黒い雲の表面へ、蠢くノイズの泡と共に、無数の朱色のアラート文字列が染み出すように浮かび上がり始める。


[SYSTEM: Avatar Exists > TRUE / FALSE / TRUE / FALSE]


世界中の、すべての空間へ。

赤土の山肌へ。

煮え滾る溶岩の地面へ。

静止した古竜の漆黒の鱗の上へ。

ありとあらゆる場所へ、引き裂かれた血で刻んだような、おぞましい赤い文字がじわりじわと滲み出していく。


存在しています。


存在しません。


削除します。


削除できません。


蘇生します。


対象が存在しません。


存在しています。


存在しません。


因果が。

世界そのものが、自らの中に宿る「二人の因果」を無限に、交互に、鏡のように参照し始めた。


一つの処理が、整合性を求めて別の処理を呼ぶ。

その処理が、エラーを解決するために、さらに最初の処理を呼び戻す。


誰も終われない。

誰も、一歩も先へ進めない。


世界そのものが、自らが吐き出した果てしない因果の濁流に、物理的な「目詰まり」を起こして硬直していた。


その、凍りついた嵐の真ん中で。

レオンの右目のフォーカスが、不自然に跳ね上がった。

物理世界の限界を突き破り、彼の右目は、この空の、世界の、さらにその向こう側にある『現実世界の情景』を、真っ直ぐに映し出し始めた。


青白い光に照らされた、薄暗く狭い部屋。


神は、汗でぐちゃぐちゃになった貌をディスプレイの硝子に擦り付け、狂ったように、黒い板を叩き続けていた。


神の目の前にある光の壁は、網膜を焼き潰すような、真っ赤なシステム警告の濁流で完全に埋め尽くされていた。


[SYSTEM: Delete Failed]


[SYSTEM: Restore Failed]


[SYSTEM: Identity Conflict]


[SYSTEM: Synchronization Failed]


狂った速度でスクロールする文字列。

その、無数に流れ落ちる警告の最下層で。

かつてアリアが彼に遺してくれた、古い銀のお守りの祈り『Lux Eternam Ordo Nova』のスペルが。

そして彼が己の名だと思っていた「LEON」の文字列が、世界のフリーズの引き金として、冷酷に一箇所へと収束していく。


[SYSTEM: Object Name > L.E.O.N]


彼の脳髄に焼き付けられたあの不自然な「点」の並び。「綺麗なゴミ」と吐き捨てられたあの銀の祈りが、いま、世界を裏側から侵食する因果の楔となって暴走する。文字が崩れる。かつての勇者の名は剥ぎ取られ、世界の道理によって悍ましく再定義されていく。


[SYSTEM: Reclassifying Object...]


神は、息を呑んだ。


レオンという、一人の勇者の名前が、世界から完全に消滅した。

代わりに、赤いエラー画面の真ん中に、巨大なシステムコードのフォントで表示されたのは。


Logout Error Object Node――。


[SYSTEM: Contradictory Existence Node Detected]


[SYSTEM: Synchronization Impossible]


[SYSTEM: Global Reference Overflow]


世界は、レオンを一人の操り人形として認識することを、完全にやめた。

彼は、世界中のすべての演算が、決して答えを出せずに破綻する原因。

この檻の世界の整合性を物理的に内側から叩き壊す、一つの【存在矛盾そのもの】として、システムに再定義されたのだ。


その、瞬間だった。


ブツン、と。


軽い音が、世界の底で響いた。


天の雲の隙間から垂れ下がり、レオンたちの四肢を、神経を、不快な電圧で縛り上げていた、あの無数の『天上の支配の糸』が。

真っ赤に膨張し、自らの意思を伝送できずに激しくショートした末に、一斉に、物理的に断ち切れた。


主権の、完全なる、恒久的な強奪。


もはや、赤い警告文字は、空だけでは足りなかった。

崩落する山々を覆い。

蒸発する海を覆い。

世界の果てまでを真っ赤に染め上げ――。

最後には、空そのものが、巨大な、物理的な「一枚のエラー画面」へと完全に変色していく。


レオンは、その崩壊する世界の中心で、静かに目を閉じた。


腕の中には、ルナがいた。

彼女もまた、今にも光の塵となって消えそうな、透き通るような身体のまま、レオンの胸に冷たい頬を寄せ、穏やかに微笑んでいる。


「……一緒だね。レオン」


「ああ。」


「もう、離れないよ。」


「世界が終わっても。」


「うん。」


「あなたが私を覚えている限り。」


「私は、ここにいる。」


レオンは、そっと自らの額を、彼女の白い額へと寄せた。

組み立ての接着が崩れ、お互いの皮膚が半透明の四角い光の粒子となって溶け合い、一つに混ざり合っていくのを感じながら、彼は囁いた。


「君が俺を覚えている限り。」


「俺も、ここにいる。」


二人をその胸に抱いたまま、世界を統べる最深部のシステムは、自身の存亡をかけた最後の演算を試みる。


[SYSTEM: Resolving...]


その答えは、永遠に返らなかった。再帰計算の闇の中、二人姿は、美しく溶け合い、そのまま完全な静止画へと固定される。そして――。世界は、何一つ音を立てることなく、静かに沈黙した。

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