第5話 攻撃と防御と、漬物?
あふれるほど水瓶を満たした後、オレは、裏口から畑に出た。
「よお、レノ。来てたのか」
桃色髪のイケメンが、にこやかに笑った。
マリネの父さんだ。
髪の色が同じなのは、奥さんと兄妹だかららしい。
__てことは、オレが姉ちゃんと結婚するのも、アリなのか?
幼なじみ候補を目の前にして、そんなことを考えたりした。
どっちからも相手にされないという未来も、脳裏をかすめたが、むしろ、10世帯しかない村で伴侶を探そうとする思考自体が、間違ってるのかもしれない。
世界は広い。
女など、星の数ほどいる……わけはないが、いっぱい居るのは間違いないのだ。
「けっこう暑いから、このまま頼むわ」
「わかった」
オレは、右手を高々と差し上げ、そして、唱えた。
__「雨」と。
晴れ渡る青空の下、ローカルな雲が頭上に出現し、畑を覆った。まもなく、さらさらと雨が振り始めた。
本来、『雨』は気象を変える魔法。元勇者とは云え3歳児が発動できるような魔法ではない。
だが、畑の上空を覆う程度の『ちっちゃい雲』なら、今のオレでも出来るのだ。
「おお、いいねえ。土が喜んでるぜ」
マリネ父は、土をひとつかみした。
「…そうなんだ」
彼は、正直言ってイケメンすぎる。だから、あまり農民っぽくない。
『土が喜ぶ』なんて云っても、ミスマッチが甚だしい。
オレは、首をかしげた。
『着火サービス』のほかに、『畑の雨サービス』も実施することにしたのだ。
オレは、元勇者だ。
土壌を豊かにする『農業系土魔法』なんて、女神から授かっていない。授かったのは、攻撃系と防御系のみだからな。
それで、こうして、魔力たっぷりの雨を土に染み込ませ、時間をかけて肥沃な土壌に改良しようと考えたのだ。
「ああ。この畑の土も、だんだん肥えてきたぜ」
マリネ父はうれしそうだ。
オレのピュアな魔法水によって『肥える』と言われても、正直、忸怩たるものがある。だが、おいしくて栄養たっぷり(魔力たっぷり)の野菜が採れるなら、なによりだ。
__くくくっ…。10年後が楽しみだ。
オレは、まだ、3歳だが。
*
5歳になった。
村は、そこそこ豊かになった…と思う。
もちろん、お金持ちになったわけではない。相変わらず、貧しい。
それでも、農作物には困らなくなった。
毎朝、魔法のスプリンクラーで魔力を与えている畑は、あっという間に元気になり、何度も何度も収穫可能になった。さすがは異世界か?
もちろん。村人も、すっごく健康になった。
あの呪いババアでさえ、若返った気がする。
村びとたちは、この二年間、オレの『魔力水』を使ってきた。
飲んだり、食事を作ったり、水浴びをしたり。さらには、オレの魔力水で豊かになった畑の農作物を食べてきた。
異世界人の身体は、魔素つまり魔力で構成されている。ゆえに、良質な魔力の摂取は美容と健康にいいに決まっているのだ。
【魔力補填効果】も、いずれ、目に見えてわかるようになるに違いない。
『村びと補完計画』が始まって、はや二年。
『身体』に限って云えば、村びとたちの改造は着実に進んでいた。
5歳児ボディは、体力にも魔力にも余裕がある。
だから、『日課』を増やした。
これまでの日課は、3つあった。
①『魔法のお水配給サービス』
②『竈の着火サービス』
③『畑の雨サービス』だ。
これは、村の10世帯全てが対象だ。
これに、さらに2つ追加した。
④『穴通し』
⑤『土いじり』だ。
『穴通し』とは、文字通り、穴に魔法を通すことだ。
穴は、土で山を作って、そこに穴を開け、魔法で固めた。
前世の『野球ボール』より少し大きめの穴だ。
そして、地面に座り込んで、ひたすら穴に向かって魔法を撃つのだ。
穴も、そのくらいの高さに開けてある。
この穴を通る魔法は、自ずと決まっている。
『バレット系』か、『ニードル系』だ。
バレットとは、『弾丸』。
ニードルとは『針』の意味だ。ヌードル(麺)ではない。
要するに、ちっこい『玉』を撃つ魔法と、針のような『細い棒』を撃つ魔法だ。
オレは、淡々と、穴に向かって魔法を発動。
穴に、バレットとニードルを通した。
別に、とあるプロ野球チームに入団したいわけでもなければ、魔球を投げたいわけでもない。
ただ、針の穴を通すような精密なコントロールを身に着けたいのだ。
