第4話 村びと補完計画
「生意気言ってんじゃないわよ!まだ、三つのくせに!」
なぜか。姉ちゃんに、ほっぺたを引っ張られた。
水汲みという重労働から解放したというのに、この仕打ち。理不尽すぎる。
しかし、オレは未だ3歳。
5歳児の暴力には抗えないのだ。たとえ、元勇者であったとしても。
「あら?このお水、とってもおいしいわ!」
姉の虐待に、心が挫けそうじなっていたら、母さんがうれしそうに言った。
そして、姉ちゃんにカップを差し出した。
「ミユも、飲んでみて」
「う、うん」
おっかなびっくりカップを傾けていた姉ちゃんが、ぱっと明るい顔になった。
「おいしい…」
__ふっ
おいしいだけじゃないぞ。
これは、オレの魔力で作り出した『魔力水』。腸内細菌を活性化させることで健康を促進し、美容にも貢献するはず。
そして、何より【魔力補填の効果】もあるはずだ。
「レノは、もっと、お水をつくれるの?」
オレの顔をのぞきこむようにして、母さんがたずねた。
今更だが、オレには、ちゃんと名前があった。忘れていたのは、オレのほうだった。
もともと、忘れっぽい性格だし、当時は、赤ちゃんだったからな。しかたがあるまい。
「もちろん!」
オレは、即答した。
『水』づくりなど、朝から晩まで異空間に『収納庫』を作ってきたオレにとっては楽勝だ。『消費魔力量』だって、(空間魔法に比べれば)微々たるものだし。
「それじゃあ、村のみんなにも作ってあげてね!」
「わかった!」
オレは、コクリとうなずいた。もともと、そうするつもりだったから。
なにしろ、オレには、遠大ともいえる『計画』がある。
名付けて『村びと補完計画』。ありていに云えば、村びと『改造』計画だ。
村のひとたちの身体に各種パーツを埋め込んで、悪と戦わせるわけではない。
この貧しい村に、そんな『オーパーツ(out-of-place artifacts)』などあるはずもないし、悪の秘密結社だって近場には見当たらない。
__そうではなく。
村びとたち全員を、この過酷な農村で、悠々と生きていけるほどの『頑健な身体』と『強い能力』兼ね備えた『ニュー村びと』へと改造するのだ。
『魔法のお水配給』は、その第一歩だった。
たしかに、オレの人生の目標は、ぷち復讐だ。
しかし、復讐だけを心に抱き鬱々として生きるなんて、ちょっと根暗すぎるし、何より退屈だ。
だいいち、復讐の対象が、ほんとうにこの世界に存在しているのかすら、まだわからない。
そして、この貧村では、この世界の情報を集める手段もない。
まだ3歳のオレは、絵に書いたような『情報弱者』なのだ。
__そんなわけで。
オレは、村のひとたちを『改造』することにした。『村』ではなく、『村の人たち』だ。
ニンゲンが変われば、環境は自ずと変わる。
環境がニンゲンを変えるのも事実だけど、『主体』は、あくまでもニンゲンであり自分だ。自分が変われば、周囲は変わるのだ。
だから、村びと改造は、同時に、村の改造にもなるはずだ。
母さんはオレをラグビーボールのように抱えると、村を一軒一軒回って水瓶を満たした。といっても、この村には10軒しか家がない。10世帯の村なのだ。
水汲みは重労働だ。
だから、村のひとたちから、とても感謝された。
そして、この日から、オレには『日課』ができた。
村をぜんぶ回って、水瓶に水を満たすというお仕事だ。
__つまり、『村びと補完計画』が始動したのだ。
*
30日ほどたった。
わが家のルーチンを終えたオレは、さっそく、となりの家に飛び込んだ。
「おはよう、レノ。毎朝、ありがとうね!」
「ありがと…」
桃色の髪が二人並んで、礼を言った。
となりのお母さんと、娘のマリネ3歳だ。
ちょっと酸っぱそうな名前だが、いちおう、オレの『幼なじみ』だ。
まだ3歳だからな。幼なじみと認定するには、やや実績が不足しているかもしれない。ゆえに、『幼なじみ候補』と呼ぶべきか。
短く切りそろえた桃色の髪。大きな瞳も桃色だ。
いつも半眼で、じっとオレを観察している。そんなクール系美幼女だ。
「気にするな」
そう言いながら、オレは、石を積み上げただけの『竈』に手を触れた。じつは、『着火サービス』も実施することにしたのだ。
ぶわーんと竈に『魔法陣』が浮かび、ボウッと薪に火がついた。
単純きわまりない作業だが、魔法を使わないとすごく大変なのだ。それで、つい、魔法で着火してしまったのだが…。
ま、まあ、これも改造計画の一貫だ。じっさい、組み入れることにしたし。
「キレイなもんだねぇ」
「うん、キレイ…」
ツイン桃色髪が、うっとりしていた。
もちろん、オレの容姿にではない。魔法陣の『青い光』に感動しているのだ。
竈のある土間は、薄暗い。だから、いっそう魔法陣は美しくきらめいた。
続けて、オレは、自分よりおっきな水瓶に手を触れた。やはり、『青い魔法陣』が浮かび輝く。
「あれ?さっきと…違う?」
「……よくわかったな」
オレは、素直に褒めた。マリネが、『魔法陣の違い』に気づいたからだ。
火と水だから違うのは当然だが、自分で気付けるかどうかは別問題だ。マリネの場合、違うことに気づくのに30日ほどかかっているが、気づかないひとが大半だ。
この『気づく』ことこそが、魔法を『発動』させる第一歩。
そして、魔法を発動させる能力をもつことは、『村びと補完計画』の柱だ。
オレは、なんとなく、この世界が『前世と同じ異世界』だと思っているが、ほんとうのところはわからない。
もしかすると、ぜんぜん違う異世界かもしれないし、同じでも、500年前とか、500年後かもしれない。
500という数字は別としても、そういう転生ってよくあるから。
__だとしても。
おそらく、魔法は(基本的に)貴族専用ではないかと思う。
もちろん、平民の魔法仕様を禁じているわけではない。ただ、結果的に、貴族くらいしか魔法が使えないのだ。
前世は、たしかに『剣と魔法の世界』だった。
しかし、『万人にとっての』剣と魔法の世界ではなかった。
身分の差とは、『身体』や『能力』の差でもあったのだ。