早朝、村を駆け回って、3つのサービスを実施したあと、午前中は、この訓練に徹した。
そして、午後は、『土いじり』だ。
以前は、長時間のお昼寝タイムに突入していたが、今は、眠くない。
『土いじり』と云っても、農業系ではない。
要するに、『土壁』だ。
この村を、『土壁』で囲んでしまおうという、5歳児にはきわめて遠大な計画だ。
ちっこい農村だからな。家の裏に畑がある。
つまり、畑を含めた村全体を、『土壁』で包囲するという計画なのだ。
この魔法は、土を現地調達する。
つまり、掘った土で、壁を造る魔法だ。
『壁』と同時に『堀』もできるので、一石二鳥なのだ。
『土壁』は、もちろん、村や村びとを(物理的に)守る『防御壁』だ。
__しかし、それだけではない。
オレの魔法で作った『壁』で囲むことで、村に蓄積している『魔力』が、外に拡散するのを防ぐという効果を狙っている。
つまり、この村の『魔素濃度』を上げるのだ。
魔素が漏れずに溜まり続けるのだから、『上げる』と云っても過言ではないだろう。
つまり、村という『樽』で、村びとたちを、味噌漬けならぬ『魔素漬け』にするのだ。
__くくくっ…。まさに完璧な計画だな。
思わずほくそ笑んだオレを、桃色の半眼がジト目で見た。
「レノ。…変な顔」
「きっと、また妙なことでも考えてるんだわ!」
赤いツインテも、呆れたようにオレを見下ろしている。
隣の幼なじみ候補生マリネ5歳と、ミユ姉ちゃん7歳だ。
なぜか、最近、オレを堂々と尾行するようになったのだ。
早朝から村の家々を回るときから、ずっと一緒だ。
しかも、作業をする時以外は、ずっとオレの手を握りしめている。
三人並んで手をつないで、村々を回っているのだ。あれ?…尾行と違う?
食糧事情の改善によって、ふたりの美幼女の手のひらは、ぷにぷに柔らかい。水汲みがなくなったせいもあるだろう。
その手のひらに、力がこもった。
「レノ。もう…、ぜんぶのおうち、回ったよ。
穴に…、棒を入れる遊び、…しに行こ」
「ほら、さっさと行くわよ!ほんと、アンタって、アレが好きなんだから…」
__ねんのため云っておくが。
ふたりが言ってるのは、魔法の練習ことだ。他意はない。
まだ、5歳と7歳だし。
オレにとって、異世界とは『魔法』の世界だ。
『魔法』が使えるからこそのファンタジーだ。
__なのに。
父さんや母さん。そして姉さんは『魔法』が使えない。
もちろん、マリネや村びとたちもだ。あの呪いババア以外は、魔法は使えない。
【邪竜討伐】の手柄を横取りしようとオレを殺した、あのクソ皇子どもは、魔法を使えると云うのに。
まあ結局は、討伐できていないはずだから、横取りできなかったのは笑えるが。
オレの家族も含めて、村びとたちは善良だ。
クソ皇子たちのような悪党には魔法が使えるのに、善良な村びとたちには魔法が使えない。
これは、理不尽なことだと思う。
『すべての人に、自分でなければできない、自分の使命がある。使命がなければ生まれてこない』と、ある思想家は云った。
しかし、21世紀の地球で、使命に生きているニンゲンなど、ほんのひとにぎりの立派なひとたちだけだと思う。アフリカの砂漠に、樹を植えまくってたおばさんみたいな?
もちろん。オレも、その『ひとにぎり』には含まれていなかった。
召喚され勇者となった後だって、変わらない。
【邪竜討伐】は、ゲームの延長だった。使命だなんて思ったことは一度もない。オレは、正直なニンゲンなのだ。
__さいきん。
オレの使命は、『村びと補完計画』ではないだろうかと思うようになった。
だからこそ、勇者の記憶と魔法を保持したまま、この貧しい農村に転生したのではないかと。
そう考えれば、じつに、辻褄が合った。
もちろん。女神にそんなことを言われた覚えはない。殺されたあと、気づいたら転生していたのだから。
しかし、使命とは、誰かに与えられるものではなく、自分でつかみとるものだろう。自分の人生に『意味』を与えられるのは、自分だけだ。
使命の自覚は、オレの人生に『意味』を与えてくれた。
村びとたちを改造して、この世の理不尽に抗うという意味を。
魔法を持つにふさわしい善良なひとたちに、魔法をもたせるという意味を。
それは、『ぷち復讐』などでは得られない。じつに、有意義で心地よい『意味』だった。




